田舎の少女と名推理
「シャーロット」
ロジャーに名を呼ばれシャーロットは我に返った。
「ローレンスは、お前のご両親のことを、あまりよく言っていなかったよ」
ロジャーはためらうような口調で言った。
「シルヴァートン家を破産から救うための道具として、お前を利用しているのだと言っていた。シャーロット、もしそうなら――」
「ロジャー、やめて」
シャーロットは首を横に振った。
「私はシルヴァートン家の娘なのよ。家のためにできることがあればやらなくちゃ」
「たとえ政略結婚でも?」
「それは」
シャーロットは言葉につまったが、
「でも、そうはならないわ。ラリーは何とかしてくれるって言ってたもの」
――俺はお嬢ちゃんとは結婚できない。
公園でのローレンスの言葉が思い出される。
――だが、俺にも非はある。お嬢ちゃんに気があるとシルヴァートン夫妻に勘違いされても仕方がない行動をとっていた。
――あとは俺にまかせておけ。俺が何とかする。
――ハミルトン家が封印した過去の秘密を暴くとしよう。
あれはどういう意味だったのだろう。
「わかった。この話はよそう」
ロジャーがため息をついて話題を変えた。
「それで、シャーロット、一体何があったんだい?」
「え?」
怪訝な顔をするシャーロットに、
「さっき庭で会ったとき、ひどく青ざめた顔をしていたね。フラッフィのこと以外にも何か心配事があるんじゃないか?」
そうだった。シャーロットは思い出してため息をつく。石炭酸の入ったレモンパイ。死んだ仔猫。階段。後ろから突き飛ばした手。
「階段の上から突き落とされた?」
ロジャーはカップを持ち上げる手を止め、険しい顔をした。
「誰に」
「わからない。でも、何だか怖いの。レモンパイに石炭酸が入っていたのも、偶然じゃないような気がして」
「心当たりは?」
「ないわ」
ロジャーは考えるように眉を寄せた。
「誰か、屋敷にお前に悪意を持っている人は?」
「どういうこと?」
シャーロットは目を見張った。
「屋敷の中の人の仕業だと言いたいの?」
「わからない。でも、外部の人間がこっそり屋敷に忍び込んでお前を階段から突き落としたとは考えにくいよ」
たしかに。シルヴァートン邸には大勢の使用人がいる。コリンズや執事頭といったよく気のつく男たちも、ブリジッドをはじめ女中たちもたくさんいるのだ。誰にも見咎められずに忍び込むのは不可能だろう。
「シャーロット」
ロジャーは真顔で続けた。
「もし、パイの件も階段から突き落とされたのも、ただの事故ではないとしたら。また似たようなことが起こるかも知れない」
「そんな」
シャーロットは青ざめて首を振る。
「でも、屋敷の中にそんなことする人がいるとは――」
「質問を変えよう」
ロジャーは軽く片手を上げ言った。
「都会に来てから誰かの恨みを買った覚えは? お前が人に憎まれるような子じゃないってことはわかってるけど、人間誰しも思いもよらない理由で他人の恨みを買うことがあるだろう?」
シャーロットは必死に考える。誰かの恨みを買うとすれば、相手はドリスくらいのものだ。恋敵だと思われているから。だが、まさかドリスがシルヴァートン邸に忍び込み、自分を階段から突き落としたとは思えない。ましてや、パイに毒を入れるなんてこと。
「ローレンス様」
廊下からジョーンズの声がした。
「コールダー家とトムソン家から、お悔やみの花が届けられていますが――」
ジョーンズ。ジョーンズも私のことをあまりよく思っていない。ドリスとローレンスを近づけるのが彼の役目なのに、私に邪魔されたと思っている。
「あの人には嫌われてるけど」
シャーロットがためらいがちに言うと、ロジャーは首を横に振った。
「ジョーンズなら、昨夜も今朝もずっとこの屋敷にいたよ」
「そう……」
では、やはりシルヴァートン邸の中にいる者の仕業なのだろうか。でも――
「ローレンス様!」
再びジョーンズの声。
「聞いているんですか、ローレンス様――」
ふとシャーロットは思い出す。いつだったか、ジョーンズの声をシルヴァートン邸の中で聞いたことがあるような気がする。まだ都会に来て間もない頃のことだ。そう、初めて社交界に顔を出し、疲れきって帰ってきた晩。ジョーンズはシルヴァートン邸の誰かと話をしていた。たしか、あれは――
そうか。
シャーロットはティーカップに手を伸ばし、ゆっくり息を吐き出した。
シャーロキアン