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カントリーガール  作者: julie
Chapter. 6
29/46

田舎の少女と青年紳士の告白

「本気であの男と結婚するつもりなのか」


 二人を見たラリーが吐き捨てるように言った。


「馬鹿げてる」


 煙草を強く灰皿に押し付けて火を消し、コーヒーカップに手を伸ばす。


 三度目だ。シャーロットは首を傾げる。ラリーがイザベラに関することで、どこか不自然な反応を示すのは。


「ねえ、あなた前にもイザベラのこと気にしてたわよね? ほら、一緒に海を見に行ったとき。舞踏会をさぼって公園に連れて行ってくれたときも」


 ラリーはシャーロットの言葉を聞き流し、黙ってコーヒーをすすっている。


「ねえ、どうして――あ」

 突然閃いた。シャーロットはまじまじとラリーの顔を見つめ言う。

「あなた、イザベラのことが好きなのね?」

 ラリーがコーヒーを噴き出してむせた。

 慌てて口元をナプキンで拭いながら、呆れたような視線をシャーロットに向け、


「お嬢ちゃん、上流階級社会では、思ったことをあまりはっきり口にするのは品がないとされる」

「でも、そうなんでしょ?」

 ラリーは何か言い返そうとしたが、すぐに諦めたような顔になり、ため息をついて前髪を掻き上げた。


「海を見に行ったとき尋ねたことの答えを、まだ聞いていなかったな」


「え?」

「イザベラは俺のことを何と言っていた?」


 いい加減で不実な男性は好きじゃない。


 ラリーの気遣わしげな顔を見て、シャーロットは言いよどむ。


「別に。忘れちゃったわ」

「そうか」

 ラリーは小さく肩をすくめ、椅子の背にもたれかかった。


「だが、イザベラが俺を嫌っていることは知ってるんだろ?」

「それは……まあ、あまりいい印象はもってないみたいだけど。どうして? あなた何かイザベラに嫌われるようなことしたの?」

 ラリーは自嘲の形に口元を歪めると、ウエイターを呼んでウイスキーをボトルで注文した。


「ちょっと」

「飲まなきゃやっていられない」

 言いながら、運ばれてきたウイスキーをグラスに注ぐ。


「俺が馬鹿だったのさ。名門ハミルトン家の嫡男として生まれ育ち、金もあり地位もあり、望めば何でも思い通りにできると思っていた。自惚れていい気になっていた」


 グラスを持ち上げ一息に飲み干して、


「一年前だ。あの頃の俺は、本当に今思えば自分でも呆れるほどの放蕩ぶりだったよ。社交の場には毎晩欠かさず顔を出し、レディたちと夜更けまでダンスを踊っていちゃついて、遊び仲間――俺みたいに何ひとつ苦労のない道楽息子たちと、明け方まで酒を飲みトランプに興じていた。そのうちポーカーにもブリッジにも飽きて、酔った勢いで仲間たちと賭けをした。イザベラ・ローズデイル嬢を誘惑することができたやつが、みなから一万ドルずつせしめると」


「どういうこと?」

 困惑顔で尋ねるシャーロットに、


「イザベラはあの通り、気位が高くて、超然としていて、浮ついた他の社交界の女たちとは違う。頭がからっぽの若いレディがきゃあきゃあ騒いで夢中になる恋愛ゲームにも、まるきり興味がないって顔をしていてね。社交の場では一人浮いていたよ。それも、軽薄な蝶や花の中にいる凍てついた星という浮き方だった。今でもそうだが、若い娘の中で一番美人なのに、虚飾に満ちた社交界から一歩距離を置いている感じがした。落ち着いていて、冷めていて。だが、陥すのが難しい相手ほど、男にとっては誘惑のし甲斐があるのさ」


 言いながら、空になったグラスに再びウイスキーを注ぐ。


「この賭けに乗ったやつは俺の他に四人いたが、四人ともあっさり袖にされた。俺は何が何でもイザベラを陥すと決めた。自信はあった。これまでどんな女だって思い通りにできなかったことはなかったからな。これはハミルトン家の血なんだよ。親父も稀代の女たらしだった」


 グラスから視線を上げ、シャーロットを見て苦笑を浮かべる。


「だが、その話はよそう。とにかく俺は持ちうるかぎりの手練手管を駆使して、イザベラを誘惑しにかかったわけだ。初めはただの遊びだった。賭けに勝ち、誰にもなびかない女を征服する満足感を得るためだけの。そのうち遊びじゃなくなった」


「本気でイザベラのことを好きになっちゃったのね」

「そのはっきりものを言う癖を何とかした方がいいぞ」

 ラリーはぐいとウイスキーを呷り、


「だが、そういうことだ。そうこうしているうちに、イザベラに縁談話が持ち上がった。相手はあのフランス貴族の肩書きを持つ死にぞこない。縁談を取り纏めたのはイザベラの父親のローズデイル氏で、政略結婚であることは一目瞭然だった。あんなやつと結婚することはないとイザベラに言った。求愛したよ。自分でもどうしてそんなことになったのかわからないが本気だった。全身全霊を捧げて貴女を愛すと。ハミルトン家なら、貴族の肩書きこそないが、家柄はローズデイル家より上だ。悪い縁談じゃない」


「結婚してくれって言ったの?」

「それに近いところまで言ったな」

 ラリーは小さく笑った。


「だが、イザベラが返事をくれる前に、イザベラに袖にされた男の一人がやっかんで、俺たちのやっている賭けのことをイザベラに話したんだ」


「それで」

「数日後、イザベラはフィリップ・アルマン氏と婚約した」

「あなたへの当てつけ?」 

「当然そうだろうな」 

「でも、それってあなたのせいじゃない。そんな賭けなんかするから」

「そうだ」

 ラリーは頷いた。


「イザベラのところに行って許しを乞ったよ。俺が馬鹿だったと。後悔していると。愛していると言ったのは本当だから信じてくれと。せせら笑われたよ。俺のことを軽蔑していると言った。もう俺の言うことは何も信用できないってな」

「無理もないわね」


「まあ、最初から俺が一人で自惚れていただけかも知れないがな。イザベラは多分俺のことなど、初めから大して好きでも何でもなくて――」


「馬鹿ね。わからないの?」

 シャーロットは頬杖をついて言った。


「イザベラもあなたのことが好きだったのよ。だから余計に許せない。あなたを信頼し、愛していたから、賭けの対象にされていたことが許せないんじゃないの。弄ばれたと思ったんだわ。当然よ。愛していたら愛していただけ、騙されていたと知ったとき許せなくなる。わかる?」


「騙すつもりなど――」

 言いかけてラリーは首を振った。


「そうだな。俺は彼女にひどいことをした。何を言ってももう遅い。言うべきことはすべて言ったのだし、イザベラは決して俺を許さないだろう」


「それでも、あなたはイザベラを愛しているのね」

「愚かなことだと思われるだろうが」

「じゃ、どうしてドリスと婚約したの?」

「婚約などした覚えはないぞ」

「向こうはいずれするつもりでいるのよ。ジョーンズだってそうでしょ。あなたをドリスと結婚させようと、あれこれ画策してるじゃない。あなたもそのことを知ってるくせに、どうして好きにさせておくの?」

「別にどうでもいいからだ」

 ラリーは疲れた顔で言った。

「イザベラ以外の女など、誰でもみな同じだからな」


「重症ね」

 シャーロットは呟く。

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