田舎の少女とその立ち位置
「浮かない顔だな。どうした?」
ラリーが尋ねてくる。シャーロットは一瞬ためらったが、ラリーの視線にうながされ、口を開いた。
「シルヴァートン夫人は、私の本当の母じゃなかったの」
「知らなかったのか? 社交界じゃ有名な話だぜ?」
ラリーは軽く片方の眉を吊り上げた。
「シルヴァートン家の悲劇ってな。まず生まれて間もない赤ん坊、お前が列車事故で行方不明になり、まもなく夫人が病気で死亡。シルヴァートン氏が今の奥方と再婚したのは、それから五年ほど後だ」
「おかしいと思わない?」
シャーロットはティーカップを弄びながら言った。
「その、お父様とお義母様は、本当に喜んでいるのかしら。私がきたこと。だって、死んだ前妻の子よ? 顔立ちもよく似てるって言うし。傍においていて、いい気持ちはしないんじゃないかって思うんだけど」
「屋敷で苛められてでもいるのか?」
ラリーが気遣わしげな顔になる。シャーロットは急いで首を振った。
「違うわ。二人ともとても親切にしてくれるわよ。でも、何だか他人行儀な感じがするの。同じ屋敷に住んでるのに、ほとんど私と顔を合わせないし、食事だっていっしょにとらない。家族三人揃うのは、社交界に顔を出すときだけ。だから、どうして私のこと引き取ったんだろうって、たまに思うことがあるの。その、私の居場所を探し当てても知らんぷりして、農場においたままにしておくことだってできたわけでしょ?」
こんなことまで話すつもりはなかったのだが、口を開くと止まらなかった。これまでずっと一人で抱えてきた悩みを、ラリー相手にぶつけてしまう。
ラリーは少しの間目を細め、なにやら考え込んでいるようだったが、やがて椅子の背にゆっくりともたれ言った。
「シルヴァートン夫人は子供が産めない」
「え?」
「お前の継母さ。そういう体質でな。シルヴァートン夫人は子供を産むことができないんだ。今のシルヴァートン家に子供はできない」
「それじゃあ」
「お前がシルヴァートン家の血を引く、唯一の子供ということだ。後にも先にもな」
「……そういうこと」
シャーロットは呟いた。
くれぐれもシルヴァートン家の名に恥じない行動をね。あなたはシルヴァートン家の一人娘なのですから。
「そういうことなの」
もう一度呟いて、シャーロットはカップに視線を落とした。自分の価値は、シルヴァートン家の血を引く唯一の子供というところにあったのか。
「だから、継母の夫人の方はともかくとして、シルヴァートン氏はお前のことを間違いなく大切に思っているはず……おい、どうした?」
「納得できたわ」
シャーロットはカップを置き言った。
「そういうわけだったのね」
「がっかりした顔をしているぞ。おい、お嬢ちゃん、俺は――」
「がっかりなんかしてないわ」
シャーロットは首を横に振る。
「私が両親に大切にされてないわけじゃないってことを、教えてくれようとしたのよね。ありがとう」
ラリーはしばらく黙っていたが、やがて苦い笑みを口端に浮かべて言った。
「どうやら、余計なことを言っちまったらしい」
「違うわ」
シャーロットは再び首を振った。
「そうじゃないの。ただ、これでもう農場には絶対戻れなくなるなって思って」
「何?」
ラリーは訝しげな顔をする。
シャーロットはため息をつき言った。
「私、これまで、心のどこかでずっと思っていたのよ。もしかしたら、まだ田舎の家族のところに戻るチャンスがあるんじゃないかって。その、もしシルヴァートン夫妻が、私のことを愛していないなら、うまくお願いすれば農場の家に帰してもらえるんじゃないかって思っていたの。その方が互いに幸せだって説得できればね。でも、シルヴァートン家のただ一人の子供であることが私の価値ならば、そういうわけにはいかなくなる」
ラリーは軽く目を見張った。
「そりゃあそうだな。シルヴァートン氏がお前を手放すとは思えない」
呟くと、シャーロットの顔を見つめ、
「そんなに田舎に戻りたいのか」
「立派な家に引き取ってもらって、何ひとつ不自由のない生活をさせてもらってるのに、ひどい娘だと思う?」
「いや。だがな、お嬢ちゃん、人間は誰しも与えられた環境と折り合いをつけて生きていかなきゃならないもんだ」
ラリーは煙草の灰を灰皿に落としながら言った。
「それに、田舎娘は都会を毛嫌いしているようだが。都会はお嬢ちゃんが思っているほど悪いところじゃない」
「そうかしら」
疑わしげな顔をするシャーロットに、
「そりゃ、社交界に出る以外一日中屋敷の中に閉じ込められてちゃな」
ラリーはぐるりとあたりを見回し、
「都会が嫌いなら、この公園も気に食わないか?」
「ここは好きよ」
シャーロットは答える。
「ここだけじゃない」
ラリーは微笑んで、言った。
「他にも好きになれる場所があるさ。俺でよければちょくちょく連れ出してやる。都会も捨てたもんじゃないってことを、田舎娘に知ってもらいたい」