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王のサンクチュアリ  作者: 北乃 一
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高貴な見世物

 王への謁見の儀式が始まるまで、カダルフィユとガイコは応接の間で待機する事となった。

 多忙なガウディウムは、一通りの説明が終わると、二人を残してさっさと部屋を出て行った。慣例により、これからの主である王への直接の目通りは、謁見の儀式を終わらせてからでないとできない。更に、自分達が所属する近衛隊への挨拶は、謁見後となる。


 応接室に二人取り残されてから、カダルフィユとガイコは、お互いしばらく無言のままであった。語りたい事は山程ありうずうずしているのだが、油断は禁物である。先程の話が外部に漏れては大問題、用心せねばならない。扉を何度も開けて不審者がいないか確認したり、分厚いカーテンの向こうや調度品の物陰に、何者かが潜んでいないか、何度も確かめ、やっと話を始める。


「お前、叔父上の話を聞いてどう思った?」

小声でカダルフィユは囁いた。

「もう、俺などに務まるとは、とても思えんのですが・・・」

ガイコは両眉を下げて、水浸しになった犬のような情けない顔をした。

「それは俺もだよ。やっぱりお前に一緒に来てもらって本当に良かった」

「全く、面倒そうな事に巻き込んでいただきましたね」

ガイコは恨みがましくも愛嬌たっぷりな表情で、カダルフィユを睨んだ。


 冷静に考えなくとも、これは危うい任務だ。

 近衛隊の中にヴェルタの追従者が潜んでいるなら、その動向を探ろうとするカダルフィユとガイコは邪魔者でしかない。王を暗殺しようとした大胆にも過激な輩だ。油断をすれば自分達の命も危うい事を覚悟しなくてはいけない。その上で新任の隊長、副隊長として隊全体をまとめて指揮するのだ。急にやってきた新任の上司は、その背後に、国一番の権力者ガウディウムが睨みをきかせている。不祥事を犯した近衛隊として、只でさえ肩身が狭いだろうところに、監視役のような上司がやってくるのだ。

 もうこれは最初から、隊員の心証は全く良くないだろう。


「叔父上をお助けしたいのは事実だが、色々あり過ぎでさすがにどうしてよいか、まだ分からん」

「しかし予想はしていたものの、こんなにあやふやな現状だとは思いませなんだ」

ガイコは大きな手で、自分の顔面をゴシゴシと擦った。華美な白軍服に似合わない粗野な仕草だった。

「王の話など、申し訳ないが、くだらない御伽噺です」

「なにも根拠がないしな。王は魔法でも使えるというのだろうか」

いくら生真面目なカダルフィユとて、先程の話を全て信じろというのは難しい。ドラゴンや妖精が闊歩する魔法の王国ならいざ知らず、ここは只の人が寄り集まった小さな国で、そこで大いなる奇跡が起こるのを一か八かで賭けようという状況なのだ。


 『禊』は王が何者かに喰われる事だという。何者とはまだ、王しか知らないという。では、『喰われる』とは?それこそ、ドラゴンでもやってきて、王を喰い散らかしてゆくのだろうか。そうであるならドラゴンを、是非この目で見てみたいものだ。それらは全て空想上の世界の生き物で、王の話はそれと同じ、夢物語だ。

 この国の民はそれに縋りつき、現実から目を逸らしている。だが、それについてはカダルフィユ達も同罪だ。国祥の儀がなんたるか知らぬまま、それが行われれば、なにかしらの吉事があるのだろうと、漠然と思い描いていたのだから。


「だいたい、王の選定についても、無理やりが過ぎるだろう」

「まあ、そうですよね。年齢が合致する、新月生まれの銀髪なんて、探せば何人かは出てきそうなものです」

 あやふやな現状、あやふやな王の選定。

 急に足元が、緩いゼリーのような柔らかさに感じられたので、カダルフィユは思わず自分の足元を見て、軽く足踏みしながら、地面を確認した。靴裏に感じる感触は、厚いカーペットの弾力のみだった。

