表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カントリーガール  作者: julie
Chapter. 1
3/46

田舎の少女と家出

「いやったらいや! 絶対にいや!」


 農場を離れて、会ったこともない実の両親のもとへ戻るよう言われたとき、シャーロットは泣いて駄々をこねたのだ。


「シャーロット、待ちなさい!」

 引き止める父親の言葉を無視して、納屋の梯子を昇り、ワンピースの裾をひるがして屋根裏に飛び込むと、さっさと梯子を引き上げて、誰も後から昇ってこられないようにする。


 父が怖い声で降りてくるよう言っても、黒ずくめの弁護士がお嬢様を連呼しても、シャーロットは屋根裏の隅に隠れて、降りようとしなかった。


「すみませんが、しばらくそっとしておいてやってくれませんか。何しろ、あまりに急なことで……あの子が動揺するのも無理はないでしょう」


 父がそう言って黒ずくめの弁護士を促し、皆を連れて納屋を出て行ったときには、心底ほっとしたものだ。


 一人きりになると、シャーロットは膝を抱えて、思う存分泣いた。やがて日が落ち、辺りが真っ暗になっても、シャーロットはその場にうずくまり、じっとしていた。開けっ放しにしていた屋根裏の窓から、青白い月の光が差し込み、床をぼんやりと照らしはじめた頃、


「シャーロット」

 不意に下から名を呼ばれ、シャーロットは顔を上げた。

「シャーロット。僕だ」

「ロジャー」

「少し話がしたい。傍に行ってもいいかい?」


 この兄にだけは逆らえない。シャーロットは黙って梯子を下ろし、頬の涙をそっと拭った。

 ぎしぎしと兄が梯子を昇ってくる音がする。


 ロジャーは梯子を昇りきると、シャーロットのすぐ隣りに腰を降ろした。掘りたての土の爽やかな匂いと、温かな体温が伝わってくる。


「シャーロット」

「ここを離れたくなんかないわ」

 シャーロットは拗ねた口調で切り出した。

「ね、ロジャー、父さんも母さんも私をよそにやったりしないわよね」

「シャーロット、よそにやるんじゃないよ。本当のご両親のところに帰るんだよ」


「いや!」

 シャーロットはまた泣き出してしまう。

「私の家はここだけだもの! 知らない人の家の子になるなんて嫌よ!」

 それから恨めしそうな顔になって、

「父さんも母さんもロジャーも、私がいなくなっても平気なのね」

「平気なわけないよ」

 ロジャーは言った。


「寂しいよ。僕も、父さんも母さんも、お前を手放したくなんかない。でも、本当の両親が見つかったのなら、お前はそっちに帰さなくては。僕らにお前をここに留めおく権利はないんだ」

「そんなこと」

 シャーロットは言いかけて、


「ロジャー、ロジャーはずっと前から知ってたの? 私が本当の妹じゃないってこと」

 ロジャーは少しためらってから頷いた。

「何年か前に、偶然、父さんと母さんが話しているのを聞いてしまって」

「そうなの……」


 では、長いこと知らないのは自分だけだったのだ。この家族の一員だと思っていたのに、実は自分だけよそ者だったとは。


「そうね」

 シャーロットは無意識に掴んでいたロジャーのシャツから手を放し、半ば茫然と呟いた。


「よその子なのに、これ以上ここに置いてもらうわけにはいかないわよね。私、本当の両親のところへ行くわ」

「シャーロット、お前をよその子だなんて思ったことは一度もないよ」

「じゃ、どうして本当の両親のもとへ帰った方がいいなんて言うの?」

「ご両親に会ってみたくないのかい?」

 反対に尋ねられ、シャーロットは軽く目を見張る。


「……わからないわ」


 本当にわからなかった。考えたこともなかったのだから。自分を育ててくれた父と母のほかに、本当の両親がいるなんて。


「本当のご両親がどんな人たちかもわからないのに、会う前から拒絶するのかい?」

「だって」

「会ってみないと、好きになれるかどうかもわからないだろう?」

「それは、そうだけど」

「それにシャーロット、もう僕たちと会えなくなるわけじゃないんだよ」

 ロジャーはちょっと笑って言った。


「たしかに、お前のご両親が住んでいるのは、ここからずいぶん離れた大都会らしいけど。ここまで遊びに来たくなったら、遊びに来られない距離じゃない。一生僕たちと離れ離れになるわけじゃないんだ」

