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カントリーガール  作者: julie
Chapter. 5
23/46

田舎の少女とエスコート役

 そしてラリーはその言葉を実行したのだった。


 週に一、二度ふらりとやってきて、シャーロットを町へと連れ出してくれる。


 それもならず者ラリーではなく、礼儀正しいハミルトン家の子息ローレンスとしてだ。そうでないと彼が訪ねてきたとき、シルヴァートン家の従僕はドアを開けないだろうが。シルヴァートン夫人は、シャーロットが上流階級の人間と交友を深めるのは大歓迎だ。ローレンスが訪ねてくるといつも快く送り出してくれる。


「建国以来ずっと都会に根を下ろし、都会で生活しているハミルトン家の人間の意地にかけても、田舎の方が都会より素晴らしいとは言わせませんよ」


 ローレンスのいたずらっぽい台詞に、シャーロットは思わず笑ってしまう。


「子供みたいなこと言うのね。それよりその話し方、何とかならないの?」

「社交の場ではこちらが地だと言ったでしょう?」


 ローレンスは穏やかに微笑むと、恭しく片手を差し伸べ、シャーロットを馬車に乗せる。


「まあ見ていなさい。あなたもじきに都会が気に入る」


 ローレンスが案内してくれる都会は素晴らしかった。空高くそびえ立つ摩天楼はシャーロットを驚かせたし、多くの高層建築物にはエレベーターがついている。華やかな飾り格子を施したゴシック風の外観の美術館には、立派な絵がたくさん展示されており、古い博物館にはミイラやマンモスの巨大な骨があった。大通りには、クラシカル風のファザードを持つ華麗なオペラハウスがあったし、一本道を逸れれば、目が眩むほど美しいステンドグラスで飾られた荘厳な大聖堂もある。公園の中にある広い動物園では、キリンやトラといった見たことのない珍しい動物をたくさん見ることができた。


「あれがトラなの?」

 シャーロットは檻の前で目を丸くし、次いで笑い出してしまった。


「どうしたんです?」

「田舎にも一度、旅の興行師がトラを連れてきたことがあったの」

「ほう」

「どう見ても黄色と黒に塗った馬だったわ」

「誰も本物かどうか確かめようとしなかったのですか?」

「だって、本物のトラを見たことがある人なんていなかったんですもの。それに、少しでも近づいたら頭を噛み砕かれるって興行師が脅すものだから。トラってとっても凶暴なんですってね」

「私がその場にいれば、その凶暴な猛獣を、観衆の目の前で颯爽と乗りこなしてみせたのに」

 その様子を想像し、シャーロットは再び笑い出す。


「そんなことしたら、みんなびっくりして目を回したでしょうね」


 あれはもう二、三年前、何かの祭りの日だっただろうか。父の荷馬車に乗って近くの小さな町へ出かけ、ロジャーと一緒に檻に入れられたトラを見たのは。毒々しい黄色と黒に塗られた生き物と、恐ろしげな口調でその動物がいかに凶暴か語る興行師を前に、泣き出してしまったシャーロットに、帰りぎわロジャーはキャンディを買ってくれたのだった。


 あのトラが偽物だったことを、ロジャーは知っていたのだろうか? 知っていたのだとしたら、少し意地が悪いと思う。


 シャーロットは動物園の土産物屋で、トラの精密画が描かれたカードを買った。


「これをロジャーに送ることにするわ。本物のトラがどんな生き物かわかった記念に」


 言ってから、ロジャーからは相変わらず手紙がこないことを思い出し、わずかに顔を曇らせる。最後に兄に手紙を書いたのは、シルヴァートン夫人が実の母ではないことを知った後だ。自分は前妻の子で、今母親である女性とは血の繋がりがないのだと書いた。これで何の返事もこなければ、もう手紙を出すのはやめようと思っていた。しつこく手紙を送ってくる自分を、ロジャーは迷惑がっているのかもしれない。他に返事をくれない理由が思いつかない。


 都会に来てから三ヶ月。あれほど身近な存在だった兄が、どんどん遠い人になってゆく気がする。


 もう忘れた方がいいのかもしれない。どうせ田舎に帰ることはできないのだ。農場の家族のことはきっぱり忘れて、早くここでの暮らしに順応すべきなのかも。


 ローレンスがどこかへ連れて行ってくれるときは、たいてい彼のお目付け役のジョーンズが、影のように一緒についてきた。言葉少なで必要なときしか口を開かず、あとは始終不機嫌そうな顔をしていた。ローレンスをレッドモンド家のドリスに近づける役目を担っているのに、ローレンスがシャーロットばかりかまうのが気に入らないらしい。


 ドリスの方は、ローレンスとシャーロットが親しくなったと知ってかんかんだった。意中の男性をこれまで馬鹿にしてきた田舎娘に取られたような気になっているのだろう。そんなドリスの反応はシャーロットにはなかなか愉快だったが、社交の場で顔を合わすたび、怒りに満ちたグリーンの瞳で睨みつけられるのには辟易した。傍に近づくと怒りが熱となって伝わってくるほどなのだ。相当恨まれてしまったらしい。


「今日は少し遠出をしましょうか」


 ある晴れた日、いつものようにシャーロットを迎えにシルヴァートン邸にやって来たローレンスは、青く澄み渡った空を見上げて言った。


「海を見に行きましょう」

「海?」

「見てみたいと言っていたでしょう?」

「だけど、そんなすぐ行けるところなの?」

「すぐですって? ここから馬車で一時間ほどの距離ですよ」


 そう言ってシャーロットを馬車に乗せる。手綱を握っているのはジョーンズだ。ローレンスが行き先を告げると、かしこまりましたと無愛想に頷き、鞭を鳴らして馬車を出す。


 馬車は都会の喧騒の間を駆け抜け、広い街道を通って海岸へと向かった。

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