【読み切り熟女クエスト外伝②】 ミヨ(80)の秘密なセカンドライフ。~やめて! わたしを取り合って争わないで! ミヨリアはまだ誰のものでもありません!!~
(……おじいさん……! おじいさんったら……!)
島田 耕作(83)は、妻の呼ぶ声で目を覚ました。枕元に立っている妻ミヨ(80)の姿を見て驚愕する。
「ば……!? ばあさんなのか……!? こ、これは……夢枕……か?」
今夜はまさに、愛妻だったミヨの通夜がしめやかに営まれたばかりだった。
しかし耕作の目の前にいるのは、まぎれもない妻であるミヨ本人だった。
ミヨは深々と頭を下げ、穏やかにほほえんだ。
(おじいさん……。いいえ、耕作さん……今までお世話になりました……。耕作さんと過ごせた人生、わたしは幸せでしたよ……)
耕作の目から、枯れ果てたと思っていた涙が再びあふれ出す。
「ばあさん……! ミ、ミヨぉ……っ、ワシも……! ワシもミヨと生きれて……幸せだった! 今までありがとうよ……!」
(そんなことよりもね! 耕作さん! すごいの! 聞いて聞いて!)
「ん? あれ? ばあさん? 急に声に張りが……あぁっ!? なんじゃ、ばあさん! そのハレンチないでたちは!?」
まばゆい光に包まれたミヨは、十代の少女の姿へと変貌を遂げていた。
耕作は白内障が進行した目をこすり、まじまじと妻の変わり果てた姿を凝視する。
(島田ミヨ、もとい女戦士ミヨリアは、転生して異世界で最強を目指してきます☆ テヘペロリン☆)
しかもアイドル顔負けの決めポーズだ。80のばあさんのくせに。
「お、おい、ばあさん。なんで突然見た目が若い女の子になっとるんじゃ? なんだその髪の色は、何色混ざっとるんだ? まつ毛バッサバサすぎじゃないか!? クジャクか、お前は!?」
(もうパートナーもいまーす! 吟遊詩人のノヴォルージでーす!)
ミヨ(?)が紹介した声とともに、若い男がスッと現れた。見覚えのない男だったが、なぜか耕作には瞬時に正体が分かった。
「お、お前!! 登だろ!! 先週お前の通夜と葬式に出たばっかじゃねえか! なに元気そうなツラしてやがんだお前! しかもハゲだったくせにそのクルクル巻いとるロン毛はなんだ!? 宝塚の男役か!? 1週間以上も経って、人の夢枕に出てくんな! さっさと成仏しろ!
くそっ、香典はずんで損しちまったじゃねえか!」
ノヴォルージと紹介された元・山田昇(享年83)は、キザな仕草で潤沢な金髪をかきあげると、白い歯を光らせて笑った。
(ふっ、耕作……。俺様はもうお前の知ってる登じゃない……。俺様はリュートの貴公子ノヴォルージ!! 俺様の美声にかかればどんなモンスターだってイチコロだぜ!!)
(登さん、歌声喫茶でもウクレレ弾きながら一日中入り浸ってたもんね~☆)
(おいよせよ……ミヨリア。俺様のことはノヴォルージって呼べって言ったろ、こいつぅ!)
ぺちっ!
(あん☆ ごめーん☆ テヘペロリン☆)
「おいおいおいおい! 待て待て待て待て!! お前ら人の夢枕でなにいちゃつき始めやがったんだ、コラ!
ミヨ! てめえも亭主を目の前によくもそんなナヨナヨした巻き毛男と……! しかもさっきからなんだ!? いちいち語尾に☆なんてつけやがって! 恥ずかしくねえのか!?」
(えー! だってぇ、耕作さんが一緒に来てくれるんだったら、ミヨリアだってぇ、もちろん耕作さんとがいいよぉ! でもぉ、耕作さんまだ元気でしょ? しばらくお迎え来ないでしょ? それまで一人なんてミヨリアつまんないもん☆)
(ふっ、残念だったな耕作。ミヨちゃんは俺様がいただく……)
ノヴォルージはミヨリアの肩を抱くと、耕作に背を向けて光り輝く道を歩き始める。
なぜか、どこからともなく花びらが舞い始めた。
「てめえ! コラ登!! チエちゃんに言いつけるぞてめえ! ミヨから手ぇ離せコラァ!!
