第三話 模擬戦開始! 俺、戦えるのか!?
「さあ来いよ、変態剣士!」
「誰が変態だ、この野郎、ぶっ殺してやらあああ〜!!」
買い言葉に売り言葉。
勢いで叫んでみたものの――叫んだ直後に冷や汗が流れた。
……いや、ちょっと待て。俺、本当に戦えるのか?
股間から黄金の剣がドーンと生えるスキル。
見た目は神々しい。ギャラリーは爆笑。
だが――実際に戦えるかどうかなんて、俺は一度も試していない。
というか俺は昨日までただのサラリーマンだったわ。
朝は満員電車、昼はパワハラ上司、夜は残業。
戦闘経験? ゼロだ。
唯一やってた“バトル”といえばエクセルとの死闘くらいだ。
俺のステータス:
三十歳・無職・残業スキルAランク。
戦闘スキル:完全にF。
だって今まで拳と拳の喧嘩とかもしたことない雑魚だよ、俺?
これでゴリゴリの冒険者に勝てるわけねえだろ……!
観客席では「おー! やれやれ!」「変態退治だ!」と盛り上がっている。
俺の心境と温度差がひどい。
そんな俺の前で、ゴロツキはニタニタ笑いながら棍棒をぶんぶんと振り回している。
これからこんな武装して、ゴツい武器を振り回した筋肉の塊が迫ってくるんだよな?
普通に恐怖で即リタイアする案件なんですけど。
ついカッとなって「ぶっ殺しやらあ!」とかほざいたけど、今更ながら冷静になって考えたら、ぶっ殺されるの俺の方じゃねえか!?
⸻
ギラつかせた目で睨みつけるゴロツキモブキャラ野郎は腰を落とし、構えに入った。
やべぇ、そろそろ来るんじゃないか!
どうしよう、今から入れる保険はありますか? なんて言って場合じゃあねえよ。
冷静になれ俺、これは模擬戦。そう、模擬戦だよ、つまり俺を殺すなんてことは流石にしないだろう。
なんせ俺は、ちょっぴり特殊なすきるスキルもっただけの善人だよ?
な? わかるな、ゴロツキ?
⸻とかなんとか思ってたらゴロツキがニヤリと笑った瞬間おぞけが走った
一撃目 ⸻
「死ねえぇぇ!」
殺される!?
ゴロツキが咆哮し、赤い何かがこびりついた鉄っぽい棍棒を振り下ろす。
そんな凶器が脳天を粉砕する未来が見えて、俺は条件反射で目をつむった。
無理無理無理無理!
俺の人生ここまで!?
助けてくれえええ!!
その瞬間、いまだに神々しいまでに輝き放つ股間から生えた剣 ⸻以後は、股間剣 ⸻がスッと前に出た。
そう、まるで自分の意志と直結したかのように。
あまりにも自然かつ滑らかな動きで前へ突き動かされ、襲いかかる根本と交わった。
―ガキィィィンッ!
金属音が響き渡る。
棍棒の柄を正確に弾き飛ばし、ゴロツキの腕が大きく揺れた。
「なっ……!?」
まさか弾かれるとは思っていなかったのかゴロツキが目を見開く。
俺ももちろん目を見開き「えっ、マジで!?」って顔で見ているであろう。
観客からも驚きの声が飛ぶ。
「すげえぞ! あの変態野郎、ヴェルデスの棍棒を弾いた!」
「いやいや……でも場所が、場所だろ……!」
「そうだ! 強いけど絵面がよろしくない!」
「ああ股間から剣って本物のやべえやつだもんな」
「ガハハハハッ、おもしろくなってきたぞ、これ!」
観客席は笑いと歓声で揺れた。
くそっ、こいつら他人事と思って……!
こちとら今、命かかってんだぞモブどもが娯楽感覚で見てんじゃねえ!
「くっそ、強いのに笑えて仕方ねえ!」
「真剣勝負でギャグやるとか反則!」
弾かれたゴロツキが「くっ、手が痺れやがる……」とか言いながら苦い顔で睨みを効かしてくる。
ふと股間から生える剣を見つめる。
右に左に上に下に動かすようにイメージをすると、その通りに動いた。
まるで自分の手足……いや、それ以上だ。思った通りにビシッと動く。
縦横無尽に動きを見て、これはもう、“俺=剣士”って名乗っても文句ないんじゃないか?
場所が股間じゃなければだけど……。
一通り動かした後に、ひとつ大きな確信を得た。
「俺、戦えるわ ⸻」
⸻
そして二撃目。
「このガキィッ!」
まさか弱そうな新人ごときの俺を倒し損ねたどころか反撃をくらって怒りに燃えたゴロツキが雄叫びを上げ、無理やり距離を詰めてきた。
力任せに棍棒で殴りかかる構えだ。
だが、即座に股間剣を下から上へ鋭く突き上げた。
光の刃が叩きつけてくる棍棒を弾き上げた。
勢いそのまま棍棒は吹き飛び。
―ガンッ!
