田舎の少女と晩餐会の準備
「無理だわ」
シャーロットは情けなさそうな顔で言った。
「無理でもやるしかないでしょう」
ブリジッドが非情に言い放ち、結い上げたシャーロットの髪に銀細工のピンを差す。
「いいですか、お嬢様、決して、決して、ドレスの裾を踏まぬよう。手袋は汚さないよう気をつけること。それから衣装のフリルやレースをいじらないこと。ああ、唇をこすらないで。紅が落ちます」
非難がましく言われ、シャーロットはため息をつき手を下ろす。
「どうして晩餐会になんか行かなきゃならないのよ」
「上流階級では家同士の付き合いがとても大切なのです。招待されたことをありがたく思うべきですよ」
ブリジッドは咎めるような口調で言う。
「できました」
シャーロットを立たせ、大きな姿身の前に連れてゆく。
鏡に映った自分を見たとたん、シャーロットは逃げだしたくなった。
大袈裟な白いレースとリボンのついた淡い薄荷色のサテンのドレス。手には肘まである絹の手袋に、胸には一束の白いスズランの花。加えて真珠のネックレスやら、ダイヤのブローチやら、金の腕輪やらイヤリングで人形のように飾り立てられ、極めつけは、
「これを履いてください」
と出された白いハイヒール。こんなものを履いて歩いたらすぐに転んでしまうだろう。
「向こうについたら笑顔を絶やさないこと。物腰はあくまで優雅に淑やかに。誰かに紹介されたら礼儀正しく会釈すること。それからやたらきょろきょろしない。あなたにはきょろきょろするくせがあるんですからね。あなたが『やはり田舎育ちの粗野な娘だ』と後ろ指を差されるようなことになれば、シルヴァートン家の名に傷がつくのですよ。そういった醜聞は恐ろしく早く広まりますからね。そうでなくてもあなたのことは、すでに散々社交界のゴシップの種になっているのに」
「何ですって?」
振り返って尋ねるシャーロットに、
「十四年間行方不明になっていた、シルヴァートン家の一人娘が帰ってきた。それも、田舎の農夫の家庭で育てられていたらしい――これが噂にならないわけがないでしょう。社交界中の人間があなたを一目見たくてうずうずしているはずです」
「そんな。私、見世物じゃないわよ!」
憮然と言うシャーロットに、
「申し訳ありませんがお嬢様、今夜のあなたは見世物になるのは避けられません。ですが、笑いものになるか、いい意味で注目を浴びる存在になるかはあなた次第でしょう。恥をかきたくなかったら、おとなしく行儀よくしていなさい。先に言っておきますが、社交界の人間は他人を笑いものにするのが大好きですから」
シャーロットは一気に気が重くなった。
「くれぐれも、お父様とお母様の面子をつぶさないように。いいですか、お嬢様」
念を押され、シャーロットが答えるよりも早く、
「出かけますよ、キャサリン」
部屋のドアが開き、母親が迎えにやってきた。フレアたっぷりの濃いブルーのドレスに身を包み、シャーロットの二倍の宝石をつけている。髪には花と白い羽根の飾り。さながら歩く美術品といったところだ。
夫人は盛装したシャーロットをじっくりと、頭のてっぺんから爪先まで検分すると、
「ブリジッド、髪飾りにただの銀細工は地味すぎるわ。金と真珠のものにして」
「はい、奥様」
ブリジッドはシャーロットの髪から銀のピンを抜き取り、代わりに金に大粒の真珠をあしらったミツバチ型の髪飾りをつける。
「ずっとよくなったわ」
シルヴァートン夫人は小さく頷いて、
「さ、お父様がお待ちです。急ぎましょう」
シャーロットが慣れない靴で何とか階段を下りると、何週間かぶりに顔を合わす父親が、顔を上げ軽く目を見張った。
「キャサリン」
まじまじシャーロットを見つめると、
「いや、すっかりレディらしくなったね。これなら誰にも田舎娘などとは言わせないぞ」
田舎育ちであることはそんなに恥ずべきことなの、とシャーロットは内心ふて腐れた思いで呟く。シルヴァートン氏に悪気はないのだろうが、自分の育った土地を見下すような言い方をされると、やはりあまり気分がよくない。シャーロットは農場の素朴で温かい家のことを懐かしく思い出していた。
「さ、行きましょう」
夫人が美しいドレスの裾を翻す。
ガス灯が星のように煌く夕方の通りを、豪華な四輪馬車で移動している間、シルヴァートン氏はシャーロットに「ここでの暮らしには慣れたかい」とか「屋敷で何か不自由していることはないかい」とか「欲しいものがあれば服でも宝石でも遠慮なく言うのだよ」と、思いやりに溢れた口調で話し掛けてきた。夫人の方は「ピアノはうまく弾けるようになったの?」とか「フランス語の勉強は進んでいるの?」とかそんな質問ばかりだ。馬車が止まり、御者が着きましたと告げたときには、シャーロットは心底ほっとして馬車を降りた。