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第一話 股間から聖剣出ました……

……。

……ん?


まぶたの隙間から差し込むまぶしい光に顔をしかめる。

ぼんやりとした意識を振り払おうと体を起こした瞬間、頬をなでる風の冷たさにゾワッとした。


視界いっぱいに広がるのは、空高くまでそびえる木々。

濃い緑の葉の間から、朝の光がまばらに差し込んでいる。

鳥のさえずり、湿った土の匂い、そして……肌に直接感じる冷たい空気。


⸻肌に直接。


俺はゆっくりと下を見た。

服が……ない。

パンツも……ない。

なにも……ない。


完全に全裸だった。


「……いや、なんで?」


昨日の夜、俺は普通に仕事から帰って、風呂に入り、ベッドで寝ただけだ。

それが、目を覚ましたら森の中でフル◯ン。

夢か? いや、リアルすぎる。木の皮のざらつき、足の裏に感じる土の湿り気……全部本物だ。


もしや……コレって異世界転移ってやつか!? 

状況的にそうだとしか考えられない。


とはいえ、なんでスタートから真っ裸なんだよ!

初期装備どころかパンツすらねえとかハードモード過ぎるだろ。


「うわ……なんかもう嫌な予感しかしない」


なんてことを言っても始まらないか……とりあえず立ち上がり、当てもなく歩き出す。

枝や小石が裸足の足裏に刺さって地味に痛い。

羞恥心は……まあ、周囲に誰もいないからまだマシだが、精神的にはもう限界が近い。誰か助けてくれよ……。


⸻ガサリ。


茂みの奥から低いうなり声が響く。

振り向くと、木陰から出てきたのは犬のようで犬じゃない、肩までの高さがある魔物。顔はぐちゃぐちゃに殴られた人間みたい。灰色の毛並みは所々剥げ、血走った赤い目がこちらを睨んでいる。

キモ過ぎ、怖すぎぃ……うわぁ、口からは糸を引くほどのよだれが垂れ散らかしているよ。


「あ、これ絶対ヤバいやつ」


次の瞬間、魔物が地面を蹴った。

獲物を仕留めるつもりの全力疾走。


「いやいやいやいや死ぬって! 今俺、フ◯チンなんだぞ!? 防御力ゼロだぞおおおおっ!」


俺は反射的に背を向けて全力で走った。

木々をよけ、草をかき分け、心臓が破れそうなほどの速さで。

でも、足音はどんどん近づいてくる。

息はもう限界、これ以上は逃げることができない。

悲報、俺の異世界転移物語、いきなりクライマックス、開始5分で死にましたってなりそうだ。とか言ってる場合じゃないが、もう足動かん。無理! よし、もう諦めよう!!


なんて思い、振り返った瞬間、魔物の牙が目前に迫っていた。


⸻ズドン!


