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王のサンクチュアリ  作者: 北乃 一
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不思議な子ども

 翌日、カダルフィユとガイコは、先に顔合わせをした三名以下の近衛隊隊員に自己紹介と今後の方針などについて簡単な説明を実施した。

 王都随軍近衛隊、カダルフィユ以下、全十七名。年齢も大層若い部隊である。花華ではカダルフィユなぞは若輩者の年齢だったが、この近衛隊では年嵩のほうだ。

 それにしても美丈夫達が集った様は予想どおり、壮観であった。よくまあ、これだけタイプの違う美男達を、各地域から集めてきたものだ、と感心してしまう。合わせて事前に隊員リストで確認したとおり、血筋が良い者ばかりだった。

 昨日一足先に顔合わせをした三人も、ザザとミーは華族出身、ソランは学者一族の出身だ。その他に医者、代々王城で要職に就いている家系の息子など、どの血統も見事なものだ。王のお傍に仕えるものだから当然ではあろうが、外見も出自も一流の者達の集まりであった。


 比例して、彼等のプライドも超一流だ。

 カダルフィユは自分が貴族出身で良かった、と初めてありがたみを感じた。新隊長赴任の理由を抜きにしても、このプライドの塊のような連中が昨日のようなつれない対応になるのは、素直に納得してしまう。納得してしまったので、彼等がカダルフィユとガイコに敵意を露わにしていたとしても、気にならくかった。もうここまで来てしまったのだから、そんなことを気にしていても始まらない。

 軍隊方式で一発ビンタを浴びせて、などはもってのほかだろう。まずは粛々と与えられた任務をこなすことに集中しなければ、と、カダルフィユは気持ちを完全に切り替えた。


 今後、といっても近衛隊事態の業務内容は変わらないので、とりあえずはスケジュールや人員の配置などの確認が主だ。

 カダルフィユにはザザ・ユウマが補佐についた。新隊長が指揮系統のトップとして仕切るにはまずは前任の引き継ぎが必要で、副隊長のガイコと共に、ザザ、ミー、ソランの各リーダーに指南を受けて、進めていく事となる。


 近衛隊の職務なんぞ、と鼻にひっかけるくらい簡単に考えていた事をカダルフィユとガイコは、早速、反省することとなった。

 近衛隊は綺麗に着飾り、王の周りや城の中をしゃなりと気取って守備していればよい、という偏見は見事に払拭された。

 近衛隊は少人数、主な任務は王の護衛と王城全体の警備であるが、他は、ついでに中央の重鎮達の護衛に駆り出されたり、その他式典や祭典の警備や雑務、時には他軍同様に、王都市街に降り警察としての任務もこなすという、非常に安定しない、雑多な業務が多い部隊だった。


 「綺麗ななんでも屋、ですね」

午前中いっぱい一通りの引き継ぎを受け、それだけでカダルフィユとガイコはぐったりとした。

 隊長の執務室に入った瞬間、大きなため息をついてしまう。

 ガイコが例えた、何でも屋という表現は全くそのとおりだった。

 軍隊の方が、基本的にはその日のスケジュールに沿って規則正しく進むので、楽と言えば楽だったかもしれない。それに比べれば近衛隊の業務は、混沌としていた。

 加えて、王に近しければ近しいほど必要とされる、特異な礼儀作法がありすぎる。例の、王とは直接目を合さない、に始まり、椅子の背に背中をつけて座ってはいけない、笑い声をあげてはいけない、公式の席で歩き始めるときは左足から、茶葉は二度入れてはいけない、等、独特なマナーやしきたりが盛りだくさんで、まるで学校のようだった。正直、一日で覚えられるとは思えない。


 カダルフィユとガイコをうんざりさせた、あの純白の軍服は祭事、式典用時に着用するもので、普段着用する軍服は黒布に金モールの装飾がついたデザインのものだった。

 それでも、そっけない軍隊での軍服に比べれば、十分派手ではあった。その軍服の着用にもルールがあって、下から二番目のボタンは外しておく、踵に鉄鋲を打っていないブーツは履いてはいけない軍服着用の際は必ず白手袋を、・・・心底どうでもよい、と思う内容ばかりであった。


