田舎の少女と両親の企み
「キャサリンは?」
シルヴァートン氏は妻に尋ねた。
「ハミルトン家のローレンスと一緒です」
シルヴァートン夫人が答える。
「そうか」
シルヴァートン氏はパーラーのソファに腰かけ、微笑んだ。
「あれは、エリザベスの産んだ子だ。生きていればきっと美しい娘に成長していると思ったよ」
「でも、ひどい田舎者です」
「妬いているのか」
「まさか。ただ、気に入らないだけよ。実の母親のことなど覚えてもいないくせに、わたくしの顔を見ると戸惑った顔をするのよ、あの子。こんなに色々面倒をみてやっているのに、気分が悪いわ、エドマンド」
「そう怒るな」
「そりゃあ、あなたはいいでしょうよ。むかし愛した女の娘ですものね。顔もそっくりだし――」
「アイリーン」
シルヴァートン氏は妻の手を取り言った。
「死人にやきもちを焼いても仕方がないだろう。今、私が愛しているのはお前だけだ」
「どうだか。それに、子供を産むことができない身体だと知っていれば、わたくしと結婚なさらなかったのでは」
「馬鹿なことを言うな」
シルヴァートン氏は妻を抱き寄せ、自分の隣りに座らせた。
「わかっているだろう? 私があの子を引き取ったのは、シルヴァートン家のためなのだよ」
「わかってますけど」
夫人は答えると、少し心配そうに眉を寄せ、
「もうそんなにお悪いの?」
「借金がひどくかさんでいる。投資にも失敗した。会社の金を使い込んだこともじきにばれる。破産は時間の問題だ。そうなればこの家も、先祖代々引き継いできた家具類も、せっかく買い集めた美術品も、すべて手放さなくてはならなくなる」
シルヴァートン氏は苦い顔で言うと、すぐに笑顔を取り戻し、
「だが、キャサリンがうまくやってくれれば、我々は救われるのだよ」
「ハミルトン家は、社交界一の資産家ですものね」
夫人も頷いて相槌をうつと、心配そうな顔のまま、
「だけど、レッドモンド家の娘のドリスも、ローレンスの気を引こうとやっきになっているようですよ」
「レッドモンド家か」
シルヴァートン氏は小さく笑った。
「なに、心配することはない。我々の方が有利だよ。何しろあの子は――キャサリンは、エリザベスの娘なのだから」
「だったらどうなの?」
「ローレンスの父、アーネスト・ハミルトンが、かつて私の恋敵だった事は知っているだろう?」
シルヴァートン氏は言った。
「若い頃、やつはエリザベスにぞっこんだったのさ。結局、エリザベスが一緒になったのはやつではなく、この私だったわけだがね。息子のローレンスが父親と同じ女の趣味を引き継いでいるのなら、キャサリンに目をつけないはずはないと思っていた」
「呆れた。そんなことまで考えてあの子を引き取ったの?」
「まあな。そして、その読みはあながち外れでもなかったようだぞ。今のところ、予想以上にうまくいっているじゃないか。毎週キャサリンを外出に誘いにくる」
シルヴァートン氏はゆったり微笑んで、ソファから腰を上げた。
「何としてでもキャサリンを、ハミルトン家のローレンスと結婚させるんだ。あの子がローレンスと結婚すれば、ハミルトン家の資産が我が家に転がり込んでくるのだからな。借金は帳消しになり、破産も免れる」
「じゃあ、そろそろあの子にも、はっきり言った方がいいんじゃないかしら」
夫人は、耳に留めた大きなルビーのイヤリングを揺らしながら言った。
「いつまでも子供のお付き合いを続けていないで、少しは積極的になってもらわないと」
「そうだな」
シルヴァートン氏は頷いた。
「これは、あの子のためでもあるんだ。ハミルトン家の子息と結婚すれば、この先一生何ひとつ不自由のない生活がおくれる。あの子にとってもこれが最善の道だよ」
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「……親が犯した罪の報いは、巡り巡って子供に回ってくるというわけです」
ローレンスは父親の枕もとの椅子に腰を降ろし、独り言のように呟いた。
「まったく、なんと理不尽なことか」
「何か言ったか?」
寝台に横たわっていた父親が、掠れ声で尋ねかけてくる。
「おや、起きておられましたか、珍しい」
ローレンスは口元に皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「カーテンをお開けしましょうか?」
「いや」
父は閉じていた目をわずかに開き、頭を枕に預けたままローレンスを見上げた。
「難しい顔をしているな」
「悩み多き年頃なのでね。もてる男は辛いですよ」
「私に似たのだろう」
「あなたに」
ローレンスは唇を歪めた。
「そうですね。おかげで大変なことになりそうです」
囁くように言った。
「これは、あなたの罪だ、父上」
返事はない。見ると、父はすでに目を閉じて、かすかな寝息を立てている。ローレンスはそっとため息をつき、シャーロットから預かった手紙と、懐中時計の包みを見下ろした。親の罪は子に報い。
ローレンスは父の書き物机の引出しを開けると、新しい便箋を一枚取り出し、万年筆を走らせた。