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カントリーガール  作者: julie
Chapter. 3
12/46

田舎の少女とおよばれ

 翌日、ロジャーからまたシャーロット宛てに手紙が届いた。

 両腕で抱えきれないほどたくさんの、赤やピンクの野バラとともに。

 添えられたメッセージは簡単なもの。

『今年一番に咲いた野バラをお前に ロジャー』

 野バラも手紙も執事室の暖炉に投げ込まれて灰になった。



 しとしとと降りしきる雨を眺めながら、シャーロットはため息をついた。


 灰色の空。灰色の光。窓の外に見える木の幹も緑の葉っぱも、雨に打たれてびしょびしょに濡れている。憂鬱を絵にかいたような木曜日。


 熱い紅茶も何の慰めにもならない。シャーロットは白いカップを置くと、げんなりとテーブルに頬杖をついた。気持ちがひどく沈みこんでいる。


 レッドモンド家での晩餐会から五日が経つ。シャーロットは相変わらず変わり映えのしない毎日を送っていた。屋敷からは依然として出してもらえないし、次から次へとやってくる家庭教師に朝から夕方まで時間を縛り付けられている。


「社交界デビューは大成功よ」


 晩餐会の翌朝、シャーロットの部屋にやって来たシルヴァートン夫人は、笑顔でそうシャーロットを褒めた。


「あなたはよくやったわ、キャサリン。ヴァン・レンセラー夫人も褒めてらしたわ。田舎で農夫に育てられたとはとても思えない、愛らしく洗練されたお嬢様ねって」


「そうですか」


 他人に『田舎で農夫に育てられた』と言われるたびに、シャーロットはかちんとくる。そう言う時の相手の口調に侮蔑的な響きを感じるからだ。農場の父と母、それにロジャーのことまで馬鹿にされているような気になる。


 だが、実の母親と口論などしたくはない。シャーロットは反感を覚えつつも、おとなしく礼を言う。


「ありがとうございます、お母様」


「いいえ。とにかく第一印象は大事ですからね。何事も初めが肝心なのよ。その意味で昨夜のあなたは非の打ち所がなかったわ。礼儀正しくてとても可憐で、ええ、名門シルヴァートン家の名に恥じないレディでしたよ。これで社交界のゴシップ好きも、あなたのことを田舎娘だなんて笑えなくなるわ」


 夫人は満足げに頷くと、両手でシャーロットの手を取った。


「とにかくこれで大丈夫よ、ニューヨークの社交界はあなたを受け入れます。私もほっとしているわ。これから本格的に社交のシーズンになるから、晩餐会や舞踏会にしょっちゅう招待されることになるでしょうけど、名門シルヴァートン家の娘であることを忘れず、どこへ出ても行儀よく振舞ってちょうだいね」


 満面の笑みを湛えて言われ、シャーロットは目の前が暗くなるのを感じる。レッドモンド家の晩餐会でシャーロットが学んだことといえば、自分はこういう場にはとても馴染めないということだったのだから。


 華やかな虚飾に満ちた社交界。紳士たちと笑顔で挨拶を交わし、着飾ったレディたちとお世辞を言い合い、食べきれもしない量のご馳走をテーブルに並べて、ゴシップに花を咲かせて時を過ごす。その輪の中に自分が入ってゆくと考えただけで、息が詰まりそうになる。自分はここには馴染めない。


 だが、それがシルヴァートン家の娘として求められている資質なのだ。ちょうど、農場では家事を手伝うことが娘として求められる役割だったのと同じように。ここでは社交界に顔を出し、シルヴァートン家の名に恥じない振る舞いをするのが、娘として求められる役割なのだ。


 シャーロットはため息をつく。ここにいると自分らしさがどんどん失われていく気がする。いや、そもそも自分を求めてくれる人がここに一人でもいるだろうか。誰もシャーロットのことなど求めていない。この屋敷で求められているのはキャサリンであってシャーロットではないのだから。