「だけど、あの叔父上が、このへんちくりんな状態のまま、放っておくと思うか?」

「思いません」

「だよな?王の奇跡があってもなくても、叔父上は何らかの策を既に準備しているはずだ。落としどころってやつを。・・・俺が想像するに、外国が絡む策ではないか」

「そうでしょうね。私もそう思います」


 ガウディウムは、改革派のリーダー的な存在であった。

 積極的に鎖国制度を廃し、開かれた対外政策を押し進めようとしている。

 鎖国は最早あってないような状態である、といっても、保守派の根強い反対意見もまだある中で、正式に鎖国廃止を決定するタイミングは、国祥の儀に合わせるのが、国民が最も受け入れられやすく、インパクトも大きいのではないか。

 国祥の儀に合わせて、諸外国との国交を開く。そして、国内で補えなくなった水、食料その他の糧を一気に流通させる。諸外国の力を借りて国を救うという、今までひっそりと行っていた事を公の事柄にするのだ。

 それらの一連の流れをドラマチックに、そしてガウディウム・シスの大きな功績であることをいかに演出するか、きっと既に、叔父はそこまでシナリオを考えているに違いない。

 そしてそれが成功すれば、次代の国の代表者はガウディウム・シスである、という事に異論を唱える者は、多分皆無であろう。抜け目ない叔父だ。まだ、カダルフィユにもガイコにも明かさない策をいくつも張り巡らしているに違いない。


 そう、ガウディウムにとって、ヒュリ王の奇跡があろうがなかろうが、どちらでも構わないのだろう。最高のタイミングで、最大限に、自分の功業を披露できる、国祥の儀とは単なる、それの為の良い局面でしかないのだ。

 王は、ガウディウムが動かす駒の一つに過ぎない。ガウディウムの功業を彩る装飾品だ。ガウディウムは王を効果的に利用し、そして、綺麗に消し去るつもりなのだろう。王は自身の身を犠牲にして民を救ったのだ、という壮大なストーリーを添えて。

「まあ、俺はカダルフィユ様の指示に従いますからね」

「まずは近衛隊から、それとばれずに情報を引き出せるかだな」

「お役に立てるように頑張ります・・・」

ガイコはまた、水浸しの犬の顔になった。


 こそこそとした会話を交わした後、軽食が運ばれてきたり、小姓に連れられて城内の案内をされたり、の合間に、近衛隊の隊員リストを確認する。

「うわ、噂通りの毛並みの良さですね」

ペラペラと隊員リストを捲りながら、ガイコが感嘆の声をあげた。

「そうだな、殆ど華族出身で、あ、銀行家と医者の息子もいる」

「あ、四方山の戦の時に、顔を合わせた奴もいますね」

 五年程前、国の境で隣国からの侵略騒動があった。山側の星輝(せっき)の部隊がその侵略の対処にあたった。最初は小さな小競り合い程度で済むかと思われた隣国からの侵略は、意外にも大きく拡大した。その鎮圧の応援に、花華(かか)他から派遣部隊が向かうことになった。花華の派遣部隊のメンバーの中には、ガイコも含まれていたのである。

「まあ、王城からの救援部隊ということで、近衛隊が物資を届けてくれたというだけですけど」

「実戦する部隊ではないだろうから」

そんな話を聞きながら、ガイコは軍人として、合戦に参加して戦うという大きな経験を培っているのだな、と、カダルフィユは少々、羨望する気持ちになる。


 それなりに忙しい時間を過ごしていると、応接室にガウディウムが迎えにやってきた。

 いよいよ、ヒュリ王への謁見と、近衛隊への任の許可を得る儀式が始まる。

ガウディウムの後に続き大広間に近づいて行くにつれ、人の気配が漂ってくる。人々の蠢く息遣い、さざめく囁きや衣擦れの音が、漂ってくる。そして一歩大広間の入り口を潜れば、一体、今までどこに隠れていたか、と思うような大勢の人々の視線に、カダルフィユとガイコは晒された。


「謁見の儀式とは、このような衆目の中で行われるのですか?」

カダルフィユは冷静な様子を崩さず、なるべく口元を動かさないようようにしながら尋ねた。こちらを注視する人々の間を縫う様に歩き、そして時折誰かと挨拶を交わしたり、愛想よく会釈をしたりしながら、ガウディウムは大広間の前方、玉座の前に近づいて行く。

「皆、王を見たいのだよ。めったにお出ましならない王が、お姿を見せるのだからな」

ガウディウムは、にこやかな表情を崩さず答えた。

「もちろん、お前達を見たいという者も多いだろうよ。特に婦人方はそっちのほうが目当てだろう」

 そんなつまらない理由で、この謁見の席に同席できるものなのか。カダルフィユは唖然としてしまう。

 そして、前方に鎮座する高御座。この玉座は高さこそあり、装飾の類も大層立派なものであるが、今は御簾はかかっておらず、玉座がむき出しになっている。ガードをするものが何もない。

 過去に何度か王城を訪れたのは、諸々の式典の折であった。その際、王は姿を現さないか、もしくはお出ましになったとしても、分厚い御簾に囲われた玉座、高御座の中で、微かに動く姿を拝見できる程度だった。


 職業柄、警備の少なさと、王の身辺の安全について確認してしまう。このような席に、近衛隊は控えているのだろうか?

