能面男、居候生活へ 5
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ゼノが町へ品物を卸しに行くのはもう少し後だという。では俺は何をすれば良いか…やれることは結局お手伝いのみ。
ハルバードには布を巻き、鎧にも布をかけて倉庫兼我が部屋に飾ってある…あれ?これでは結局調度品…いや、まだ使っていないだけだ、と言い聞かせ、今日もまたお手伝いにせいを出すのである。
「この辺に置いておきますよ」
ローザの畑から取れた野菜の数々をキッチンに置いておく。当の本人は、キッチンの窓の外から「適当な所に置いておいて」との返事。なら分かりやすくキッチンテーブルの上にでも置いておこう…さて、次は何をするかな。
とは言っても、俺がやれる事なんて薪取り位のものである。
「…役に立ててないな、俺」
結局、ローザからもゼノからも「特に手伝って貰うことはない」と言われてしまい、薪取りにいこうにも既に薪置き場は満タン、置くスペースすら無くなってきている。
鍋は磨き終わり、鉈も鍬も既に柄を付ければ使えるようにしてあるし、ウサ子は最近はあまり俺からあまり離れて草を食べにいかない。
「素振りでもするか…」
漸く出番を迎えるハルバード、最初の出番は時間潰しの為の素振りである。何か申し訳なくなるな、素振りにしか遣ってないミスリル製ハルバード…勿体無いな…まぁ、戦闘したい訳でもないが。
小屋からハルバードを持ち出し、槍と斧の部分に巻いた布を外す…やっぱり、脳がバグるな。明らかに見た目は金属なのに軽い。それなのに、アルミ程の柔らかさという訳でもない。
「よっと…」
何となく、ハルバードを持って構える。構えがあっているのか?とも思うが、そもそも習った事が無いんだから分かる訳がない。
「ふんっ!はっ!」
で、取り敢えず突いたり振ったり。槍術スキル&知識先生のもたらすハルバードでの戦い方の動きを真似て動く。ハルバードは紙ほど、とまではいかないが、やはり軽く、取り回ししやすい。
「なるほど…そういう…」
脳内に流れるハルバードの使い方にいちいち納得しながら、イメージする…目の前には敵…敵…親戚の顔が思い浮かぶな…流石に…いや、いいか、もう二度と会わないし、当時本気で敵意というか、殺意抱いてたしな。今は何も感じないが、逆に生きてようが死んでようが何とも思わないし、こういうイメージトレーニングの仮想敵として無意識に浮かんでも
「ふっ!」
全く躊躇なく斧の一撃を振り下ろせる…丁度良い仮想敵もいたもんだ。
そうして槍で、斧で、鉤で仮想敵への攻撃をするように振るっている内に、暑くなってくるので上着を脱ぐ。
「はっ!ふっ!」
僅かずつではあるが、でも確実に扱い方が分かってくる…なるほど、この武器は相当に優れている。刺突も斬撃も遠距離からいける上、鉤で相手の武器や相手そのものを引っかけ、引き寄せたり転ばせたり…なるほどなぁ、これは扱い慣れたら相当に脅威だな。反面、狭さには弱いな…それは槍全般的に言える話ではあるが。だから屋内戦闘では剣を使ったりする訳か…野外では確かに強いが、なるほどなるほど…知らん事は世の中には沢山あるもんだ。
それからも暫くの間、ハルバードの扱い方を脳内に流れる情報を元に突き、振り、兎に角自分の手に馴染ませながら素振りをする。いつしかトレーナーすら脱ぎ捨て、足元の土は少し抉れ、身体中から湯気が立ち上る程に夢中になっていた。
「なかなかじゃったぞ」
踏み込んで振り下ろしをしたタイミングで、ゼノから声をかけられた。
「ああ…いや、まだまだですよ」
「お主は元の体格が良い、リーチもある上にハルバードじゃ、相当に相手はやりにくくなるじゃろうて」
「なるほど…逆に懐に入られないようにしないといけない武器でもある、と」
「そうじゃな、勿論、もっと鍛えれば更にお主なりの戦い方も身に付くじゃろうて。小技や、接近された時の戦い方や、受け方…戦い方はそれぞれ、最初は教わるもんじゃろうが、それを踏まえてそれぞれの経験やスタイルによって変わり、そうして自分なりの戦い方を確立していくもんじゃ」
「なるほど…」
言葉も出ない。流石は元実力のある冒険者、言葉の重みが違う…戦い方の確立、か…まだまだ俺には難しそうだ。
「ケンタロウ、今日はその辺にして、風呂に入りなさい。今は暑いじゃろうがこの寒さじゃ、すぐに身体が冷えきってしまう、風邪でも引いたら大変じゃからのう」
ゼノが笑う。確かに俺の身体から立ち上る湯気はそのまま熱まで奪っていき、少し肌寒い。急いで服を拾っていると、ゼノが「もう沸かしてあるから、入っても大丈夫じゃよ」と声をかけてくれた。だが、段々と襲い来る寒さに勝てずに「ありがとう!」とお礼だけ言い、早足でゼノ宅の風呂へ向かった。
「くぁあ~…」
「どうじゃ?暑すぎたりはせんか?」
「大丈夫です、最高です」
外でゼノが薪を足してくれている…何か悪いなぁ…居候のくせに。
「くっ…ぐぅ…ふんっ…!」
身体を伸ばし、俺には少し狭い風呂釜内でやれる限りのストレッチをする。その度にボキボキなる間接は、凝りがほぐれている証か、関節炎でも起こす前触れか。だが今は、兎に角気持ち良い…それを享受しよう。火って凄いね、と。
「そうじゃ、ケンタロウ」
外からゼノが話し掛けてくるまで、半分意識を手放していた…危ない危ない。
「町への出発なんじゃがな、明後日くらいでどうじゃ?」
随分と急に決まったな、何かあったのかな?
