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カントリーガール  作者: julie
Chapter. 5
25/46

田舎の少女と親友

 そしてその言葉通り、翌週の木曜日の晩、シルヴァートン邸で開かれた晩餐会に、ローレンスは現れた。


「こんばんは、シルヴァートン嬢。今宵はお招きありがとう」


 シャーロットの姿を見つけるや否や、歩み寄ってきて礼儀正しく会釈する。


「私が招いたわけじゃないのよ」

「ですが、シルヴァートン家のお招きを受けたということは、そのお嬢さんにも歓迎されているということしょう」

「そりゃ――」


 言いかけてシャーロットは体を硬直させる。身をかがめたローレンスの肩越しに、怒りに燃えるドリスの視線があった。


「ドリスが八つ裂きにしてやりたいって顔でこっちを見てるわ。何とかしてよ」


 小声でローレンスにささやくと、ローレンスは小さく肩をすくめ、シャーロットにもう一度軽く会釈して、くるりと後ろを振り向いた。


「おや、そちらにおいででしたか、レッドモンド嬢」

 甘い魅力的な声で言う。


「こんばんは、いや、今宵のあなたは一段とお美しい」


 ローレンスが恭しく一礼すると、ドリスはたちまち笑顔になって、シャーロットに勝ち誇ったような眼差しを向けた。シャーロットは顔を背けて心の中で舌を出す。と、ローレンスのお目付け役であるジョーンズの姿が目に入った。従者らしく、華やかに着飾ったレディや紳士たちの邪魔にならぬよう、広間の隅にひっそりと立っている。給仕をしているコリンズがシャンパンやレモネードのグラスを乗せた盆を片手に通りかかると、呼び止めて何事かささやきかけた。


 ジョーンズに耳を傾けていたコリンズが、困惑顔になってローレンスを見、それからシャーロットに視線を向ける。


 そういえば、あれは。

 何かを思い出しそうになって軽く首を傾げたシャーロットは、視界の片隅にイザベラと、その婚約者であるフィリップ・アルマン氏の姿をみとめて眉を吊り上げた。二人は暖炉の傍の赤いソファに並んで腰かけていた。アルマン氏は下卑た笑みを浮かべ、イザベラの華奢な手を撫でさすりながら、彼女の耳に何事かささやきかけており、イザベラは笑顔で応えてはいるが、口元がかすかに引きつっている。


 シャーロットはドレスの裾を翻すと二人の方へ向かった。


「こんばんは、イザベラ」

「キャサリン」

「これはこれは、シルヴァートン嬢」

 アルマン氏が紳士らしく席を立ち、一礼した。

「今夜はお招きありがとう」

「アルマン氏も、こんばんは」

 シャーロットは短く挨拶をすると、すぐに視線をイザベラに戻した。


「来てたのなら声をかけてくれればよかったのに、イザベラ。つれないわね。その水色のドレスとっても素敵よ。まるで草原に咲くルピナスの花みたい。ルピナスはこのあたりじゃ見かけないけれど。それにしても自分が住んでる屋敷でパーティが開かれるって、とっても大変なことなのね。朝からテーブルクロスの寸法だとか、ダイニングに飾る花はこれとそれだとか、家中ひっくり返したような騒ぎだったわ。こんなふうに毎週誰かの家でパーティがあるなんて、田舎じゃ考えられないことよ。だって一番近い隣りの農場まで、荷馬車で二十分もかかるんですもの。パーティを開きたくてもお客を集めることができないわね。何か飲む? コリンズにレモネードを持ってきてもらうわ。そういえば前一度――」


「キャサリン」


 まくし立てるシャーロットを前に、イザベラは困ったような顔をして、傍らの婚約者の顔を見る。


「どうやらあたしは邪魔者のようですな」

 アルマン氏は、パーティの主催者の娘相手に怒るわけにもいかず、唇を苦笑の形に歪めると、もう一度深々とお辞儀をした。


「では、また後で。マドモワゼル・ローズデイル」

「ええ」


 アルマン氏が行ってしまうと、シャーロットはため息をつきイザベラに言った。


「私の両親はヒキガエル氏まで招待していたの?」

「アルマン氏は社交界の有力者の一人ですもの。あなたのご両親としては招待しないわけにはいかないはずよ」

「そう」

 シャーロットは首を横に振った。

「ごめんなさいね、イザベラ」

「どうして謝るの」


 イザベラは小さくため息をつくと、ちょっと笑ってシャーロットにささやきかけた。


「話かけにきてくれてありがとう」

「せっかくきたなら楽しんでもらいたいわ。あなたには」

 シャーロットは言った。

「この屋敷にいる間はヒキガエル氏に近づけさせない」


「あんな田舎娘のどこがいいのかしら」

 突然の聞こえよがしな声に振り向くと、ドリスが取り巻きを引きつれて、傍を通り過ぎてゆくところだった。


「ローレンスは優しいから、お情けで面倒見てあげてるだけよ」

「可哀想だと憐れんでるのよね」

「そうそう。すぐ飽きるわ」

「それにしても図々しいわよねえ。田舎育ちであることを利用して、ローレンスに取り入ろうとするなんて」

「いやらしいったら」


「……一体何なの、あの人たち」

 シャーロットは唖然と呟いた。

「妬いているのよ」

 イザベラはコリンズからレモネードグラスを受け取り、肩をすくめた。


「気にすることないわ。ローレンスがあなたに親切にするのが面白くないんでしょ。放っておきなさい」


「でも、何か勘違いされてない? 私、ローレンスとは別に何でもないんだけど」


「ドリスは何が何でもローレンスを自分のものにする気でいるから」

 イザベラは冷めた口調で言った。


「彼が他の女の子に話しかけると落ち着かないのよ。それに、ドリスがローレンスと結婚するのは彼女自身のためだけじゃない。レッドモンド家の繁栄がかかっているんですもの」


「あなたがヒキガエル氏と結婚するのと同じように?」


「キャサリン」


 イザベラはシャーロットの顔を見上げ、何か言いかけてため息をついた。

「あなたにはわからないわね」

「わからないわ」

 シャーロットは首を横に振り、先ほどまでアルマン氏が陣取っていたイザベラの隣りに腰を降ろした。

「わかりたいとも思わない」


 イザベラはレモネードを一口飲んで微笑んだ。

「時々、あなたの田舎育ちの奔放さと純真さが羨ましくなるわ」

「じゃ、いっそのこと私と一緒にこんなところ逃げ出して田舎に行かない?」

 シャーロットの提案に、イザベラは小さく肩をすくめた。

「それもいいかもしれないわね」

「農場の父さんも母さんもロジャーも、あなたのことならきっと大歓迎よ。うちに住めばいいわ」

 シャーロットはそう言うと、いたずらっぽく笑って、


「でも、それにはまず手が荒れることに慣れなきゃね。私と一緒に毎朝牛の乳搾りをすることになるから」


 イザベラはちょっと笑って、白いシルクの手袋に覆われた自分の華奢な手に目を落した。


「やっぱりやめておくわ。この手、結構気に入っているの」


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