空気を切り裂く音と共に、魔物の頭に矢が突き刺さる。

その勢いのまま、魔物は地面を転がって動かなくなった。


「……え? 俺、助かったの?」


視線を前に向けると、そこには一本の弓を構えた女性が立っていた。

腰までの桃色の髪を高く結び、琥珀色の瞳でこちらをじっと見ている。

革鎧に動きやすそうなブーツ、背中には長弓。

なんかかっこいいお姉さんって感じだ。


「……あんた、何やってんの? 裸で森を走る趣味でもあるの?」


「いや、違う! 起きたらこうだったんだ!」


「……ふーん(信用度ゼロの目)」


それだけ言うと、彼女は弓を背負い直し「とりあえず町まで来なさい」と歩き出した。

口調は淡々としているが、歩幅を少し落としてくれたあたり、完全に突き放すつもりではないらしい。


その間、自宅で眠ってたはずなんだけど、目が覚めたら、この森にいた。しかも裸で。と、ありのままの事実を何度か話したが、怪訝な表情で見られるだけであった。



町の門は高い石壁に囲まれ、見張り台には鎧姿の門番が立っている。

近づくと、当然のように俺の格好――いや、ほぼ裸――に視線が突き刺さる。


門番は俺を上から下まで眺め、女冒険者に顔を向けた。


「……なあ、本当にこいつ、町に入れて大丈夫か?」


女冒険者は小さく息を吐き、肩をすくめる。


「さあね。ただ、このまま放っておくわけにはいかないでしょ」


門番は「あー……確かに」と顔をしかめ、門の脇に立つ少年を呼びつけ金を握らせる。


「おい、ぼうず宿屋に走れ。新品のパンツとローブ、すぐ買ってこい! 釣りはお前にやる。急げ、町の治安がかかってる!」


「治安って……まるで街の治安を悪くしているみたいに聞こえるけども。あの〜犯罪者扱いはやめてくれない?」


「フッ、わいせつ物を丸出しの男が何を言ってんの? 今、貴方、犯罪行為をしている最中なのよ」


「えっ、いや、あの、その……すんません」


「そうだぜ、にいちゃん。犯罪者じゃないって無理がある。ちなみに俺のような門番は、そういう奴が大きな犯罪をさせないために、早いところ芽を摘むのが仕事だったりする、ガハハハハ」


