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カントリーガール  作者: julie
Epilogue
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(補足)青年紳士と令嬢のお見舞い

イザベラからお花が届いた二日後くらいのお話。本編には入りきらなかったもの。

 あと少し銃弾が肺の方へずれていたら、即死でしたよ。


 医師に険しい顔で言われ、自分の悪運の強さに感謝したものだ。


 この世に大して未練はないが、妹となったあの少女を悲しませるのは忍びない。


 あの子の目の前で死なずに済んでよかった。しみじみそう思う。


 とはいえ、傷は重症だ。


 妹が傍に来るときだけは平気を装って会話をしているものの、実のところ、ただ呼吸をしているだけで、胸が焼けるように痛む。痛みのあまり眠ることすら困難で、ひたすら高熱に浮かされ続け、朦朧とした意識の中で、ここ数日を過ごしているのだった。


 四六時中これほどの痛みにうなされるくらいなら、そろそろ死んだ方が楽かもしれない。


 弱気な思考が頭をよぎり、苦笑が洩れる。


 ならば、せめて死ぬ前に遺言を。あの妹と、その兄であるあの青年に。その名義で、俺が引き継いだ遺産を残してやりたい。早いところ弁護士を呼んで、俺が死んだらハミルトン家の遺産が二人の手に渡るよう取り計らおう。


 それから――心残りと言えば、あとひとつ。


 サイドテーブルの上に飾ったバラの花。

 イザベラ・ローズデイル嬢の名が書かれたカード。


 あの件に関しては、もう取り返しがつかないことはわかっている。すべての非が自分にあるということも。諦めなければ、と思いつつ、諦められない。


 なのに――イザベラはどういうつもりでこれを贈ってきたのだろう。


 銃弾を受け、無様に死にかけている俺を憐れんで? それとも、親友の異母兄である俺の様態を気遣って? それとも、俺の過ちを許してくれるのだろうか。


 いや、考えても仕方がない。


 胸を貫く激痛にも構わずに、バラの香りを深く吸い込み、目を閉じる。


 今さら虫のいい思いを巡らせるのは良そう。

 この状況で希望を抱いて、失望するのは辛すぎる。


 痛みに縁どられた、ひどく浅い眠り。呼吸をするたびに傷が熱を帯び、ずっとうなされていた気がする。


 ふと、部屋に満ちた甘いバラの香りが揺らぎ、火照った頬に心地よい冷たさを感じて、目を開ける。


 美しい漆黒の瞳があった。ずっと焦がれた、美しい夢のように。


 息が止まった。


 女神。天使。私の気高いバラの花。


 これまで何人もの女に戯れに囁いてきた美辞麗句が次々と頭に浮かぶ。今回ばかりはすべて本心だが、今ふさわしいのは、そんな台詞じゃない。


 目の前の瞳をただ見上げ、言葉を見つけられずにいると、冷たい手がするりと頬を離れていってしまう。


「ローズデイル嬢。待ってください!」

 思わず手を伸ばし、イザベラの華奢な手をつかむ。


 とたん、胸に走った激痛に再び息が止まる。レディの前で血を吐くような無作法は許されないな、と、何とか呼吸を取り戻し、いや、すでにレディの手をいきなりつかんでいる時点で、十分無作法だろうと胸の内で自嘲する。だが、無作法は承知の上だ。このまま行かせるわけにはいかなかった。


 傷の痛みと突然動いたせいで完全に血の気が引いているであろう自分の顔を見て、捕まれた手を振り払うわけにもいかず、イザベラは途方に暮れた表情でその場に立ち尽くしている。


「待ってください」

 そんなイザベラにもう一度言って、苦労して体を起こそうともがく。イザベラが小さく息を飲んだ。


「まだ安静にしなくてはと、お医者様が」

「安静にしていますとも――それに、実際のところもう大したことはないんです」

「いいから横になって」

 イザベラが戻ってきて、息をするのもままならないローレンスがベッドに再び身を沈めるのを助ける。


「怪我の具合は?」

「これくらい何ともありませんよ」

「ひどくうなされていました」

 ああ、自分がうなされていたのは、夢うつつに覚えている……俺が目を覚ます前、痛みで意識朦朧としていた自分の傍に、どれくらい? どれくらいイザベラは居てくれた?

「気遣ってくださるのですか?」

 問いかけると、イザベラはため息をつき、

「怪我人を気遣うのは、人として当然でしょう、ハミルトンさん」

「どうか、ローレンス、と」


 微笑む気力はなかった。胸に走った鋭い痛みは、物理的なものだけではなく。今自分はどんな表情をしているのだろう。それこそ憐れみを乞うような、無様な表情をしているのかもしれなかったが、取り繕う余裕はとてもない。

「お医者様を呼びましょうか」

「呼ばなくていい。それより貴女にいてほしい」

 駆け引きはなしだ。ローレンスはイザベラの顔を見上げ言う。

「イザベラ――」

「帰ります」

 イザベラは言わせまいとするように首を横に振った。


「急に訪ねてきたこと、謝ります。まだ安静にと言われているのに――どうぞ、早く、怪我を治して」

「イザベラ、お願いだから――」

「もうしゃべらないで。傷に障ります」

 話すことがローレンスに苦痛を与えていることを察したイザベラが、黙らせるようにローレンスの唇に指で触れる。


 甘美な感覚に一瞬身が震え、だが、指はすぐに離れた。


 イザベラの強張った表情を見て、ローレンスは片手でイザベラの手を掴んだまま、傷ついた笑みを浮かべ言う。

「ここに来たのを後悔している顔だ」

「後悔はしていません」

「ならどうか」


 呼吸をするたび胸が燃えるように痛む。医者がこの様子を見たら、直ちに面会謝絶にされるところだが、それでも今言わないわけにはいかない。


「せめて、改めて謝罪の機会を。そして、もう一度だけ、やり直すチャンスを。チャンスをくれるだけでいい、お願いだ」

 ベッドの横にかがんでいたイザベラが、目を伏せつと立ち上がる。


「また来ます」

「いつです?」


 自分の手を掴んだまま、口早(くちばや)に問うローレンスを見下ろし、イザベラはきかん気の子供を前にした大人のような、困ったような表情でため息をつく。それから、無言で、ゆっくりとローレンスの手から自分の手を引き抜いた。


 みるみる失望に陰るローレンスの顔の上に再びそっと身をかがめ、そしてローレンスの額に、柔らかなキスが落とされる。


「貴方がこうして生きていること、嬉しく思います」


 目を見張り、呆然と見上げてくるローレンスに、


「また、明日」


 囁くように言って、足早に部屋を後にする。


 そうして後には負傷した男が、気高いバラの香りの中に残された。


「……神よ」


 また、明日。


 イザベラの言葉を頭の中で繰り返し、ローレンスはゆっくり目を閉じて、バラの香りを深く胸に吸い込む。


 そして、口づけを受けた額に、片手の甲を押し当てて、誰にともなく呟いたのだった。


「神よ、感謝します」



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