「また会えるの?」

「もちろんさ」

 ロジャーはシャーロットの頭を軽く叩いた。

「あの弁護士が言っていた。お前が望むのなら、来年の春、一度ここに戻ってきてもいいそうだよ」

「来年」


 十五歳の少女にとって、来年とは気が遠くなるほど先のことだ。黙ってしまったシャーロットに、ロジャーは明るく笑って言った。

「一年なんてあっという間さ。それに、そうだ、手紙を書こう。農場の様子や、父さんと母さんが元気にやっているか、定期的に知らせるよ」

「手紙」

 シャーロットはそれを聞いて、少し明るさを取り戻した。


「絶対よ。私もたくさん手紙を書くから、きっと返事をちょうだいね、ロジャー」

「ああ、約束しよう」


 そういうわけで、シャーロットはシルヴァートン邸に着くなり、さっそく兄に手紙を書いた。週に一回、多いときは二回、新しい家での出来事を書き綴って、兄に送ったのだ。


 兄から返事は来なかった。


 一週間が経っても。 


 二週間が経っても。


 一ヶ月が過ぎても兄からは、一通の手紙も届かなかった。


 実は、シルヴァートン邸には、ロジャーからの手紙が、すでに二通も届いていたのだが、それらはシャーロットの手に渡る前に、執事頭によって処分されてしまっていた。シャーロットが早く農夫の家族のことなど忘れて、ここでの生活に馴染むようにと、シルヴァートン夫人が命じたことだった。同じ理由で、シャーロットが兄に宛てて書いた手紙も、投函される前に処分された。結果、シャーロットの手紙はロジャーに届くことがなく、またロジャーからの手紙もシャーロットに届くことはなかったのだ。


「きっとロジャーは、私のことなんか忘れてしまったんだわ」

 シャーロットは手の中のカップを見下ろし、しょんぼりと呟く。

「仕方ないわよね。本当の妹じゃなかったんだもの」


「お嬢様」

 コリンズが慰めた。

「何かの都合で手紙を出せないだけかもしれませんよ」


 つまり、他にすることがあって忙しく、手紙など書いている暇もないということか。それはそれで寂しかった。絶対書いてくれると約束したのに。


 ドアを軽くノックする音がして、ブリジッドが顔を覗かせた。


「礼儀作法の先生がいらっしゃいました」


 シャーロットはため息をつく。一日中屋敷の中に閉じ込められて、次から次へとやってくる家庭教師に、教養だの作法だのを詰め込まれるのにはもううんざりだった。


「わかったわ、すぐ支度をするから」

 小さく頷いて、ブリジッドが下がるのを見届けると、

「コリンズ、ダイニングに本を忘れてきちゃったみたいなの。取りに行ってきてくれる?」

「かしこまりました」

 コリンズも一礼して部屋を出て行く。


 ドアが軽い音を立てて閉まると、シャーロットは急いで立ち上がり、部屋の窓を大きく開いた。この部屋があるのは二階だが、ちょうどいい具合に、前庭の大木の枝が一本、手を伸ばせば届く距離に伸びてきている。シャーロットの体重を支えるには、充分な太さだ。


 シャーロットは洋服ダンスに駆け寄ると、高価なドレスの束を掻き分けて、農場の家から持ってきたトランクを引っ張り出した。


 数分後。


「お嬢様、本は見つかりませんでしたよ」

 言いながら戻ってきたコリンズは、部屋のドアを開けるなり、目を見張って立ち尽くした。


 部屋はもぬけの殻だった。


 窓は大きく開け放たれ、吹き込んでくる風にレースのカーテンが揺れている。傍の椅子には、先ほどまでシャーロットが着ていた絹の室内ドレスが無造作に掛けられ、床には開けっ放しのトランク。中を引っ掻き回した形跡があり、質素なワンピースやブラウスが辺りに散らばっている。


 テーブルの上にはメモが一枚。それを読みコリンズは唖然となった。


 夕食までには戻るわ。心配しないで。


「お嬢様あああ!」

 コリンズの叫び声が、シルヴァートン邸にこだました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