田舎の少女と大豪邸
あいにく翌日も雨だった。
そして、ローズデイル邸は、とてつもなく大きかった。
馬車を降りたシャーロットは、唖然とその外観に見入った。シルヴァートン邸もシャーロットの感覚からいえば城のように巨大なのだが、ローズデイル邸はそのさらに二倍はゆうにある。両隣の邸宅が明るいクリーム色なのに対し、一件だけ落ち着いたコーヒー色をしているので、余計に荘厳な感じがする。名門中の名門というのは、どうやら誇張ではないようだった。
礼儀正しい従僕に招き入れられ、玄関ホールに足を踏み入れたシャーロットは再び呆然となる。信じられないほど広いということは入る前から予期していたが、先週訪れたレッドモンド邸のような、入ったとたん華美な装飾品の輝きの洪水に襲われるという、目も眩むようなけばけばしさはない。ドアも壁も階段も、濃い落ち着いたマホガニーで統一されていて、絨毯は深い臙脂色。ブロンズのランプや小棚といった家具は、どれも一級品に違いないが、非常にさり気なく配置されており、これ見よがしなところがまったくなかった。来客をそっと包み込むような、静かな安らぎに満ちたホールだ。
それにしても本当に広い。シャーロットはぐるりとホールを見回しため息をつく。この玄関ホールだけで、農場の家がすっぽり入ってしまうわ。家だけでなく納屋も。母さんが夏にミルクを冷すのに使っていた地下の貯蔵室も入ってしまうかも。あの貯蔵室には去年ネズミが出て、みんなで大騒ぎしたけれど、今年は大丈夫なのかしら。置きっぱなしにしていたキルトをかじられて、穴を開けられてしまったのだった。あのキルト、繕おうと思っていたのに、結局繕わずに来てしまったわ。それはキャリコの端布がどうしても足りなくなってしまったからで――
「いらっしゃい」
かすかな衣擦れの音がして、イザベラがシャーロットを出迎えた。
「ご機嫌いかが、キャサリン? このひどい雨の中、本当によくいらしてくれたわね」
そう言って微笑みかけてきたイザベラは、月の女神ダイアナのように美しかった。透き通るような白い肌に、頭上で編み上げた艶やかな黒髪。ドレスは今日も淡いラベンダー色で、胸にはカメオの上品なブローチ。育ちの良さからくる優雅さと気品が、全身から滲み出ている。
そんな輝くようなレディを前に、シャーロットは思わず気後れしてしまう。私ったらまるでお姫さまの家に招待された貧しい田舎娘みたいだわ。そこまで考えたところで自分を恥じた。田舎で育ったことを引け目に感じるなんて、これは父さんや母さんやロジャーを裏切るようなものだ。シャーロットは真っ直ぐ顔を上げると、イザベラににっこり微笑み返した。
「お招きありがとう、イザベラ。また会えて嬉しいわ」
「おやおや」
頭上で馬鹿にするような声がした。見上げると、白いガウンに身を包んだ、ガチョウのように丸々太った老婆が、階段の上からじろじろと無遠慮にこちらを見下ろしている。この人がローズデイル家の大伯母様だろう。シャーロットと目が合うと、嘲笑の形に唇を歪め、
「ふん。このローズデイル邸に足を踏み入れて、まったく物怖じしないとはね。田舎育ちとはいえ、さすがはシルヴァートン家の一人娘というわけかい」
「違います」
シャーロットは答えた。
「これは田舎で育ったからだと思います」
「まあ!」
老婆が眉を釣り上げる。
「この私に口答えするとは――」
「大伯母様、お休みになっていたのではなかったのですか?」
イザベラが慌てて口を挟む。老婆はイザベラを見ると鼻で笑った。
「おあいにくだね。あんたが私に隠れて何やらこそこそ来客を迎える準備をしているのに、私が気づかないとでも思っていたのかい? 二階で見張っていたら案の定だ。まさか、よりによってシルヴァートン家の田舎娘を招いていたとは。まったく油断も隙もあったもんじゃない。勝手な真似をしてくれるじゃないか、イザベラ。この屋敷で一番偉いのは誰だい、ええ?」
「大伯母様です」
イザベラが諦めたように答える。老婆は鋭く言った。
「わかっているのならこの屋敷で私の許可なく物事を進めようとするんじゃないよ!」
「申し訳ありません」
イザベラは謝りながら、シャーロットにごめんなさいね、というような視線を向ける。だがシャーロットはすでにこの突然現れた傲慢な老婆の態度に我慢できなくなっていた。
「おばさん。私が気に入らないのなら、私に直接言ったらどう?」
くれぐれも失礼のないように、と母に忠告されたことなどすっかり忘れ、シャーロットは口を挟む。
「何だって?」
イザベラから視線を転じ、ぎろりと睨みつけてくる老婆を睨み返して、
「確かに私は田舎育ちで、こんな立派なお屋敷にはふさわしくないかもしれないけれど。田舎じゃ、おばさんみたいな高慢ちきな人間は、陰でサワーミルクみたいだねって言われちゃうんだから! たとえどんなにご立派な家系でも関係ないわ」
「キャサリン……!」
イザベラが息を飲み、反射的に老婆の顔色を伺う。
老婆はしばらく目を丸くしてシャーロットをまじまじと見つめていたが、やがてくっくっと低く笑った。
「面白い子だ」
灰色の瞳に愉快そうな光を躍らせて言う。
「シルヴァートン家の人間はいけ好かないが、あんたのことは気に入ったよ、嬢ちゃん」
家の話にはうんざりしていた。シャーロットは顔をしかめる。
「どの家の子かなんて関係ないわ。私は私だもの」
「ところが、社交界に足を踏み入れたからにはそうはいかないのさ」
老婆は意地の悪い笑みを浮かべ言った。
「ここじゃ家柄と財産がすべてだ。若い娘の場合は美貌もだけどね。あんたみたいな田舎娘も、この世界に入ったからには、ここのルールに従わなきゃならない。シルヴァートン家の一人娘という肩書きは、この先ずっとあんたについて回る。社交界では、それがあんたに与えられた価値なのさ」
シャーロットがぞっとした顔をするのを見て、老婆は満足げに言葉を続けた。
「ま、シルヴァートン家なんて社交界じゃ中の少し上ってとこだ。金と地位はあるが大した家柄じゃない。由緒正しいローズデイル家には足元にも及ばないね。それでも新興成金のボウマン家やレッドモンド家に比べりゃいくらかましか」
それからもう一度まじまじとシャーロットの顔を見て、
「あんたは社交界でやっていくのに苦労しそうだ。せっかくこの屋敷に来たんだから、私が色々助言してあげよう。まったく運がいいよ、あんたは。かつて社交界を取り仕切っていたこの私、ジョセフィン・ローズデイルの助言を直々に受けることができるんだからね。感謝してもらいたいよ、本当に。イザベラ、これからお茶にするんだね? そいじゃ私は着がえてこよう。お茶、三人分用意させるんだよ。それからチョコレートケーキとクッキーを出すよう言うのも忘れずにね。サリーは気がきかないんだから」
言うなりさっさと踵を返し、階段の向こうへ姿を消した。