「ローザの魔法占いでの、あと10日もしたら雪になってしまうらしいから、その前にと思ってのぅ」
「雪ですか…結構積もるんですか?」
「そうじゃのぅ…ワシの膝くらいまでかのぅ」
結構だな…ゼノは特に歩くのも大変になってしまいそうだ。
「納品する物自体はもう出来ておってのぅ、後は町に行って注文先に渡して代金貰えば終わりじゃ。帰りに冬支度の買い物も済ませてしまえば、もう帰るだけじゃ…恐らく、移動と引き渡し、買い物含めて5日で終わるはずじゃ」
「そうですか、それじゃあリュック…背負い鞄の中身を空けておきます」
「すまんのぅ、テントやらはいらんはずじゃから、必要最低限の荷物で行こう」
「分かりました」
とは言ったものの、実際何を持っていくか…
「ケンタロウ、お主の世界の物は出来る限り持っていかんで良いぞ」
「…?」
「異世界の特殊なアイテムなんぞ、高値で売れれば良いが…盗賊共が奪いに来るかもしれんからのぅ」
げ、マジかよ…
「この家に来る分には構わん、竜でも来ん限り、ワシとローザで太刀打ち出来る」
伝説級のモンスターじゃないと太刀打ち出来ないのか、逆に。
「分かりました…ハルバードと鎧と…」
「あとは背負い鞄で良い。道中必要な物はワシのを使えば良い」
「分かりました、じゃあ鞄だけ用意しておきます」
「うむ」
「よし…じゃあそろそろ上がります」
「暖まったか?」
「とても」
身体の芯までホカホカ、最高だ。釜から上がり、急いで身体を拭いて服を着る…いやぁ、身体が温い。
「入ります?」
「いや、ワシは最後の仕上げをして、飯を食ってからじゃな」
「分かりました、じゃあ水を替えておきます」
「ん、すまんのぅ」
ゼノがそう言い残して自分の工房に戻るのを見送り、釜の側面の下側、底近くの内側にある栓を抜く。お湯が流れ出すその先は穴の上に金属の四角く穴だらけの蓋
…排水口である。蓋の下、縦穴の側面は積んだ石で出来ており、底は土だ。流したお湯は穴に流れ込み、土に染み込んで…という仕組みだ。
流石に下水道の配管までは無いよな、そりゃ。塩ビのパイプがこの世界に普及してたら驚くわ…と、お湯は…まだ半分位あるな。今のうちに井戸に水を汲みに行こう。
ゼノとローザの家には井戸がある。自ら掘り、回りに石を摘み、滑車を作って屋根を付けて井戸用の桶も作り…俺もそこまでやれるようになりたいもんだ。井戸に桶を落とし、引き上げる。並々と入った水を別の桶に移し、それを風呂場まで運ぶ。井戸で水を引き上げている間に、お湯は流れきったらしい、水の入った桶を一旦置き、風呂釜の内側から栓を嵌める。
風呂場には外と出入りする為の扉があるため、そこから出入りして風呂釜に水を溜めたり出来るようにゼノがしたらしい。
「風呂1つでも、大変だな」
文明ってのは、科学の進歩ってのは凄いもんだな、と心から思う。鋳物でパイプかなんか作れないもんか、とも思ったが、恐らく重さに耐えきれないのだろうし、重いので取り回しが難しいのかもしれない。
現代日本でも、マンホールの蓋なんかは鋳物だが頑丈に出来ている分、重い。水道業者の人達も大変だ、と聞いた事がある。よく腰をやるとかなんとか…。
「…ふぅ、こんなもんか」
何往復もして、風呂釜は程好く水を溜めることが出来た…うむ、運動不足だな、腰も腕もいてぇ。
「あら?井戸の前なんかでどうしたの?」
井戸に桶を返してストレッチをしていたら、ローザがやってきた。野菜を洗う水を取りに来たらしい。
「あー、風呂釜に水を貯めてたら…」
「ん?あぁ、わざわざありがとうね」
「いえいえ、俺は入らせて貰いましたし」
「ああ、ゼノがお風呂を沸かしていたのはその為だったのね…大変だったでしょう?」
「運動不足なんですよ、俺は」
「そうかしらねぇ?慣れてないからじゃないかしら?」
「どうでしょう…それもあるかもです。あ、水汲み上げます」
「あら、ありがとう」
そんな会話をしながら少しだけ頭に過った事があるが、水を汲み上げてそのまま野菜を洗っていたら、休憩に入ったゼノも来て…気付いたら忘れてしまった。何だったっけなぁ…くそ、思い出せない…まだ記憶力が極端に落ちるような歳でも無いだろうに。
