田舎の少女と殿方の噂話
ハミルトン家の子息、ラリーことローレンスは、シャーロットが出席した二度の晩餐会には姿を見せなかった。招待はされているが顔を出していないらしい。
「ローレンスは気まぐれな人だもの」
パーラーで食後のコーヒーを飲みながら話しているとき、ドリスが得意げな顔で言った。
「気が向かないときは社交界に現れないのよね。ほら、わたくしの家での晩餐会には顔を出したでしょう? あの人、出るパーティを選んでいるのよ」
「そうかしら」
イザベラが冷たい声で呟く。手にしているコーヒーのカップには、ミルクも砂糖も入れていない。よくあんな苦いものが飲めるわね。シャーロットは感心しつつ、自分のカップにたっぷりと砂糖とミルクを入れてスプーンでかき混ぜた。
「社交界では、根回しは珍しくないことですもの」
「どういう意味?」
喧嘩腰で尋ねるドリスに、
「別に。ただ、ローレンスは状況を楽しむ人だってこと」
「何よ。そんなこと言って、わかった、あなた、ローレンスがわたくしにばかり優しくするから妬いてるんでしょう?」
「妬く?」
イザベラは微笑んだ。
「好きなように思えばいいわ」
やはりイザベラの方が一枚上手だ。ドリスがつんと顔をそらし、別の話題を口にするのを見ながら、シャーロットはイザベラに囁きかける。
「ね、あなたローレンスにあまりいい印象を持ってないの? 前もそのようなこと言っていたけど――」
いい加減で不実な男性は好きじゃない。
「さあ」
イザベラは肩をすくめた。
「誰が誰にどんな印象を抱くかは、人それぞれですものね」
フェアな人だわ、とシャーロットは思う。ラリーのことをよく思っていないのなら、シャーロットに向かってあれこれ悪口を並べ立てることもできるのに、そうしない。他の社交界の人間とは違って、他人を貶めるような陰口を叩くような人ではないのだ。
シャーロットはミルクで薄めたコーヒーを飲みながら、パーラーの炉棚の上に飾られた、オルモル製の時計に視線をやった。十時前。母のシルヴァートン夫人はというと、少し離れたソファで五、六人の友人と世間話に夢中。まだ当分腰を上げてくれそうもない。
「ところで、来週の舞踏会のことだけど、何を着るかもう決めた?」
ドリスが艶やかな赤毛を揺らして言った。来週の金曜日の晩、アンダーソン家で舞踏会が開かれるという話は、シャーロットもすでに聞いていた。何でも、毎年恒例の大掛かりなもので、社交界の若者が全員招待されるのだという。
「わたくし、白いブロケード織りのサテンのドレスを用意したわ。レースとシフォンとリボンがたくさんついているのよ。裾にはピンクの薔薇の飾りが散りばめてあるの」
「素敵!」
すかさず取り巻きの一人である栗色の髪の娘が相槌を打つ。ドリスは気をよくして続けた。
「あの舞踏会には、ローレンスも絶対に来るわ。本当に楽しみ。ローレンスはダンスがとても上手なんですもの」
そう言うと、自分の華奢な手に視線を落とし、
「彼、わたくしにダンスを申し込んでくれるかしら?」
「もちろんよ!」
栗色の髪の娘が請合った。
「この前のあなたの屋敷での晩餐会でも、彼、あなたにとっても親切だったじゃない。あなたのことが気に入っているのよ」
「そうね」
ドリスはほつれ毛をさらりと後ろに払うと、
「本当、楽しい舞踏会になりそう。どこかの誰かさんは田舎者だから、舞踏会なんて初めてでしょうけど」
取り巻き連中が一斉にシャーロットを見て笑う。
「気にすることないわ」
イザベラがシャーロットにささやいた。
「ダンスの練習はしたのでしょう? 大丈夫よ」
シャーロットは小さくため息をつく。
「イザベラはどうするの?」
「私は欠席」
イザベラは肩をすくめた。
「アルマン氏は、私に出席してもらいたくないの」
「そうか、ヒキガエル氏は参加できないものね」
シャーロットは呟いた。
「若者というには年をとりすぎているもの。で、あなたが若い男性と踊るのに嫉妬してるというわけね」
「キャサリン」
「ごめんなさい」
シャーロットは謝った。
「でも、私もできれば欠席したいわ、舞踏会なんて」




