田舎の少女と都会のレディたち
社交界は、一人思い悩むシャーロットを、放っておいてはくれなかった。次の一週間が終らないうちに、シャーロットは晩餐会に二度、両親とともに出席させられることになった。これから社交のシーズンになるから、一週間に三、四回パーティに呼ばれることも珍しくないという。
社交の場では、できるかぎり礼儀正しく、良家の娘らしく振舞うよう努力した。だが、華やかな上流階級の人たちの中に足を踏み入れるたび、自分はここには場違いな存在だということを実感せずにはおられなかった。美しく着飾ったレディたちの軽薄な笑い声、最新流行のファッションの話、尽きることのないゴシップに自慢話、男性が女性にかける歯の浮くような甘い世辞。どれも耳にするたびに、長いドレスの裾をからげてその場を逃げだしたくなる。
「あら見て、シルヴァートン嬢よ」
レッドモンド家のドリスは、シャーロットの姿を見かけるたびに、取り巻きを連れてやってきて、聞こえよがしに嫌味を言った。
「社交界には慣れたかしら?」
「浮かない顔ねえ。農場のお家が恋しいんじゃなくて?」
「ブタさんやウシさんと一緒に暮らしている方が好きなのよ、きっと」
シャーロットは弱々しく肩をすくめ、ドリスとその取り巻きに微笑んだ。
「そうね。あなたたちの顔を見ているくらいなら、豚や牛に囲まれている方がまだいいと思うわ」
一瞬考え込んだドリスが怒り出す前に、シャーロットは急いでその場を逃げだした。
「今夜のドレス、素敵よ、キャサリン」
赤いビロードの椅子に優雅に腰かけていたイザベラが、微笑んでシャーロットに言う。
「ありがとう」
シャーロットは、自分が身につけている青いサテンのドレスを見下ろして礼を言うと、イザベラの隣りに腰を降ろした。
「最近、階段を昇り降りするときもドレスの裾を踏まなくなったわ」
「それは大した進歩ね」
イザベラはくすっと笑って答える。
「その調子よ。そのうちここでの暮らしに慣れるわ」
「でもイザベラ、私は慣れたくないのよ」
シャーロットはそう言って、その夜の晩餐会が始まるまでの時間を客たちがおしゃべりをして過ごしている、きらびやかな広間を見回した。
「こんなぴかぴかのお屋敷よりも、農場の質素な家の方がずっと好き。これに関してはドリスの言うとおりだわ」
「キャサリン」
イザベラはちょっと思わしげに眉根を寄せると、手にしていた水色の扇子で、スミレ色のドレスに包まれた自分の膝を叩いた。
「まだここでの暮らしに馴染めないから、そんなことを言うのね。故郷を理想化しているのよ。いったん都会の暮らしに慣れて田舎に戻れば、きっとがっかりすると思うわ」
「そんなことないわ」
シャーロットはきっぱり答えた。土の匂い。太陽の匂い。優しい父さんと母さんに、頼れる兄。考えただけで泣きたいほど切なくなるのに、戻ってがっかりするなんてありえない。
イザベラは、名門中の名門であるローズデイル家の令嬢というだけあって、一緒に座っていると大勢の紳士や婦人が挨拶にやって来た。その一人一人をイザベラはシャーロットに紹介してくれた。その中には、イザベラの婚約者だという、フランス貴族の血を引く老人もいた。孔雀のように着飾った、背の低いヒキガエルような男で、イザベラのことを鼻にかかった声でマドモワゼルと呼び、彼女の白くほっそりした腕を、しみの浮いた皺くちゃな手で馴れ馴れしく撫でる。シャーロットはぞっとした。
「ねえ、イザベラ――」
老人が立ち去った後、シャーロットがイザベラに囁きかけると、
「これはあなたが口出しすることじゃないわ」
イザベラは首を横に振って遮った。
「ローズデイル家の問題よ」
そう言われると何も言えなくなる。だけど、とシャーロットは憮然とため息をつく。あんないやらしいヒキガエルが、美しいイザベラの婚約者だなんて。