「ふふっ、それもそうね。私も協力して、この場で悪の芽でも摘もうかしら」


「それ、もちろん冗談だよな? ブラックジョークだよな!? な?」


「ガハハ、わりぃわりぃ冗談冗談、野盗共に身ぐるみ剥がされたんだろう? まあお前さんは運が良かったな。命あるんだから」


「ならもう、それでいいよ……」


なんか良い具合に勘違いしてくれたから、その設定でいいや。

本当のこと言っても女冒険者みたいに誰も信じてくれないだろうし。


そんな問答をしている間に、ダッシュで門を出ていった少年が息を切らせて戻ってきた。

そして、俺に茶色のシンプルなローブと真っ白なパンツを差し出す。

手に取ると、まだ生地がパリッとしていて、新品の匂いがした。


「ありがとう、君のおかげで……俺は人間としての人権を取り戻せたよ」


少年はぽかんとした後、笑いをこらえながら「じゃあね、変な人」とだけ言って走り去った。


「ほら、これで人間社会に戻れるぞ」


門番がニヤリと笑い、女冒険者は「今度はせいぜい失くさないようにね。次は助けてあげないわよ」と皮肉交じりに言った。


まあそりゃあ「はい」としか言いようがなかったわけだけども。

実際、この2人、いや、あの少年も入れて、3人が理解のある良い人だから助かったもんだしな。

冷静に考えて、日本だったら問答無用で豚箱行きだったわ……。



町の中心部へ向かう道は石畳で、通りの両脇には店や屋台が立ち並んでいた。

行き交う人々を見て、俺は思わず足を止める。


長い耳を持つ女性──耳がシャキーンと長いし、モデル体型でやたらキラキラしてるからたぶんエルフ──が果物を売っている。

一方で、背の低いオッサン──髭面ゴリゴリマッチョ、肩にバカでかい槌を担いでるからたぶんドワーフ──がのしのし歩いていた。

さらに尻尾をブンブン振り回した子供──猫耳がピコピコ動いてて、もう完全に「ペットショップから逃げてきました?」感満載な獣人──が、路地を駆け回っている。

他にも、角や翼を生やした魔族らしき連中まで普通に人混みに混ざっているじゃないか。


「……人間以外、めっちゃ普通にいるんだな。この世界」


前を歩いていた女冒険者がチラリと振り返り。


「はぁ? あんた、まさか今の全部初見? どこの田舎者よ……」


と、顔に「このド新規観光客が!」とでも書いてありそうな目をしてきた。


「まあな……さすがは異世界転移!」


思わず、致死量のファンタジーにオタク心をくすぐられてワクワクが止まらなくりそうだ。

今更ながら本当に地球とは違う世界に来ちまったんだなと実感が押し寄せてくる。


「は? 異世界? ……助けた時も言ってたけど、本当に貴方、大丈夫なの? 腕の良い回復魔法使いの知り合いがいるから診てもらう?」


テンションがブチ上がりの俺とは対照的に「やっぱコイツ頭おかしい」と言わんばかりの目で俺を一瞥する女冒険者。

そのまま、ほんの少しだけ俺との距離を広げたのだった。

ちょっと悲しい。



扉を押し開けると、酒と汗と獣臭が混ざった空気がぶわっと鼻を刺した。

巨大な木造の冒険者ギルドは、依頼板の前で剣鎧の連中が押し合い、奥ではドワーフが「ガッハッハ!」と大ジョッキをぶつけ合っている。


「……すごいな。ファンタジーの酒場テンプレ、ほぼフルコンプじゃん」


つい漏らすと、隣の女冒険者がハテナを浮かべたような表情になって俺を見る。


「テンプレって何? 本当にさっきから何を訳の分からないことを言ってるの……?」


まあ現地人の女冒険者からしたら、俺の言葉の意味なんて分かるはずないわな。

何回説明しても、理解も、信用もしてくれなかったし。

まあ概念的におかしな話だから信じる方が珍しいか。

今更だけど、冷静に考えたは異世界転移云々は言わない方がいいよな……なんか事件に巻き込まれそうな気がするし。


そんなことを思いながらギルド内を進んでいく。

カウンターには、亜麻色の髪を三つ編みにした若い受付嬢が座っている。


おお〜ファンタジーっぽいなあ。

あと、めちゃくちゃ可愛いな。

やっぱり受付嬢って顔の審査とかあるのか?


「ようこそ、冒険者ギルド・ソレイル支部へ。本日は登録でよろしいですか?」


「登録一名。コイツ」


女冒険者が俺の背中を押し出す。


「扱い雑っ! いやまあ助かるけども!」


「森で“裸”でモンスターに追われてた変態。保護者枠でここまで連れてきたの。まあ多分大丈夫だけど、またどこかで衝動的に裸になったら困るから念のため連れて来たってわけよ」


「おい“裸”を強調するな! というか衝動的に裸になるような変態と思われる説明をするなよ!?」


「ん? 何を言ってるの? 貴方、どう見ても変態じゃない……」


受付嬢は一瞬フリーズしてから、何事もなかったかのように営業スマイルを貼り直した。


「な、中々強烈な経歴をお持ちなんですね……だ、だいじょうぶですよ。安心してください。服を着ていればどなたでも登録できますから」


「基準そこ!?」


「では最後に鑑定を行いますね。こちらの水晶に手をかざしてください」


俺が水晶に手を置くと、淡い光が広がり、宙に文字が浮かぶ。


――


【鑑定結果】

・名前:キンタロー・タマノ

・年齢:30

・職業:無職

・レベル:1

・HP:42/42

・MP:8/8

・筋力:E ・敏捷:F ・知力:D ・耐久:E

・スキル:エクスカリバーン


――


「おっ、まんまゲームだな……ん? なんか良さげなスキルあるじゃん!」


受付嬢がぱちぱちと瞬きをしてから、にっこり。


「キンタロー・タマノさんで、よろしいですね」


「あ、ああ、そういえば俺、まともに自己紹介してなかったな。改めて――キンタロー・タマノ、三十歳、無職です! 以上!」


「……えぇ……む、無職って初めてみたわ。普通、どんな奴でも農民とか市民とか何かしら表示されるはずなのに⸻というかレベル1なのっ!? えっ、ありえないんだけど……貴方、どういう生活送ってきたのよ……色々意味不明よ」


だってさっき異世界転移したんだから仕方ないだろ。

俺だって無職ってのは非常に遺憾ですわ!