 今ごろ草原は金色の初夏。カラス麦の穂は風に揺れ、ニンジンはふわふわ緑の葉を茂らせて、空豆は膨らみかけていることだろう。カブもすくすく葉を伸ばし、ジャガイモは白い花を咲かせている時期だ。


 シャーロットは肩を落す。都会にやってきて二ヶ月になる。もう農場に自分の居場所はないだろう。ロジャーはただの一度も手紙をくれない。それが何よりシャーロットにはこたえた。いつかは返事が来るのではないかと思い、ずっと手紙を書き続けていたのだが、最近では手紙を書いても封をして出す勇気が出ない。結果、シャーロットの書き物机の中は、書くには書いたが出すことができなかった手紙でいっぱいになっていた。たとえきちんと封をして、投函してもらうため執事に手渡したところで、すべて執事室で処分されることになっていたので同じ事だが。


 シャーロットが書いた手紙とロジャーから届いた手紙が、執事頭によって燃やされていることに、コリンズは早くから気づいていた。


「どうしてそんな事をするのですか?」


 手紙を開封もせずに二つに破り、火の中に投げ込む執事頭に尋ねたところ、


「旦那様のご命令だ」

 執事頭はにべもなく答えた。


「ですが、お嬢様は自分を育ててくれた農夫の家からの手紙を心待ちにしておられるのですよ?」


「だからだ。お嬢様には早く農場の家族のことなど忘れ、ここでの暮らしに慣れていただかなくてはならん。お嬢様はこの家の娘なのだからな」


「それはそうですが」

 コリンズは納得いかない顔で続ける。

 

「お嬢様にはまだあのことを話していないのでしょう?」

「まだ話す時期ではないと、旦那様が判断なさったのだ」

 執事頭はコリンズを振り返って言った。


「コリンズ。お嬢様のためを思うなら、できるだけ早くお嬢様がここでの生活に馴染むよう、精一杯の手助けをして差し上げることだ」


「わかっております」

 コリンズはため息をつき頭を下げる。


 そういうわけで、シャーロットのもとにロジャーからの手紙が届くことはなかったが、代わりに一通の招待状が舞い込んできた。


「ローズデイル家のお嬢様からよ」


 シルヴァートン夫人が目を輝かせて告げる。

「ローズデイル家?」


 そう言われても、シャーロットは初め誰だか思い出せなかった。


「イザベラ・ローズデイル嬢。この前の晩餐会にもいらしていたはずだけど」

「ああ」


 そこまで聞いてようやく思い出す。意地悪なレッドモンド家の令嬢ドリスとその取り巻きから、自分を救ってくれたあの人だ。


「キャサリン、あなた、あそこのお嬢様と親しくなったの?」

「レッドモンド家の晩餐会で少し話す機会があったから」

「そうだったの」

 シルヴァートン夫人は興奮した口調で言った。


「ローズデイル家のお嬢様とお近づきになれるなんて、これはとっても名誉なことなのよ。あなたは明日の三時のお茶に呼ばれたのです。必ず伺いますと返事を出しておきましたからね」


 私の都合は一切無視というわけね。シャーロットは胸の中で呟く。だが、どうせ予定など何もないのだ。屋敷で家庭教師と退屈な時を過ごすことの他は。それなら、イザベラとお茶会の方がいい。


「新調したモスリンのドレスを着てお行きなさいね。ブリジッドに言いつけておきますから」


 シルヴァートン夫人はうきうきと言葉を続ける。


「それからくれぐれも礼儀正しくね。ローズデイル家は名門中の名門なのだから。くれぐれも失礼のないように。それから」


 部屋を出て行きかけたシルヴァートン夫人は、足を止めて振り返った。


「ローズデイル家のお屋敷には、大伯母様がいらっしゃるの。とても気難しい方よ。もしお目にかかる機会があったら、丁寧にご挨拶をして、決してご機嫌を損ねないようにね。いい?」


「はい、お母様」


 ほとんど上の空で返事をしながら、シャーロットは雨の降りしきる窓の外へと視線をやった。明日は晴れるといいのだけれど。

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