宙を舞った棍棒は、観客席のすぐ横に落ちて土煙を上げた。
「ぐおっ……! 俺の棍棒がぁ!」
ゴロツキが絶叫する。
新人殺しが新人にやられるという思っても見なかった展開。
観客たちは、その衝撃に大歓声を上げた。
「下からいったぞ! 今のはすげえ!」
「……く、くそぉっ、ちょっとカッコいいと思った自分にムカつくぜ! せめて出所が股間じゃなけりゃ推してたのによ……!」
「こんなん笑うって! ガハハハハ!」
そんな観客たちを尻目に俺は冷静に思考していた。
二撃目も完璧に押し込めれた。
棍棒も無くなったことだし完全に俺の勝利は揺るがない!
こんなにふざけ散らかしたスキルだけど、こと戦闘においては間違いなく一級品だ!
なんだかんだ周囲の反応的に、あのゴロツキそれなりの冒険者っぽいし、それを完封したんだから、そうと思って間違いはないだろう。
くぅ〜〜ッ! これぞ夢にまで見た俺TUEEE!!
ああ、気持ちいい!
……まあ股間から生えてるって点を除けば⸻いや、除けねぇよ。そこが一番ヤバいんだから!!
とりあえず何はともあれこれで終結だな。
「俺の勝ちだな!」
「な、なんだと変態野郎! 俺はまだ認めねぇ!」
武器を叩き落とされたゴロツキは、血走った目で唾を飛ばしながら突進してきた。
「ぶっ潰してやるぅぅぅぅッ!!」
「 えっ!?」
武器を失って意気消沈したと思い込んでいた俺は、まさかまだ諦めていなかったのかと驚く。
質量と気迫、その両方に押され、思わず後ずさった。
うわ、近い近い近いッ!
でけえ! 筋肉ゴリラが壁みたいに迫ってきてる!
必死に股間剣に「薙げ!」とイメージ。
すると腰の動きに合わせて横一閃。
光の残像が走り、空気を震わせ。
――ズバァァァンッ!!
ゴロツキの鎧が一瞬で真っ二つに裂け、その体は大きく吹っ飛んだ。
地面に叩きつけられた衝撃で土煙が舞い上がり、白目を剥いて動かなくなる。
「……う、嘘だろ……」
ゴロツキの取り巻きみたいなのが絶句した声だけが小さく響いたまましばらく時が止まる。
そして、一瞬の静寂。
だが次の瞬間、観客席は爆発した。
「つ、強ええええ!!」
「あいつ、ほんとにBランクのヴェルデスに勝ちやがったぞ!?!?」
「でも変態だあああ!」
「変態剣士! 変態剣士!」
「いや変態勇者だ!」
「どっちでもいい、変態には違いねえ!」
実技場が爆笑と歓声に包まれる中、俺は必死に怒鳴った。
「誰が変態だ、この野郎ォ!!」
戦闘は勝利したが、自分の中の大切な何か ⸻そう、尊厳的な何かを失った気がはさていた。
「……勝ったのに……なんで俺、心にダメージしかねえんだよ」
俺はがっくりと肩を落とした。
教官は腕を組み、渋い顔で言った。
「うむ、素晴らしい力だった。戦闘力は間違いなく一級品だろう……だが羞恥心も一級品だな」
「そこ評価すんなよ!」
受付嬢リリアは営業スマイルを崩さず、記録用紙にさらさらと書き込む。
「は、はい……素晴らしい結果でしたね。まさかヴェルデスさんが負けるとは正直思わなかったです。キンタローさん、これからよろしくお願いしますね」
語られた言葉とは裏腹に、その顔は“正直あまり関わりたくない”と全力で語っていた。
異常に汗をかいてるし、目すら合わないんだもんな。
俺を冒険者ギルドまで案内してくれた女冒険者カトレアは腕を組んでため息をつきながらも柔らかな表情で見つめてくる。
「とりあえず、お疲れ様といったところかしら。まあ強いのは認めるけど……一緒に歩くのは恥ずかしいけどね」
くすりと艶やかに笑い、俺から視線を逸らす。
「ふふ……まあいいわ。どこかでまた顔を合わせることもあるでしょう。キンタロー、その時は、よろしくね⸻」
そう言い残し、ひらりと踵を返して去っていった。
えっ、今の何、すげぇ、クールビューティー的ムーブ、一瞬トキめいちゃったよ……。
そのまましばらく呆然としていた俺は、ふと、自分の状況を思い出した。
いまだ股間剣をぶら下げたまま、ぽつりと呟く。
「えっ……ていうか、これ、どうやって仕舞うの?」
こうして俺は股間から剣をぶら下げたまま ⸻最悪なのか最高なのか判断に困る冒険者デビューを果たしたのであった。