田舎の少女とその兄
数分後、一同は屋敷の応接間に集まっていた。シャーロット、ローレンス、ロジャー、シルヴァートン氏、それにシルヴァートン夫人もいる。
「ローレンス」
シルヴァートン氏は、手に握ったままでいた銃を思い出したようにテーブルの上に置き、複雑な顔で切り出した。
「その、娘を気に入ってくださっているのは、とても嬉しいことですが。こんな夜中に、娘の部屋に忍び込むというのは」
「勘違いなさらないで下さい」
ローレンスは穏やかに言った。
「今夜、私とロジャーがお嬢さんの部屋にやってきたのは、お嬢さんがあの使用人に命を狙われていると知っていたからです。こちらにいるロジャーは、お嬢さんと農場で兄妹同然に育った方で、今私の屋敷に滞在しているのですが」
シャーロットに寄り添っているロジャーに視線をやって、
「とにかく、今回はロジャーがあの執事を取り押さえて事無きを得ましたが、また同じようなことが起こらないとも限らない。お嬢さんの命を狙っているのが、あの男一人だけとは言い切れませんから。この屋敷にいるのはお嬢さんにとって危険だし、またお嬢さんのためにもならない」
落ち着いているが、どこか突き放すようなローレンスの口調に、シルヴァートン氏は困惑顔になる。
「はあ、その、娘の命を救ってくださったことには、心から感謝いたします」
ロジャーに向かって軽く頭を下げると、再びローレンスに視線を移し、
「しかし、こんな夜中にプロポーズとは」
「やはり、何か誤解されているようですね」
ローレンスは微笑んだ。
「私は、お嬢さんをいただきに参りました、と言っただけですよ」
「は?」
「より正確には、返してもらおうと」
「返す?」
怪訝な顔をするシルヴァートン氏に、
「彼女は、あなたの娘ではありません」
ローレンスは言った。
シルヴァートン氏は唖然と目を見張る。
「何を言って――」
「シルヴァートンさん」
ローレンスは真顔で続けた。
「あなたの前妻であるエリザベスは、あなたと結婚する前に、すでに子を宿していたのですよ」
「何を馬鹿な」
シルヴァートン氏は困惑の笑みを浮かべた。
「あり得ない。第一、もしそうだとしたら、一体誰の――」
「わかりませんか」
ローレンスは言った。
「あなたの恋敵だった男です」
「まさか」
シルヴァートン氏は顔色を変える。
「そう」
ローレンスは頷いた。
「アーネスト・ハミルトン。五日前に死んだ私の父ですよ」
「ちょっと待って」
シャーロットは面食らって口を挟む。「ローレンス、何を言ってるの?」
「あなたが、このろくでなしの娘ではないということです」
ローレンスは答えた。「そして、私の腹違いの妹だということ」
「嘘だ!」
シルヴァートン氏が蒼白になって叫ぶ。「一体、何を根拠にそんな――」
ローレンスはズボンのポケットから、折りたたんだ紙を取り出した。
「父が死ぬ前にすべてを書き残した書面が、銀行の金庫に預けてありました。その金庫の鍵を父の書斎で探すのに、今日丸一日かかってしまいましたが。グレイス教会の神父に、懺悔したとも書いてある。この神父に話を聞けば、すべて真実だとわかるでしょう」
「そんな」
シャーロットは茫然と呟いた。まじまじとローレンスの顔を見つめる。
「私とあなたが異母兄妹?」
「私も、父に聞かされるまで知らなかった」
ローレンスは首を横に振った。
「知ったのは、あなたがシルヴァートン家に娘として引き取られ、都会にやってきた後のことです。そのとき、すでに父は病で、ベッドから起き上がることができないほど衰弱していた。あなたに会いたがっていたが、それは叶わないと知っていた。目を覚ましているときより、眠っているときの方が多いような状態でしたから。それで、私にすべてを話し、あなたのことをそれとなく見守るよう言いつけたのです」
――お嬢ちゃん、どうして俺がこんなにもお前のことをあれこれかまうと思う? 単なる好意と気まぐれからだと思うか?