 見る限り、近衛隊らしき軍服を着用している兵は見当たらなかった。やはり、王への襲撃事件が尾を引いているのだろうか。小姓が何名か、ところどころに立っているが、武具を身に着けている様子はない。

 この大勢の衆目の前に、そしてこんなに警備が手薄な場所に、王が自身の姿を現すとは。

「ここで王が、お姿を見せるのは何故です?」

引き続き、口の形を変えず、ガウディウムに尋ねる。

「皆に安心感を与えるためだ」

「安心感?」

「そうだ。ここにきていよいよ王がお姿を現し、あの王がこの国を救うのだ、という印象付けを強固にする」

ガウディウムは小声で、そして早口で答えた。

「それがまた外に、口伝で広まれば、民の期待も一層高まるだろう?」

 この、華族や役人が集結している中で、これ以上つっこんだ会話はできない。カダルフィユも以降は口を閉ざし、叔父、ガイコと共に、王のお出ましを待つ華族達の最前列に控える。

 これは、いよいよお姿を見せるようになった、のではない。お姿を見せるように引きずり出すようになった、ということなのだ。カダルフィユは、背中に薄ら寒いものを感じた。


 程なく、広間の玉座上手側の扉が静かに開いた。ざわついていた人々の話し声がピタリとおさまる。控えていた小姓が扉を完全に開くと、そこに、王の姿があった。

 白いローブを身にまとい、金色に輝く礼冠を被った姿は、まぎれなく王その人なのであろう。背後に黒尽くめの、体格のよい男が控えている。

 王が一歩、広間に足を踏み入れた瞬間、人々は深く、叩頭する。するすると衣擦れの音をさせながら、王はその前を通り過ぎ、階段を上って、高御座の中に納まる。

「一同、面を」

太い声が響く。黒尽くめの男の呼びかけで、人々は叩頭を解いた。しかし、全員面は玉座に向けたまま、視線をそらす。なぜならこの国で、王の姿を直視する=王と目を合わせる、ということは、大変な不敬とされているからである。

 以前まで、王は御簾越しにしか姿を現さなかった。それはこの国の礼儀からいうと当たり前のことだったのだ。王のお姿など、一生拝謁できぬ者もいるであろう中、生身の姿を拝めるという好機に人々が集まるのも分からなくはない。


 だが、カダルフィユは、これは非常に気分がよくないものだと思った。

 ここにいる誰もが、視線を上目、横目に向けて王の姿をを盗み見ている。王に対する礼儀とはいえ、覗き見のような様子はむしろ無礼な行為ではないかと、カダルフィユは思う。

 チラチラと視線を動かす人々の様は、美しいものではない。とはいえ、そういう自分も皆と同様の行為をしているのだ。見ていないふりをしながら、瞳の淵に王の姿を映していた。


 本当に、今、王は見世物として存在していた。ここにいる者は皆、なにか良いことをもたらしてくれる王、という珍しい生き物を見物するために、集まっているのだ。

 王は大層年若い少年だ。現在十六歳になったばかりだから、少年であるのは当然なのだが、それにしても小さいように感じた。御大層なローブに、小さい体が埋もれているようだ。

 ごくたまに所要で、士官学校や軍学校へ赴く事があり、同じ年頃の少年を身近に知っているから、王のその小ささと、分厚いローブを纏っていても分かる華奢な姿は、少女のようにも思えた。

 王と軍人の卵の少年達とを比べるのはどうか、ではあるが。


 ガウディウムが、王前に進み出る。

「王にはご健勝の程何よりとお慶び奉り候。此度此処にて、随軍近衛隊所属拝し、カダルフィユ・レイカース、ガイコ・フートのご挨拶を奉り候。王には何卒、諾されますよう、奉ります」

