田舎の少女と両親とのディナー
家族揃って夕食をとるなんて、一体どういう風の吹き回しかしらと、シャーロットはタラのムニエルにナイフを入れながら思った。
執事頭が目の前のグラスに、冷たい水を注ぎ足してゆく。優雅な銀の燭台に、白い蝋燭が燃えていた。
シルヴァートン邸の立派な食堂。テーブルの片側にシャーロットが座り、向かい合うようにしてシルヴァートン氏と夫人が座っている。屋敷の食堂で夫妻とともに食事をするのは、これが初めてのことだった。
「たまには一家団欒もいいだろう」
シルヴァートン氏はそう言ったが、シャーロットには信じられない。これまで同じ屋敷に住みながら、社交界に出るとき以外はほとんど顔を合わさなかったのだ。いきなり一緒に食卓を囲むなんて、一体どういうことだろう。
食事の間中、シルヴァートン氏は絶えず笑顔でシャーロットにあれこれ話しかけ、夫人の方も時折口を挟んでは、シャーロットに優しく微笑みかけてきた。そんな両親のいつになく親しげな態度に、シャーロットはさらに不安を募らせる。このまま食事を終えても、ご馳走様とすんなり席を立たせてはもらえないような気がした。
デザートの皿が下げられ、食後のコーヒーを飲む段階になって、シルヴァートン氏がおもむろに口を開いた。
「ところで、キャサリン。最近、ハミルトン家の息子と親しくなったようじゃないか」
「ええ」
そのことか、とシャーロットは反射的に身構える。ハミルトン氏に関しては、あまりいい噂は聞きません。コリンズの言葉が思い出された。私がラリーと出歩いてばかりいるのが気に入らないのかも。だが、ラリーに会うのを禁じられたら、毎日がひどく退屈になる。
「ローレンスはいい人よ。とても親切だし、礼儀正しいし」
シャーロットが答えると、
「それはよかった」
父は予想に反し、にっこりと微笑んだ。
「いや、我々も喜んでいるのだよ。お前があの青年と親しくなって。ハミルトン家の子息なら、結婚相手として申し分ないからね」
一瞬言われたことの意味がわからず、ぽかんとなったシャーロットは、次いで大きく目を見張った。
「ちょっと待ってお父様、結婚相手って私の?」
「そうだよ」
「何か勘違いしているわ」
シャーロットは首を振った。
「私とローレンスはそんな関係じゃない」
「ローレンスのことが嫌いなのかい?」
「嫌いじゃないけど、それとこれとは――」
「キャサリン。お前にとって、こんなにいい相手は他にいないよ」
父はシャーロットの目を覗き込み言った。
「考えてもごらん。ハミルトン家は名門中の名門だし、ローレンスはお前も言った通り、優しくて礼儀正しい青年だ。一体何が不満なんだい?」
「何がって、だからお父様、ローレンスとはそんなお付き合いをしてるわけじゃ――」
「じゃ、そんなお付き合いをするようこれから努力なさいな」
シルヴァートン夫人が口を挟んだ。
「キャサリン、これはあなただけの問題ではないの。シルヴァートン家のためなのよ」
「え?」
怪訝な顔をするシャーロットに、父は深刻な表情で言った。
「キャサリン、これまで黙っていたが、我が家は破産寸前なんだ。このままでは我々は何もかも失い、路頭に迷うことになる。だが、お前がローレンスと結婚してくれれば救われるのだよ。ハミルトン家は社交界一の資産家。妻となった女性の実家への援助を拒むはずがない」
シャーロットは唖然と目を見張る。こんなに贅沢な暮らしをしているシルヴァートン家が破産寸前だということにも驚いたが、それ以上に自分をローレンスと結婚させることがその解決策として持ち出されたことが衝撃だった。
「そんな。お金のためにローレンスと結婚しろと言うの?」
信じられない思いで尋ねると、
「それじゃ、あなたは我が家が破産してもいいと言うの?」
義母が辛辣な口調で切り返した。
「お父様がすべてを失ってもいいの? それでもシルヴァートン家の娘ですか。キャサリン、あなたは――」
「アイリーン」
父がなだめるように言い、シャーロットの顔を見つめた。
「我がシルヴァートン家の運命は、お前にかかっているのだよ、キャサリン。お前がハミルトン家の子息と結婚すれば、何もかもうまくいくんだ」
「そんな、だって、そんなの無理だわ!」
シャーロットは混乱して首を横に振る。家の危機を救いたいとは思うが、ラリーと結婚するなんて無理だ。ラリーはイザベラのことが好きなのだと聞いたばかりだし、それにドリスだっている。
「大丈夫。ローレンスはあなたに気があるはずよ」
夫人が自信ありげに言った。
「でないと、こうもしょっちゅうあなたに会いにくるはずがないわ。少なくともあなたのことを悪く思ってはいないはず。なら、後は簡単、あなたがもうちょっと積極的になりさえすればいいの。自分に自信を持ちなさい。ローレンスの気を引くよう全力を傾けるのよ。きっとうまくいくわ。頑張って」
言葉も返せずにいるシャーロットに、父は真摯な声で言った。
「頼む、キャサリン。お前が我が家の唯一の希望なんだ」