「あなたには、何も話さないつもりだった。あくまで血のつながりがあることは隠して、シルヴァートン家の娘とハミルトン家の息子として、あなたと接するつもりだった。過去に他人の妻を身ごもらせたと世間に知れたら、ハミルトン家の名に傷がつく。そう父は考えたのですよ。あなたがシルヴァートン家で、娘として可愛がられ、幸せに暮らしているのなら、それでいいと。今さら過去の罪を暴き、互いの家の名誉を汚すことはないとね。まったく、勝手な話です。恨むなら、どうぞ父を恨んでください。この私がしているように」
そう言って、歪んだ笑みを浮かべる。
――お嬢ちゃん、本当はこんなことまで話すつもりはなかったんだ。
「私の役目は、あなたがシルヴァートン家の令嬢として都会の暮らしに慣れるのを助けることだった。なかなか社交界に馴染めないあなたのもとを頻繁に訪ねて、あちこち気晴らしに連れて行き、都会を好きになってもらおうとしたのも、そのためです。いや」
そこで言葉を切り、苦笑して、
「違うな。あなたは気づかなかったでしょうが、私は最初からあなたを妹としてみていた。初めて公園で出会ったときから。あのときはまだ、あなたが妹だと知らなかったのですが。不思議なもので。とにかく、兄として妹の幸せを願うのは、当然のことでしょう?」
ちらとロジャーに視線をやる。ロジャーは同意を示すように小さく頷いた。
「だから、シルヴァートン氏があなたを私と結婚させようと企んでいると知ったときは、本当に焦りましたよ。いや、それどころか、最初からそれが目的であなたを引き取ったとは」
ローレンスは乾いた笑い声を上げた。
「まったく。まさかこんなことになるなんて。もう事態は私の手には負えないと思いました。父に言って、すべてを明らかにするつもりだった。だがその前に父は死んでしまった」
――もう黙っちゃいられない。
――ハミルトン家が封印した過去の秘密を暴くとしよう。
「そして、父が死んだ今、もう隠しておくべきものは何もない。愚かな親たちのせいで子供の運命が弄ばれるのは、理不尽というものです。キャサリン、この真実はあなたを傷つけるかも知れません。ですが、少なくとも今ここにいる、あなたを家を破産から救うための都合のいい道具としか見ていない男は、あなたの本当の父親ではない。まったく血の繋がりのない他人。あなたは、シルヴァートン家の娘ではないのですよ。あなたの父は、先日死んだ私の父親、アーネスト・ハミルトンなのですから」
アーネスト・ハミルトン。
昨日執り行なわれたローレンスの父親の葬儀の様子が、シャーロットの脳裏によみがえる。
――父の髪を納めたブローチです。どうか、父のために、これを。
――故人の髪を形見分けとして贈るのは、肉親かよほど親しい人にだけ。ローレンスがお前に父の死を心から悼んでもらいたいと思っている証拠だ。
父親。肉親。
「昨日埋葬されたあの人が、私の本当の父親だったのね」
シャーロットは茫然と呟き、ローレンスを見上げた。
「そして、ローレンス、あなたは」
私の。
「キャサリン、帰りましょう」
ローレンスはシャーロットに手を差し伸べ言った。
「ここはあなたの家ではない」
蒼白な顔で立ち尽くしていたシルヴァートン氏が、奇妙な笑い声を上げたのはそのときだった。
「アーネストめ」
ぎらついた目でローレンスを――かつての恋敵の息子を睨みつけると、テーブルの上に置いてあった拳銃を掴む。
誰にも止める暇がなかった。
銃声が響き渡り、ローレンスが弾かれたように後ろに倒れる。
「ローレンス!」
シャーロットは悲鳴を上げる。再び撃鉄を起こそうとしたシルヴァートン氏をロジャーが取り押さえた。夫人は口を両手で覆って硬直している。
シャーロットは恐怖に目を見張り、倒れているローレンスに駆け寄った。胸から血が溢れ、シャツを真っ赤に染めている。
「ローレンス!」
「親が犯した罪のつけは、子が払うことになっているらしい」
ローレンスは苦笑して呟くと、続いて駆け寄ってきたロジャーを見上げ言った。
「ロジャー。もし私が死んだら、キャサリンを頼みますね」
「馬鹿なことを言うな」
ロジャーはローレンスの傍らに膝をつくと、シャツを破り止血を施しながら答えた。
「妹の実の兄を死なせるわけにはいかないよ」
懺悔のくだりのためだけにハミルトン家の宗派カトリックにされる、、、