物々しい言葉回しで、カダルフィユとガイコの挨拶の許可を問う。

「許す」

と答えたその声はとても微かで、耳を澄ませていないと聞こえない、掠れたような声だ。

 深く礼をしてガウディウムは下がり、次はカダルフィユが玉座前に進み出る。

 これから、祝詞を捧げるのだ。祝詞は昨夜必死に丸暗記してきたものであり、正直その内容がどういうものなのかあまり理解していない。この祝詞を聞かされて王が何を感じるのか、嬉しいのか喜ぶのか、信心深くないカダルフィユにはさっぱり分からない。


 カダルフィユはドレープをたっぷりとったマントをふわりと広げ、玉座の前に跪いた。相変わらず、王の顔は見ることができない。

 王のローブ程ではないが、式典用のマントはとても豪華なもので、細かな銀糸の刺繍が入っており、裾が揺らめくたびにキラリと輝くものであった。

 身にまとった白く豪奢な軍服も同様、それらはカダルフィユの意思とは関係なく白獅子」と呼ばれる彼の容姿を、更に際立たせるものであった。そして堂々たる体躯のガイコが続いて跪くと、彼らの姿に、大広間の中にいくつもの溜息が漏れた。

 カダルフィユは跪いて視線を大理石の床に落としたまま、祝詞を奉じ始めた。

「高天原に 神留坐す 神漏岐神漏美命以て 皇親神伊邪那岐の大神 筑紫日向橘小門阿波岐原 禊祓ひ給ふ時に生坐せる祓戸の大神等 諸々禍事罪穢を祓へ給ひ清め給ふと申す事の由を 天神地つ神八百万神等共やに 天の斑駒の耳振立て聞食と畏み畏み白す」

 低いけれども朗々とした張りのある声は、大理石の床の上を流れるように滑って舞い上がり、聞く者の耳を束の間、潤した。


 なんとかつかえずミスせず、朗誦することができた。ホッして、身体の力を抜いてしまう。過去、王に捧げられた祝詞はもっと長いものだったそうだが、想像するだけでぞっとする。これだけでも覚えるのに苦労をしたのだ。

 王城の使いから「唱えるように」とこの祝詞を渡された時は、軍服を見た時同様に、眩暈がしたものだ。無事に奉じ終わった事に安堵しながら、挨拶を続ける。

「御身を守り奉り、且つ我が生命を捧げ奉り候」

「同じく、御身を守り奉り、且つ我が生命を捧げ奉り候」

カダルフィユの背中越しに、ガイコの太い声が響く。

 暫く間があいて、

「きっと励めよ」

という、微かな声が聞こえた。

 

 これにて、謁見と近衛隊の新任を請う儀は終了となった。

 直ぐに王は席を立ち、またするするとローブを引きずりながら、高御座から降りた。そのまま退出するようで、カダルフィユとガイコは跪いた姿勢のまま、その他の者達は再度叩頭して王を送る。

 自分の前を通り過ぎ、王が扉から出ていく時、誘惑に負けて、カダルフィユは少しだけ顔を上げた。

 ちらりと覗いた首筋は、重そうな礼冠を頭に被せた頭を支えるのが大儀そうに、ゆらゆらと揺れていた。纏った純白のローブに負けないくらい、首筋も青白かった。

 視線を走らせて、カダルフィユが認識できたのはここまでだった。

 王がどのようなお顔で、どのような表情をしているのまでは、その背中からは推測することは、やはりできなかった。

 王が完全に退出した後も姿を探していたカダルフィユの視線を、黒い影が遮った。黒い革の上着のその人物は、ぴったりしたパンツもブーツも、腰に帯刀した刀の鞘も黒光りしていた。頭髪も漆黒で、上着の首元からのぞく肌も浅黒い。

 王の護衛か、彼も近衛隊の関係者なのだろうか。

 王と黒い男が扉の外に消えると、扉はあっさりと閉じられた。


 静まり返っていた大広間に、ざわめきが戻る。

 跪いた姿勢を解き、カダルフィユとガイコが立ち上がると、拍手と共に、広間に集まった人々の祝賀を受けた。

 やあやあ、おめでとう、と口々に話しかける人々に愛想笑いを返しつつガウディウムを探すと、彼は既に壁際に移動し、なにやら難しい顔で誰かと話している。

 燕のような口髭の形が特徴的なその相手は、花華の都長、オリミス・アスランだった。そちらに向かおうとする視界の端に、ひらひら手を振る人影があった。それはあの、厚化粧の使者だった。相変わらず派手に着飾り、にやにやしながら手を振っていた。