待てミヨ! 頼む待ってくれ! 分かった! 俺も行くから!! だから登はやめろ! 待て行くな! 俺も……俺も行くからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
・・・・・
「あれ、兄貴からだ」
野々原 真佐江(40)のスマホに兄、島田 真治(45)からのメッセージが届いた。目にした瞬間、真佐江の眉間が強烈にしわ寄った。
「――はぁっ!? っざけんな!!」
「……ママ。言葉遣い……」
男のような声のあげ方をする真佐江をたしなめたのは夫の優介(38)だ。
「いや、だってさ優くん! 『親父が死んでんだけど』って……うわ! 写真送ってきやがった! クソバカ兄貴! 人の死に顔写真に撮るってどんな神経してんだよ!!」
「……ママ、言葉遣い……2回目……」
夫の優介から笑顔の圧力がかかり、真佐江はあわてて、お口チャックのポーズをした。
「でも優くんっ! スマホで死んだ人の顔写真撮るなんて非常識でしょ!? 見てよこれ!!」
優介の顔の真前に、真佐江はスマホ画面を突きつけた。
あわてて優介は顔をそむけたが、真佐江がスマホの画面を突きつけたまま動かないので、恐る恐るその画像を目にし――その後、苦笑した。
「…………なんていうか……すごく安らかというか、幸せそうなお顔で……」
「おじーちゃん、おばーちゃんのこと、超ラブだったから絶対ついてっちゃったんだよ! 間違いないって!
今ごろ天国で夫婦水入らずだって!」
優介と真佐江の一人娘である美緒(13)も、写真をのぞきこむ。
「すっごいいい写真だから、私にもそれ転送してよママ」
「うぇ!? いや……それってどうなの……? なんか不謹慎で嫌だよ、いくら自分の父親の顔でもさ……死に顔だよ?」
「えーケチー」
美緒がほっぺを膨らませて文句を言う。
「ケチとかそういう問題?」
真佐江は理解できないといった表情で、美緒を見つめている。
優介がため息混じりに口を開いた。
「……とりあえず、今日このあとの予定は、まずお義母さんのお葬式でいいんだよね……? お義父さんのお通夜は? 今夜?」
「わっかんない! 兄貴がいま大慌てで手配してんじゃないの?」
「ね、ね、ね。それってもしかしてお葬式2DAYS?」
美緒がVサインをしながら両親を見上げる。真佐江の目がキラリと光った。
「あー……2DAYSって言えば2DAYSだけど、昨日の通夜からカウントすれば、ある意味3DAYSだね」
「なんか豪華だね!」
「うん、なんか燃えてくるかも!」
笑顔で盛り上がり始める真佐江と美緒の肩を、優介がガッチリとつかんだ。
「……ふたりとも? ライブやコンサートじゃないんだからね……。いくら肉親、身内だからって、ふざけていいことと悪いことがあるんだよ……。わかってるかな……?」
笑顔の底から漂い始めた優介の怒りのオーラを感じ、真佐江と美緒は無言で首を上下に振る。その光景は壊れた首振り人形のようだ。
「じゃあ、お義兄さんから連絡きたら、慶弔休暇の延長しないとかも……。授業の代打頼まないと」
「そうだった! 私も会社に連絡しないと!」
野々原家の朝は、いつもと変わらず、慌ただしく過ぎていくのであった。
そして、戦士ミヨリア、吟遊詩人ノヴォルージ、魔導技師サークの、アバンチュールでトライアングルな旅は、今まさに始まろうとしていたのであった……。
to be continued …… ?