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カントリーガール  作者: julie
Chapter. 7
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田舎の少女とその執事

 政略結婚など絶対しないと思っていたのに、五十も年上の老人と婚約したイザベラや、ローレンスの気を引こうと躍起になっているドリスのことを、他人事だと思っていられなくなった。しかも状況は二人よりずっと切羽詰っている。何しろ自分の結婚にシルヴァートン家の存続がかかっているというのだ。


「お嬢様」

 翌日、一人部屋で考え込んでいると、コリンズが紅茶を運んできた。

「ハミルトン氏のことで悩んでおられるのですか?」

「え?」

「申し訳ありません。昨夜の話を聞いてしまいました。盗み聞きするつもりはなかったのですが」

「そう」

 シャーロットはため息をついて首を振った。

「どうしていいかわからないの」

「お嬢様」

 コリンズは紅茶のカップをシャーロットの前に置きながら言った。


「どうか、お嬢様ご自身が一番お幸せになる選択を」

 コリンズの意外な言葉に、シャーロットは目を見張って顔を上げる。

「コリンズ。あなたそんなことを言ったら、お父様とお義母(かあ)様にクビにされちゃうわよ」

「そうかも知れませんね」

 コリンズは言った。

「でも、一人くらいお嬢様の味方がいてもいいでしょう?」

「コリンズ」

 シャーロットは顔を歪めた。


「私、ローレンスと結婚なんてできない。でも、私がローレンスと結婚しなければ、シルヴァートン家は破産してしまうわ。そうなったら、あなたも職を失う。他の使用人たちもみんな解雇されることになるわね」

「たとえそうなっても、お嬢様のせいではありません」

「いいえ、私のせいだわ。私、田舎育ちだけれど、一応シルヴァートン家の一人娘だし。私が何とかしなくちゃいけないのに――」

「お嬢様」

 コリンズは微笑んで、

「私たち使用人のことなら心配いりませんよ。またすぐに新しい働き口が見つかります」

「でも」

「それにお嬢様、あなたはここで全てを失っても、カントリーサイドで待ってくれている人たちがいるのでしょう?」


 言われてシャーロットははっとなる。カントリーサイド。農場の父さんに、母さんに、ロジャー。戻ることができるだろうか。


 コリンズは穏やかに言った。

「もしあなたが本気で望むのであれば、私があなたを農場の家につれて帰ってあげましょう。シルヴァートン家と血の繋がりがあるとはいえ、あなたがこの家の犠牲になる必要はないと思います」

「コリンズ」


 コリンズの言葉は、父の懇願より、義母(はは)の非難より、シャーロットの胸に深く刺さった。だめだ。農場の家族のことはもう過去のものとして、きっぱり心から締め出さなくては。今はシルヴァートン家の娘として、この家のため、そしてコリンズたち使用人のためにもできることをしなくてはならない。


 ローレンスから手紙が届いたのは、その日の午後のことだった。旅行に出かけることにしたので、しばらく会いにこられないと書いてあった。


「気にすることはありませんよ、キャサリン。この季節、若い紳士が突発的に旅行に出かけるのは、珍しいことじゃありませんから」


 ずいぶん急だと思ったが、シルヴァートン夫人がまったく心配していないところを見ると、本当にこれはよくあることらしい。おかげでしばらく考える時間ができた。


 ローレンスが留守のあいだ、社交界は相変わらずで、変わったことといえば、ローレンスがいないせいでドリスの機嫌がひどく悪いことくらいだった。


「ローレンスったら、旅先から手紙の一通もくれないのよ、ひどいわ!」

 大袈裟に騒ぎ立てては、取り巻きに慰められているドリスを見て、

「ローレンスが旅先から手紙など書くわけないでしょうに」

 イザベラが冷めた口調で呟いた。相変わらずイザベラはローレンスに関して冷淡だ。くだらない賭けのために自分の心を弄んだ卑劣な男。そう彼女の目には映っているのだろう。そんなイザベラに、たとえシルヴァートン家のためとはいえ、ローレンスと結婚しなくてはならなくなったなんて、口が裂けても言えなかった。


 それに、ローレンスは本当にあなたのことを愛しているのよ、とも。もっともこっちは言ったところで、鼻で笑い飛ばされてしまいそうだが。


 そうこうしているうちに一週間が過ぎ、二週間が過ぎようとした頃、ローレンスからひょっこり連絡があった。それも、手紙ではなく電報だ。


「キャサリン、ローレンスからですよ!」


 開封したのはシルヴァートン夫人で、目を通すなり顔を輝かせた。

「今日の午後三時、公園で待つ、ですって。まあ急だこと。どうせなら屋敷まで迎えにきてくれればいいのにねえ」


 屋敷まで来ないということは、ローレンスではなくラリーの方の格好で会うつもりだということだろう。しつこいお目付け役のジョーンズを抜きにして。そう言えば、今回の旅行にはローレンスはジョーンズを連れて行かなかったらしい。先週末コールダー家で開かれたパーティにジョーンズが一人現れ、苦い顔で何やらドリスの父親に耳打ちしているのを目にしたばかりだ。ちらちらこちらに視線をやっていたところからして、話題は自分のことだったらしい。シルヴァートン家の田舎娘がローレンス様をたぶらかそうとしているのです。ドリス嬢を出し抜いて。二週間前までならひどい誤解だわと笑って済ませることができたのに、いつの間にか笑い事ではなくなっている。


「でも、ローレンスが旅行から帰ってきたという話は聞かないけれど」

 シャーロットが呟くと、


「きっと帰ってきたばかりなんでしょ。それですぐあなたに会いたいなんて、やっぱりあなたに気がある証拠よ」

 夫人はそう言って時計に視線をやる。


「もう昼前だわ。さ、キャサリン、早く昼食を済ませて、外出用のドレスに着替えなさいな。新しい白いモスリンのドレスを出すようブリジッドに言っておきます」

 それから部屋から出かかったところで、シャーロットの方を振り返り、


「キャサリン、わかっているわね?」


「はい、お義母様」


 シャーロットは答える。とにかくラリーに会おう。すべてはそれから考えることにする。

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