田舎の少女と贈り物
「都会もそう悪くないだろう?」
問いかけてくるラリーに、
「ええ」
シャーロットは頷いて答えた。
「あなたのおかげで少しはそう思えるようになったわ。ありがとう。とにかく田舎にいたらサーカスを観ることはできなかったものね。ただ、つい忘れちゃうの。もう農場には帰れないってこと」
言いながら、テーブルの隅に置いた懐中時計の包みをそっと手のひらに乗せる。
「これ、ロジャーは喜んでくれるわよね」
「気づいているか?」
ラリーは片手で頬杖をつき、からかうような苦笑を口元に浮かべた。
「お嬢ちゃんは兄のことを話しているときが、一番幸せそうに見える」
「そう?」
シャーロットは答えると、落ち込んだ顔になって、
「でも、ロジャーは多分、もう私のことなんて何とも思っていないわ」
ラリーは煙草に火をつけながら軽く片方の眉を上げた。
「どうしてそう思う」
「だって一度も手紙をくれないもの」
シャーロットはため息をついて言った。
「もうこっちにきてから十通以上ロジャーに手紙を書いたけど、返事はまだ一度も来ないの。でも、この時計を気に入ってくれたら、返事をくれるかもしれないわね」
ラリーはしばらく黙って煙草をくゆらせ、何やら考えているようだったが、やがて顔を上げシャーロットに尋ねた。
「お嬢ちゃん。手紙を出すときはいつもどうしてる」
「どうって?」
シャーロットは怪訝な顔をした。
「私が書いたものを、執事の人が出してきてくれるんだけど。どうして?」
「いや」
ラリーは煙草の灰を灰皿に落とし肩をすくめる。それからシャーロットが手に乗せている時計の包みに視線をやって、
「せっかくプレゼントも用意したことだし、今ここで兄さんに手紙を書いちゃどうだ。書き終わったら俺が出してきてやるよ。今日中に。その時計の包みと一緒にな」
「そんなの悪いわ」
「いいから」
ラリーは片手を上げてウエイターを呼び、便箋と封筒を持ってこさせる。それから自分のシャツのポケットから万年筆を取り出して、何度か振ってシャーロットに渡した。
「ほら。お嬢ちゃんの住んでいた農場まで、ここからじゃ郵便物が届くのに最低五日くらいはかかるだろう。早く出さないと誕生日に間に合わなくなる」
「それは困るけど」
ずいぶん突発的ね、とぼやきながら、シャーロットは万年筆を手に取る。ラリーの突然の提案には面食らったが、確かにここで書いた方がいいかもしれない。屋敷の自分の部屋に戻れば、またあれこれ考えて悩み、プレゼントを出すこと自体ためらってしまいそうな気がする。ラリーが出してきてくれるというのなら、その好意に甘えよう。
兄に手紙を書くのは久しぶりだった。先月ラリーと動物園に行ったとき購入したトラのカードを送って以来だ。いったんペンを走らせ始めると、書きたいことはたくさんあった。父さんと母さんは元気にしているのか、トウモロコシはどれくらい大きくなったのか、毎年夏にやってくる行商人は今年は何を持ってきたのか、今年初めて庭に植えることにしたエンドウ豆の味はどうだったのか。自分は今のところ元気にやっていて、都会の暮らしにもだいぶん慣れて、今日はサーカスを観に行った。火の輪をくぐるライオンや、玉乗りをするクマがいて……
便箋に半分ほど書いたところで、シャーロットは顔を上げ、次の文面を考えようと窓の外へ視線をやった。そこで小さく目を見張る。
「イザベラだわ」
ちょうど通りの向こう側、本屋と香水屋のショーウィンドウの前を、美しいラベンダー色の外出着に身を包んだイザベラが、婚約者のフィリップ・アルマン氏と連れ立って通り過ぎてゆくところだった。