そのままお茶をしようとなり、三人で家のリビングの椅子に座っていた。やはり木の椅子とテーブルは落ち着く…しかし、ギシギシいわないな、この椅子…すげぇ頑丈。テーブルもしっかりしてるし、ゼノは本当に名工なんだなぁ。
「はい、お茶。あとサツマイモを蒸かしたから、食べましょ」
「おっ、美味そうじゃのう」
最近、ローザやゼノと会話をしていて気付いたのだが、恐らくこの世界では違う名前の物で、俺がいた日本にあるものと同じやそれに近しい物は、俺達の分かる物に名前が脳内で変換されているらしい。俺から発した時も、俺以外にはそう聞こえているようだ…これは便利だ、ありがとうヴェーリンク様。
「ありがとうございます、頂きます」
ほっかほかのサツマイモを、真ん中から2つに割る…うぉぉぉお…コイツはヤベェ…圧倒的に美味そうな匂いしかしない…隣でゼノが皮ごとモリモリいっている…食えるんだな、ならそのままいこう。野菜の栄養分は皮目に多く含まれているらしい。
「美味い…」
甘さもだが、このなんというか、サツマイモ特有の甘味とお芋感、蒸してホクホクな感じといい、完璧だ。久しぶりの甘味というのもある…やべぇ、止まらないぞ、これは。
「お腹空いてたのね、もっと蒸かしてくれば良かったかしら」
ローザが俺の食いっぷりを見て呟く…あ、いや違
「何せ槍の訓練して風呂も入って、水も張り直してくれたからのぅ」
違うんですよー、と…言う間もなかったな。
「そうだったのね、じゃあ何か今から作ってあげるわね」
「あ、いやいや、大丈夫です。久しぶりにサツマイモ食べて美味しかったんで、つい」
つい、で一気に半分食い終わってたら、そらそう思われるか…いや、確かに腹も減ってた、喉は井戸で井戸水飲んだから問題ないが。
「あら?貴方の世界ではサツマイモは希少なのかしら?」
「いや、希少ではないですね…色々な種類が販売されていたりします。ただ個人的に…1人暮らしだだったので、あまり食べていなかったな、と」
「ふぅん、何だか良く分からないけれど、向こうではもっと手軽に色々な物が食べられるのかしら」
「そうですね…ただ、世界中の地域によって格差が大きく付いていたり、飽和状態になっていたり…兎に角、別の問題も起きてましたね」
かたや貧困に喘ぐまともな食べ物も無い場所もあれば、廃棄食材が問題になるアホな場所もある。後者は我が国である日本だ。正直、自分の生まれ育った国に何か思う事は無いが、この事だけは恥ずかしくて世界中に、異世界にも説明したくない。
「何だかのぅ…土地が痩せておったり、たまたま肥沃な土地であったり…そうして差が生まれ、戦が起こる…どこの世界も同じなんじゃのぅ…」
寂しそうにゼノが呟く。ローザもテーブルに肘を付いて、頬を手に乗せて溜め息を付いていた。本当にゼノもローザも優しいんだろうな。
「全く…貴族や王族は何をしておるんだかのぅ…折角冒険者や多くの工夫達職人達が切り開いた街道を無駄に使いおって…」
ゼノ、お怒りの御様子。もしかして、ゼノも切り開いた一人なのかな?それなら腹が立つのも分かるな…と、突然玄関からノックの音がした。
「あら?珍しいわね」
ローザが立ち上がる。
「俺が行きましょうか?」
「ケンタロウ、言いたくはないがの…この中で恐らく一番強いのはローザじゃ」
俺、無事に椅子に着陸。
「強さ云々は置いておいて、余程強力な対魔法障壁でも張って無い限り、私の魔法は防げないわよ」
フフッと笑いながら、ローザは玄関に消えていく。ゼノが小声で「ローザ1人が敵におるだけで、100人以上は魔法職を用意しないとまともに太刀打ち出来んとまで言われておったんじゃよ」と教えてくれた。うん、それは最強だわ…冗談抜きに。
ローザ最強説に俺が納得していると、ローザが帰ってき…何か不機嫌だな。
「はぁ…」
「どうしたローザ?何かあったか?」
「ゼノ…町に行くの、明後日よね?」
「おお、そうじゃよ?ケンタロウに手伝ってもらって、ローザには留守を任せてしまうが」
「私も行くわ…いや、行かないといけなくなったわ」
頭を抱えるローザに、俺もゼノも頭に「?」が浮かぶ…どうしたんだ?
