田舎の少女と舞踏会
アンダーソン家の前で馬車を降りたシャーロットは、ため息をついて巨大な屋敷の入り口を見上げた。
鋳鉄の手すりのついた階段の上、玄関の大きな扉を従僕が恭しく開けて客を待ち、中からはゆったりした弦楽器の音色が聞こえてくる。次々と到着する馬車から、着飾った若い紳士や娘たちが降りてきて、シャーロットの傍をすり抜けては、階段を軽やかに駆け昇り、開いた扉の向こうへ吸い込まれてゆく。
辺りはすでに薄い夕闇に包まれ、屋敷から洩れるきらびやかな明かりは、見る者を温かく誘うようだった。シャーロットは一人薄暗い通りに立ったまま、屋敷の中から聞こえてくる上品な笑い声や、上流階級の紳士特有のおっとりとした話し声に耳をすませた。あの扉の向こうで繰り広げられているのは、自分にはまったく不釣合いな世界のように思える。
燕尾服姿の青年紳士が後ろからやってきて、値踏みするような視線をシャーロットに向けると、洗練された足取りで階段を昇って行った。
「あーら、シルヴァートン嬢よ」
「何カカシみたいに突っ立ってるのかしら」
聞こえよがしに大声で話しながらやってきたのは、ドリスとその取り巻き三人だ。
「きっと怖気づいてるのよ」
「田舎娘の来るところじゃないものねえ」
くすくす笑いながら、四人はさっさとシャーロットの傍を通り過ぎる。甘い香水の匂いがシャーロットの鼻を掠めた。
「ローレンスはもう来ているかしら?」
「他の女に取られる前につかまえなきゃ」
賑やかに言葉を交わしつつ、四人はドレスの裾を翻し、階段を昇って扉の向こうへと消える。シャーロットはため息をつき、重い足取りで階段へ向かった。
「いやなら行くことはない」
不意に背後から声をかけられ、シャーロットは驚いて振り返る。
まだ明かりの点いていない暗い街灯の影に、色褪せたシャツと擦り切れたズボンといった出で立ちの背の高い若者が一人、腕を組んで立っていた。
「よう、お嬢ちゃん」
古ぼけた帽子の庇を軽く持ち上げ、そう笑いかけてきたのは。
「ラリー!」
シャーロットは目を見張った。まるで無法者のようななりをしているが間違いない。ハミルトン家の子息、ローレンスことラリーだ。
「その格好! あなたも舞踏会に呼ばれてるんでしょう?」
「あいにく気分が乗らなくてな」
ラリーは答えた。
「ダンスは嫌いじゃないんだが。俺を見てきゃあきゃあ騒ぐ女どもの傍には行きたくない」
社交界中の若い娘の憧れの的なの。イザベラの言葉を思い出し、シャーロットはふんと鼻を鳴らす。
「それじゃ、私とイザベラ以外の女の子の傍には近づけないわね。イザベラは今夜は来てないけれど」
「イザベラ。イザベラ・ローズデイル嬢か」
ラリーは唇を歪めた。
「イザベラと仲良くなったようじゃないか」
「ええ。とってもいい人ね。優しいし」
「気が強い」
ラリーは言いながら、通りかかった辻馬車を止める。
「ちょっとどこへいくの」
「お高くとまった連中がいないところへさ。一緒に来るか、お嬢ちゃん?」
シャーロットに異存があるはずもない。舞踏会に出なくてすむのなら、どこであろうと大歓迎だ。数分後、シャーロットはラリーの隣りに座り、大通りを辻馬車で駆け抜けていた。行き着いた先は、いつか屋敷を抜け出してさ迷い込んだあの公園。ラリーと初めて出会ったのもここだった。どうやらラリーはここを逃避の場として活用しているらしい。