 きっと、ヒュリ王と目を合わせながら木刀を振り回した、などど発覚でもしたら、俺は真っ先に懲罰房行きだな。

 昨夜の会遇を思い起こしながら、カダルフィは、王と目を合わせていけないことなどすっかり忘れていたことに気が付いた。

 王への着任のご挨拶は、午後一番に時間がとられていた。


 ガイコと連れ立って王の自室に向かいがてら、昨夜の出来事をかいつまんで説明する。ガイコは少々驚いたようだった。

「ほう、初対面で仲良しになるとは、人見知りのカダルフィユ様には珍しいですね」

「友達みたいに言うな。相手は王だぞ」

「だから余計、ですよ。王だって、そんなすぐに誰にでも心を開くものではないでしょう?」

「それが、そうでもないんだ」

 確かに、不思議だった。昨夜のヒュリ王の様子を思いだせば、なぜ初対面の自分にあんなにも興味を示して接近してきたのか、よく分からなかった。

 確かに自分は近衛隊隊長であるが、それにしてもヒュリ王は警戒心が薄すぎた。つい最近、その近衛隊の人間に襲撃されたはずなのに、怖くはなかったのだろうか。無垢なウサギほど危険を察知する能力がなければ、すぐに獣の餌になってしまうではないか。


 考えているうちに、王の自室につながる回廊に到着する。こちらには近衛隊の制服を着用した者が二名立哨中で、こちらに向かって敬礼をしてくるが、まだ名前を覚えていない者だった。

 回廊から更に奥まった場所に、王の自室がある。昨夜王を見送った所から更に奥に進み、カダルフィユは扉をノックした。蔦のデザインのノッカーが澄んだ音を三回立てると、暫くして「何者か」と問う、低い声がする。

「近衛隊、カダルフィユ・レイカースとガイコ・フートにございます」

また少し間が開き、重そうな扉が開いた。


 扉を開けたのは、マライカ・キキだった。

「どうぞ」

とマライカは無表情で二人を迎え入れる。

 昨日の謁見時と同じく、黒尽くめの衣装を身に纏い、浅黒い肌に黒髪で、巨大な影が立ちふさがったような錯覚に襲われる。

 事実、マライカはカダルフィユと同じ位背が高かった。盛り上がった筋肉の広い肩幅や逞しい腕など、身体つきもカダルフィユと比べて遜色ない。華美な軍服の近衛隊より、簡素で武骨な皮ジャケットを羽織り、同じく皮のパンツスタイルのマライカのほうが、余程屈強そうである。

 浅黒い肌に鋭い眼差と薄い唇、勇ましと厳めしさが拮抗しているようなその顔つきは、いっそ門前に立たせた方が効果を発揮しそうな風貌だった。


 この黒くて大きな人物が、王の「寵姫」である。

 寵姫、という言葉がこれほど当てはまらない人物もいないだろう。寵姫は暗殺者を見事に退けた優秀な王のボディガードでもあった。この事を事前に聞いておいて本当に良かったと思う。

 昨日の謁見の場にて、ヒュリ王の傍につき従っていたこの人物が、寵姫、女性であるとガウディウムが教えてくれていなければ、うっかりとんでもない失言をこぼしてしまっていたかもしれない。

 しかし、そんな失態を演じる以前の問題か、迎え入れてくれたマライカ・キキはこちらに一切、友好的な態度を示さなかった。バタン、と扉を閉めると、彼女は一言も無く、じろりと二人を一瞥しただけで、後はスタスタと奥の間に入っていく。そのそっけなさに、思わず、お前は昨夜、どこにいたのか?と問いただしたい気持ちになる。


