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カントリーガール  作者: julie
Chapter. 2
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田舎の少女と社交界デビュー

 レッドモンド邸は、白い石造りの大きな屋敷だった。玄関ホールはシルヴァートン邸のホールよりさらに立派でけばけばしい。床には黒と白の大理石のタイルが嵌められ、高い天井には金箔が張られ、巨大なクリスタルのシャンデリアがまばゆく輝いている下で、盛装した紳士淑女が数人、和やかにおしゃべりを楽しんでいる。


「シルヴァートン」


 その着飾った人たちの群れの中から、一人の太った紳士が近づいてきて、シルヴァートン氏に声をかけた。


「シルヴァートン、よく来てくれたね。夫人もご機嫌いかがかな」

「レッドモンド、お招きありがとう」


 シルヴァートン氏は太った紳士と握手を交わす。紳士はちょっと笑って頷くと、シャーロットに意味ありげな視線を向けて、


「では、そちらが」

「娘のキャサリンです」

「ほう」

 紳士の珍奇な動物でも見るような眼差しに、シャーロットは居心地が悪くなる。


 父親が優しく言った。


「キャサリン、この方はこの屋敷の主人、レッドモンド氏だ。挨拶しなさい」


「はじめまして」

 シャーロットが、礼儀作法の教師に教わった通りの会釈をぎこちなくやって見せると、


「ほう!」


 レッドモンド氏は感心したように目を見張った。まるで彼女が珍しい動物か何かで、口をきいたのが信じられないといった様子だ。


「これはこれは、可愛らしいお嬢さんですなあ!」


 白々しいほど大きな声で言うと、

「我が屋敷へようこそ。どうぞ、ゆっくり楽しんでいってください」

 シャーロットに会釈して、新たにやってきた客の方へと歩いていった。シャーロットがほっとする暇もなく、


「おお、シルヴァートンじゃないか」

 別の紳士が父親に近づいてくる。

「奥さまも、ごきげんよう。それで、そちらが?」

「娘のキャサリンだ」

「ほほう!」

 紳士は微笑んで、しげしげとシャーロットを見、

「初めまして。これは嬉しい驚きですね。田舎の農夫の家で育ったと聞いたので、どんなお嬢さんかと思っていたら。こんなに可憐なレディだったとは」

「どこで育とうが、シルヴァートン家の者はシルヴァートン家の者だよ」

「そのようだ」


 紳士はシャーロットに片手を差し出すと、恭しく彼女の手をとって口づけた。


「初めまして。ジェームズ・マクレランです。お父上の会社とは、よく取引をさせてもらってるんですよ」


「マクレランは、鉄鋼会社を経営しているのだよ」

 父親が言った。

「私の鉄道会社に鋼鉄を納めてくれている」

「それでシルヴァートン、次の取引の話なんだが」

「ああ、南へ新しく路線を延ばす計画を立てているのだが、その予算の見積もりをだな……」

 父親がマクレランとビジネスの話を始めるのをシャーロットがぼんやり聞いていると、


「アイリーン!」


 甲高い声がして、今度は背の高いほっそりした婦人が両手を広げて母親に近づいてきた。


「早く着いたわね! わたくしもさっき着いたところよ。それにしても、ねえ、この屋敷の玄関前の階段の飾り付けを見た? 鋳鉄の手すりに赤いリボンを巻きつけるなんて、ちょっと悪趣味じゃないこと? 召使いのお仕着せも、何だかこれ見よがしで品がないわ」


 鷲の羽の扇で口元を隠すようにして母親に囁きかける。


「そうねえ、でも仕方のないことよ、リンダ」

 シルヴァートン夫人は、こちらも扇で口元を隠し、もったいぶった口調で囁き返した。


「レッドモンド家は、急に事業に成功して社交界入りしたわけでしょう? 早く上流階級の一員として認められたいという気持ちもわかるわ」


「だからって富をあからさまに誇示しても、かえって品のなさを曝け出すだけで逆効果なのにねえ」

 リンダと呼ばれた婦人は軽蔑するように鼻を鳴らした。


「今夜のパーティも、富の見せびらかしが目的に決まっているわ。わたくし、レッドモンド家のような新興成金は、どうも好きになれないわ」


 それならパーティに来なければいいのにとシャーロットが内心思っていると、


「それで、そちらがキャサリン? まあ可愛らしいこと! まるでバラの蕾のようね!」 

 婦人はシャーロットに視線をやって、大袈裟な歓声をあげてみせた。


「キャサリン、こちらはヴァン・レンセラー夫人。とても由緒ある家柄のご婦人なのですよ」


 母親に言われ、シャーロットははじめましてと会釈する。


「まあ、本当になんて愛らしいのかしら! これはすぐに社交界中の男がこぞって求愛を始めるでしょうよ!」

 ヴァン・レンセラー夫人はきんきん声でそう言って笑うと、再び扇に声をひそめて、


「ところでアイリーン、聞いた? マーガレット、とうとう離婚するらしいわよ」

「まさか!」


「本当よ。わたくしにはわかっていたのよ。まったく馬鹿なことをしたものだわ」

「今夜は来ているのかしら?」


「いいえ、来ていないわ。来られるわけがないわ。ひどいスキャンダルですもの。当分、社交界には姿を現さないんじゃないかしら、あの人。でもわたくし、あの人のことはあまり好きではなかったのよ。だからちょっとせいせいしているの。ところで、ねえ、チェスナッツ通りに新しい帽子屋ができたのご存知?」

「ドゥ・スィガルでしょう?」

「そう! パリの最新流行のものが手に入るのよ! 素敵じゃない?」


 それきり二人はシャーロットのことなどすっかり忘れ、ファッションの話に熱中し始めたので、放ったらかしにされたシャーロットはその場を離れ、笑いさざめいている紳士淑女の間を、一人奥の方へと歩いて行った。

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