田舎の少女と都会の紳士2
「おそらく、私の相手はレッドモンド嬢になるでしょう」
「レッドモンド嬢? ドリスのこと?」
「お会いしたようですね」
「お友達にはなれなかったわ」
「熊に襲われる話は、都会のレディには少々刺激が強すぎる」
「そうね――」
頷きかけて、シャーロットは顔を上げまじまじとラリーを見る。
「別に、盗み聞きするつもりはなかったのですよ」
ラリーは微笑んで首を振った。
「ただ、会話が耳に入ってきてしまって」
「あなたって人は……」
「いや、大したお嬢さんだと思いました。レッドモンド家主催のパーティで、いきなりレッドモンド家の令嬢の鼻をへし折るとはね」
「別にそんなつもりじゃ」
シャーロットが赤くなって言い返そうとしたそのとき、ラリーのお目付け役の従者ジョーンズが、白い封筒を手に戻ってきた。
「どうぞ」
そう言って封筒を主人に手渡す。
礼を言いジョーンズを下がらせたラリーは、白い封筒を開き、カードを取り出した。
「当たり」
書かれていたのはドリスの名だった。
「どうしてわかったの?」
軽く目を見張り尋ねるシャーロットに、ラリーは去ってゆく従者の後ろ姿を眺めながら呟いた。
「それは、我が愛すべき監視役、ジョーンズが買収されているからです」
「買収? 誰に?」
「レッドモンド氏ですよ」
「ドリスの父親に? どうして?」
「やれやれ。田舎育ちの無垢なお嬢さんは、社交界の陰謀や思惑にはまるで無知だとみえる」
わからないという顔をするシャーロットを見て、ラリーは小さく苦笑した。ドリスの名が書かれたカードを軽く振り、
「つまり、レッドモンド氏は、自分の娘を私に近づけたがっているのです。もっと平たく言えば、自分の娘と私の結婚を望んでいる。だから、私に彼女のエスコート役が当たるよう仕向けた。私の従者のジョーンズを買収し、ドリスの名を書いたカードを、私に届けさせることでね」
「ふうん」
シャーロットは首を傾げる。
「花婿候補ってわけね、あなた。レッドモンド氏に気に入られてるのね」
「そうですね」
ラリーは微笑んでさらりと言った。
「一応、私はハミルトン家の膨大な遺産を引き継ぐことになっているもので」
シャーロットは軽く目を見張る。
「金目当てってこと?」
「金と家柄ですかね、より正確には。ハミルトン家といえば、一応名門中の名門ですから。レッドモンド家にとって、娘の嫁ぎ先としては申し分ない、いや、それ以上だ」
唖然としているシャーロットに、名門ハミルトン家の子息は微笑んで言った。
「別に驚くにはあたりませんよ。金と家柄目当てに私に近づく女性は、レッドモンド嬢の他にもごまんといる」
どこか面白がっているような口調に、シャーロットは何となく不快感を覚える。
「結構なご身分ね」
「自分でもそう思いますね」
そう言って微笑んだラリーの前に、
「おお、ここにいましたか、ローレンス!」
ドリスの父親、レッドモンド氏が駆け寄ってきた。
「いやあ、よくぞいらしてくれました! それで、カードはもう引かれましたかな? やや、これは奇遇! うちの娘が当たりましたか。いやあ、わがままで気の強い娘ですが、何卒よろしくお願いします」
白々しく驚き、恐縮してみせる。
「こちらこそ。レッドモンド家の美しいお嬢さんのお相手ができるなんて、願ってもいない幸運ですよ」
ラリーはにこやかに微笑んで答えた。
「いやいや、そう言ってもらえると!」
レッドモンド氏はほくほくと相好を崩すと、シャーロットを見て煙たげな表情になった。娘の未来の婚約者につきまとっている田舎娘め、とでも言いたげな顔つきだ。それでもあくまで丁重な態度を崩さず、
「シルヴァートン嬢も、せいぜい楽しんでください。何しろ田舎から出てきたばかりで、華やかな晩餐会など初めてでしょうからな。では」
そう言って踵を返した。
レッドモンド氏が立ち去った後、シャーロットはラリーを見て言った。
「わからない人ね」
「レッドモンド氏は単純な人ですよ」
「あなたのことよ」
シャーロットはラリーを見据えたままレモネードを飲み干す。
「ドリスのことが好きなの?」
尋ねられ、ラリーは小さく笑って答えた。
「女などみな同じですよ」
「そりゃあ、あなたみたいに器用な人なら、誰のエスコート役が当たっても、そつなくこなすことができるんでしょうけど」
そういう意味で言ったんじゃないんですけどね、とラリーが苦笑して洩らした言葉は、シャーロットの耳を右から左へすり抜けてしまう。
「そうだわ、今夜はダンスはしなくていいのかしら?」
シャーロットは急に不安になって尋ねた。
「ダンス?」
「私、まだうまく踊れないのよ」
顔をしかめたシャーロットを見て、ラリーは小さく微笑んだ。
「晩餐会ですからね。大丈夫。ダンスはありませんよ」
「よかった」
シャーロットはほっとため息をつく。
「おっと、あなたのエスコート役が来たようですよ」
一人の若い紳士がカードを片手に、シャーロットの方へ真っ直ぐ近づいてくる。ひょろりと背の高い痩せた青年だ。
「フレデリック・スペンサー氏。生真面目でおとなしい、スペンサー家の長男です。趣味は読書にオペラ観賞、少々気弱で冗談が通じにくく、退屈なところがある人ですが害はない」
ラリーが説明する。
「あなたとは正反対ってわけね」
「私は女性に対してはいつも善意の塊ですよ」
ラリーは微笑んで答えると、シャーロットに恭しく一礼した。
「では、私も今宵の姫君を探して挨拶してくるとしましょうか。お互いに、楽しいディナーを」