「魔法研究所からの手紙でね…以前作った劣化ミスリルが大量に出来てしまって、その鑑定と使い道の相談でね」
「あやつら、まだ諦めておらんかったのか」
「そうみたい…今回はわざわざ冒険者に依頼したりしないで、たまたま冒険者ギルドから市場に出た魔石を買い取って、研究所の魔法実験場付近に鉄や銀と一緒に暫く放置してたらしいの」
「つまり、濃い魔力?というのを再現してみた、と?」
「ケンタロウ、貴方賢いのねぇ…そういう事よ」
褒められた…とはいえ、長い年月をかけて漸く、というシロモノなのに、また人工的に作ろうとしたって上手くは行かないのでは…
「で、ね?再現してたのはいいんだけど、10年近く忘れていたらしいのよ」
「あやつら、何でそういう所が抜けておるんじゃ…予算もかけた物なんじゃろうに」
「研究者って、そういう所があるのよ。特に、今回の人工ミスリルに関しては前任の観測者が辞めてから引き継ぎを忘れていたらしいわ」
なんとまぁ、杜撰というかなんというか。普通の会社でそんなんしたら怒鳴られるぞ…特にブラックなら、減給とか休日返上とか、そんな流れになりかねん。
「全く…で?どのくらいあるんじゃ?」
「それが、書いてないのよ」
「…はぁ~…行くしかない訳じゃな」
「そうね…はぁ…畑はもう殆ど収穫終わったからいいけど…あの子達、お説教ね」
「…何か、大変ですね」
と、ここでふと思い出す。さっき忘れていた何かを、いま急に。
「あぁそうだ!」
思わず立ち上がってしまった…ゼノとローザがビックリしている。
「っと…突然すいません」
「ど、どうしたんじゃ、急に」
「ビックリした…普段大人しいのにどうしたの、突然…」
「あー、いえ…あの、ミスリルって洞窟内の銀や鉄が長い時間魔力を浴び続けて変質するんでしたよね?」
「そうじゃよ、だから希少なんじゃ」
「例えば、見付かる時って錆びてないんですか?」
「…そうねぇ、錆びて見付かる事は無いわね。というか、純ミスリルと呼ばれるものはまず錆びないわね。水の底に沈んでいても、そのままの姿で見付かるし」
「そうじゃな、いくら相手を切っても、血や脂を拭き取れば元の輝きのまま、固着した物でも剥がせば美しい輝きのままじゃな」
「それは、あくまでも純ミスリルだけに限り、ですか?」
「どうじゃろうなぁ…それこそ、その品質次第じゃろう。良い物であれば、その分美しい輝きを保ち続けるんじゃが」
「錆びない、という点では?」
「どうかしらねぇ…変質がある程度までいっているなら、恐らく錆びたり曇ったりしにくいんじゃないかしら?その辺りはゼノの方が専門なんだろうけど…」
「ワシもそこまでミスリルを扱ってはおらんからのぅ…兎に角、品質次第じゃな」
「そうですか…」
となると、後は向こうの品質次第、か。
「で、突然それがどうしたの?何か思い当たる事でもあるの?」
ローザが聞いてくる。ゼノも興味深そうに俺の顔を見ている…よし、話してみるか。
「えっと、さっき井戸の水を汲み上げてて思った事がありまして」
そう、日々の暮らしを変えるかも知れない物を、思い付いたのだ。そうして、俺はゼノとローザに少し待っていてもらうと、居候先の小屋に戻り、自分の荷物から紙とボールペンを取り出すと急いで戻ってきた。それから、「上手く説明出来るか分かりませんが」と、前置きをして説明を始める。
「劣化とはいえミスリルが錆びないのであれば、ポンプ用の配管に使えるのでは、と思ったんです」
そうして、まずは紙に図を描いていく。