前の世界ではれっきとしたサラリーマンなんだったんだから。


受付嬢が胸に手を添え、律儀に会釈した。


「申し遅れました。私はリリア・ランパー。ソレイル支部の受付を担当しています。新人さんの書類はたいてい私のところに来ますので、以後お見知りおきを」


「助かります。頼りにさせてもらいますね、リリアさん!」


女冒険者も、渋々といった表情で名乗る。


「カトレア・シャークド。見てのとおり冒険者。たまたま奇行中はだかのアンタを拾っただけ。というか貴方、本当に何者なの? あんなステータス別の意味で見たことないわ」


「寝て起きたらなぜか森にいた、その辺の一般ピーポーだよ!」


「……あっそう、なんか頭痛くなってきたわ……」


ボケたつもりなんだけど、すべったみたい。

なんだか疲れたような顔をのぞかせているカトレアを横目に、受付嬢のリリアが水晶と帳面を片づけながら、目を輝かせる。


「まあレベルは私も気になりますが、それよりも初めて聞くスキルがありましたね! エクスカリバーン……なんだか聖剣級の響きです。もし本物の実力を秘めているのであれば一足飛びで上位冒険者になれるかもしれませんね!」


「ですよね! 俺もそう思う! これ絶対チートだよ! 俺、早速、無職卒業か!?」


「……まあ名前だけ派手で大したことのないスキルって今までたくさんあったけど……」


なんかカトレアがボソッとつぶやいた気がするけど、聞かなかったことにしよう。というか縁起悪いこと言うな! 俺は裸で異世界に投げ出されたんだぞ、これ以上ふざけたことなんて起きてたまるか!!


リリアが身を乗り出し促す。


「実技場で試しましょう。スキルを使用してみれば分かりますから! 私も直で見てみたいですし」


「えっ、受付の仕事はいいんですか?」


「ええ、大丈夫です。私の勤務は“多忙だけど自由”なんです」


「な、なんかブラックの香りがするんだけど!?」


「どうでもいいけど、貴方たち早く行くわよ」


「えっ、待って、まだ登録途中なんだけど!?」


「先にスキルを見させてください。場合によっては上位ランクスタートになる場合もありますからね。ささっ、早く行きますよ〜!!」


俺たちの反応からギルド内にいた連中にも注目されたのか、皆も見物客よろしく実技場へ向かっていった。


⸻未知のスキル、エクスカリバーン。


その正体が、今まさに露わになる……はずだ。たぶん。お願い、なって。じゃないと俺、ただ恥ずかしい奴になっちゃうから。



実技場は石造りで広く、数人の冒険者が訓練しているようだ。

俺のスキル名を聞きつけたのか、物珍しそうに結構な数の職員や冒険者たちが集まってきている。


「じゃあ、スキルを発動してください」


ここまで誘導してしてきたリリアが指示を出したので、俺は一歩前に出る。

これは見せ場だ。

すごいの来てくれよ!


集まったギャラリーを見渡し、深呼吸。

皆が俺を見ているなから集中力を高め、声たかだかに叫ぶ。


「来い ⸻エクスカリバーン!」


周囲の空気が震え、光が俺の体を包む⸻ような気がした。

まさかに勇者が持つような聖剣が出現するかのような輝きが広がり、それは実技場を埋め尽くしていく。

とんでもないスキルが発動されるのではないかと皆がざわめく。


一方、俺の脳内では壮大なBGMが鳴り響いていた。

これ絶対最強チートスキルの演出やわ、と。

ああ、ご都合主義最高〜!!


なんて思っている間に輝きが段々と収まり、その正体があらわになって⸻えっ……!?


あらわになったのは、俺の股間から黄金の長剣が飛び出した姿であった。

光り輝く、剣は神秘的で、斬れ味も相当なものだと伺える。だが、場所がいただけなかった。


「……」

「……」


沈黙。視線。ざわめき。


「え、今の見た?」

「マジで股間から……?」

「へ、変態だああ……」

「誰か警備隊呼んできた方がいい?」


そんな声があちこちで飛び交う中、俺は顔面蒼白でつぶやいた。


「……やべえ、俺……変態すぎて、やばい」


こうして、俺の異世界ライフは羞恥と戦闘を同時にこなす方向で決定づけられたのだった。

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