 カダルフィユはそちらには全く気付かないふりをしようとしたが、そうしなくとも、彼等はあっという間に身動きが取れなくなった。カダルフィユ達の行く手を阻んだのは、波のように押し寄せてきた婦人達だった。

「カダルフィユ様、ガイコ様、ご就任おめでとうございます」

「ご立派でしたわ」

「カダルフィユ様は良いお声でいらっしゃるわ」

「ガイコ様もとても逞しくて素敵だわ」


 笑顔を振りまきながらも、どうも、どうも、と相当に適当な対応をしながら、ぐいぐいと間合いを詰めてくる婦人達の群れを、なんとか突破しようとする。ふと振り返ると、ガイコは花の群れの一つにすっかり呑まれ、今にも連れ去られそうになっているので、慌ててカダルフィユはガイコの腕を取った。

「ガイコ、行くぞ」

「これは残念、隊長がお呼びです。お嬢様方、またの機会にご一緒いたしましょう」

自分を取り巻いていた貴婦人達に、ガイコがにこやかに別れを告げると、名残りを惜しむ、ああん、といった艶めかしい声が上がる。

「お前、鼻の下を伸ばすな」

「伸ばしておりませんよ」

「早速女癖の悪さを発揮するなよ」

「しませんってば」

秋波を送ってくる婦人達の間を縫い、主役の二人はガウディウムの元へ辿りついた。


「おお、ご苦労だったな」

「オリミス様。お越しいただき恐悦でございます」

カダルフィユとガイコはオリミスに敬礼をする。

「二人とも、おめでとう。いや、おめでとうございます、だな。近衛隊長カダルフィユ殿、副隊長ガイコ殿」

「恐縮です」

 花華の都長である、オリミス・アスランはガウディウムの腹心の部下である。ガウディウム直下の花華の代表として、政務と軍隊の両方をまとめている実力者であり、カダルフィユも何度も顔を合わせたことがあった。

「君達が花華を離れたのは、とても寂しいよ」

オリミスは柔らかな雰囲気を纏う、とても穏やかな男だ。年齢はガウディウムと同じくらいだが、落ち着いた、優しげで上品な雰囲気を纏うので、少しだけ年嵩に見える。

 綺麗に揃えられた口髭と、眠たげにも思える柔らかな瞳のオリミスは、非常に男前でもあった。美しい紳士である。

 但し、その肝の内は相当に、強かなやり手である。ガウディウムの側近になるまでに、手練手管でライバル達を蹴落としてきたらしい。政治家という者は、表と裏の両面の顔を持つ事を、カダルフィユもガイコも何度となく見聞きしてきた。


「私の後任のアイヅキ・グラッドストーンはとても優秀な軍人です。何卒、お目をかけてやってください。よろしくお願いいたします」

 カダルフィユの後任は、本来なら副隊長のガイコが繰り上がるのが順当な人事であるが、ガイコも共に招集された結果、分隊長中からアイズキ・グラッドストーンが抜擢された。

 アイヅキは屈託なく陽気な男で、人望があり、腕っぷしも強い。それでいて冷静な判断が下せるという、安心して後を任せられる男だった。

 だが、やはりこの場でそのような会話を交わすと、もう花華に自分の居場所はないのだ、という事が益々現実として感じられてしまい、どうしても寂しい気持ちになる。

 いつまでも引きずるのはどうかと、自分でも呆れてしまう。ドライに切り替えられないのがカダルフィユも自覚する、女々しい部分だった。


 その後暫く、カダルフィユ達は国の重鎮、この王城の主要な役員等に挨拶を続けた。

 というよりも、相手側からこちらに挨拶にやってくるので、若いカダルフィユ達は恐縮するばかりである。二人だけだったらこうはいかないだろう。これは傍に立つガウディウムの威光があってこそだ。

 一通りの挨拶を済ませると、カダルフィユとガイコは近衛隊の宿舎に向かった。既に日はとっぷりと沈み、時刻は夜だ。肝心な、これからの仲間への挨拶が後回しになったのは気が引けたが、これは流れとしてはしようがない事であった。

                         To be continued・・・→



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