 彼女の不愛想加減(と、昨夜のことに)思わずむっとして足を止めたカダルフィユを振り返り、マライカは

「どうぞ」

と、また低い声で二人を促した。

 ついてこいという事なのか、マライカはすたすたと歩いてゆく。それに続いて前室を通り抜け、主室に入ると、そこにヒュリ王が、どこか所在無げな様子で立っていた。

「いらっしゃいませ、カダル、とガイコ」

ヒュリは立ったまま、小さく頭を下げた。

 昨日の謁見の儀と同様に、カダルフィユとガイコはその場に跪いた。但しもう祝詞は上げない。正直、既に半分くらい忘れてしまっている。


「改めましてご挨拶申し上げます。王随軍近衛隊隊長、カダルフィユ・レイカースでございます」

「同じく、王随軍近衛隊副隊長、ガイコ・フートでございます」

「私はユリ・ユヒです、どうぞよろしくお願いいたします」

王が、こちらに近づいてくる気配がした。眼の前に、昨夜と同じサンダルを履いた爪先がやってくる。


「カダル、お願いです。また私と、眼を合わせてお話してくれませんか」

「ヒュリ様」

すかさず、マライカが咎める声を出した。

「よいのです、マライカ。だって私を守ってくれる人達なんですよ。今度はちゃんと目を合わせてお話をしたいのです」

 それ以上、マライカは反論しなかった。が、それは決して王に賛同した訳ではないことは、その後カダルフィユ、ガイコと一度も目を合わせようとしなかった事で明白だった。


「ガイコも、お願いします。私の顔をちゃんと見て、お話してください」

「は・・・」

ガイコが盛大に戸惑っているのが、手に取るように分かった。

昨日謁見をしたとはいえ、ほぼ初対面の、しかも相手は王だ。

 つい先程までザザ達に散々、礼儀作法を教授されていたばかりなのに、それと真逆の事を、肝心の王から頼まれたのだから。

「それでは、私、カダルフィユ・レイカースとガイコ・フートは、これより公の場以外では、ヒュリ様に目線を差し上げながら拝謁いたします御無礼を、お許しくださいませ」

「私から頼んだのに」

ヒュリ王はにっこりと微笑んだ。

 王の背後に控えマライカは、相反した苦い顔のままだった。


 そうして、カダルフィユとガイコは、ヒュリ王の琥珀色の瞳を、存分に眺めることとなった。

 約束の真剣を見せ、柄まで触らせ、真剣を構えたいと言う王をなだめ、その後王が直々に淹れた茶と甘い菓子を御馳走になり、王に花華の事を話して聞かせ、その間ずっと、カダルフィユとガイコは狐につままれたような心持のままだった。

 王が振るっても大丈夫な軽い竹光を用意するという約束を取り付け、上機嫌な王に見送られ、王の私室から退出しても尚、釈然としない気持ちは収まらなかった。


 これは決して、不快な気持ちではない。寧ろ楽しかった出来事、といってよい。瞳を輝かせて真剣に触れる姿、少し濃い目に入った茶を申し訳なさげに差し出す姿、満面の笑みで竹光の約束をせがむ姿、ヒュリ王の振る舞いどれもが、とても好ましいものだった。


「お前、あの王をどう思った?」

王の私室から退出し、大分離れてからガイコに問いかけると、ガイコは、うむ・・・と呻き声を上げた。

「幼い方ですな」

「そうだな」

「そして、なんというか、普通、ですな」

そうだ、昨夜からのこの釈然としない気持ちの正体は「王」から醸し出される「普通さ」に拍子抜けしてまっている、という表現が当てはまる。

「そうなんだ、あの方は全くもって、普通の子どもなんだ」


 カダルフィユと、そしてガイコが、何故か分からぬが、ヒュリ王に気に入られたのは確かなようだった。それはとてもありがたいし、素直に嬉しい。

 カダルフィユにとっても、ヒュリ王は親しみやすく・・・王に対しての表現としては不敬ではあるが、ヒュリ王は親しみやすく、言動も素直で好ましい少年なのだった。

 言い換えれば、神秘性は皆無である。

 この少年に、厄災を祓う力があるのかどうか、誰かに問われれば、咄嗟に「否」と答えてしまうだろう程、ヒュリ王は普通の少年だったのである。


 昨夜偶然に出会った時も、そう感じたのだ。

 ヒュリ王が醸し出す「普通さ」。

 それ自体はなんら異常ではない。王とて、人であろう。ましてや、まだ年端もいかない少年なのだ。普通というのはむしろ喜ばしい事だ。

 ヒュリ・ユヒの出自は平民だ。普通で当然といえばそうであろう。


 だが、あの普通の少年が、この国厄災を退け、憂いを晴らし、そして我が身を犠牲にして消滅していく救世主であるのなら、あまりにも凡庸過ぎはしないか。

 この国の救世主たるヒュリ王からは、そういった奇跡の一片や、圧倒される力の煌めきなどは、まるで感じられなかった。

 カダルフィユが対峙した王、ヒュリ・ユヒは、理解出来ぬまま王という名を押し付けられて、王座に縫いとめられたまま育てられてきた、なにも知らぬ子ども、と言われた方が納得できる。


 黙り込んでしまったカダルフィに、ガイコがのんびりと声をかけた。

「まあ、昨日今日でヒュリ様のお人柄の全てを知りえる事はできないですからね。これから知る、違うご一面もありましょう」

「ああ、そうだな」

 我々の任務は、彼の王を守護する事。

 ただ王が無事に健やかに過ごせるように、周辺に波風をたてぬよう、波風がたったなら即時に薙ぎ払うよう、それが与えられた役目だ。

 ヒュリ王がどのような人物であろうが、任務遂行には関係ない。それに、王のあまりの普通さに対して、決して嫌悪を抱いた訳ではない。嫌悪どころか、好ましいとすら感じている。好ましくなければ、この自分が、これ程すんなりとヒュリ王に馴染めただろうか?

 

 よし、この次は竹光と一緒に違う刀も用意して、ヒュリ様にご覧にいれよう。

 先程の和やかな時間と、ヒュリのはにかんだ笑顔を思い返し、カダルフィユは密かに決意した。


                    To be continued・・・→


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