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王のサンクチュアリ  作者: 北乃 一
4/10

極秘任務

 この国の歴史は浅い。建国して、来年で五百年を迎える。

 元は戦に敗れた豪族が一族郎党で隠れ住んだ、落人の隠れ里だったのが始まりである。その豪族には5人の兄弟がおり、父王の住まう中央、その他の土地を五つに割り、兄弟がそれぞれ管理した流れが現在も踏襲され、花華(かか)雪晶(せっしょう)星輝(せっき)朔月(さくげつ)宙紫(そらし)の五つの都市、中央に王都、という形成からなる国家だ。成り立ちは落人の隠れ里だったものが、五百年の間に国は成長と拡大を続け、今では他国に比べても遜色ない国家である。


 なぜひっそりと、しかし立派な一国家と成長したのか、それは、現在も続く鎖国制度が大きな理由の一つだった。この国は鎖国制度をとっており、諸外国との国交を断っている。それは始まりの落人達が身を隠していた頃の名残りだが、この鎖国状態が、国を広げた。落人、すなわち敗戦豪族は、北東に標高高く、越えるのが困難な、峻烈な山脈に阻まれた半島に逃げ込んだ。南西は荒い海が広がる、細長い半島がこの国の全貌である。落人は、簡単に人が踏み入れられない未開の土地に逃げ、そこで自国の復興を目指した。当然、自分達の事を他国に悟られてはならない。全ては隠逸に。

 決して、他国の者に発覚してはならぬ。

 決して、他国の者と触れ合ってはならぬ。

 これが一番最初の掟であった。その中で、落ち延びた人々は土地を開墾し、元々技術を持っていた農業を始めとする各産業を広げ、そしていつしか、独自に発展した文化と産業は、国を豊かに育てた。そうして、かつては深い山間の合間に作られた集落だったものが、規模と人口を徐々に増加していったのだった。

 

 運がよかったともいえる。その頃、他国は長い戦乱状態に入っており、未開の山奥で密かに復興を遂げつつある小国のことなど、気づいてもいなかった。また、うっかり迷い込んだ他国の者は容赦なく始末された。密かに国から出て行こうとした者達も同じく、始末された。徹底した鎖国、技術の拡大、人口の増加、諸外国がそれと気づいた時には既に、この国は小規模ながらも国家として成長していたのだった。


 始まりの国王以下の五人の兄弟の血を引く一族が、華族と呼ばれる特権階級である。そして主にそれら貴族が、各都市の長として存在する。

 筆頭元首である、ガウディウム・シスが花華・雪晶、第二元首オルレリヤ・キリヤが輝・朔月、第三元首エリオン・マ・サマが宙紫を各自の管理下とする。

 実務を行うのは各都市に都長、その下に都の政務を司る政務長、防衛、治安維持を担当する軍事長、という流れがざっくりとした全体の組織となる。

 王も変わらず在位してはいるが、その存在は国の象徴としてのもので、政治には不介入だ。王は何らかの式典や行事の時のみに姿を現すのみで、通常はガウディウムを始めとする元首が、通称「中央」と呼ばれる王都に座し、彼らが中心となって、国全体の政治経済を司どり、動かしていた。


 国を発展させた一因である鎖国は、引き続き実施されていた。但し、今となってはこれは殆ど建前であって、外国と商品売買の取引をする者や、密かに移り住んでくる者などは多数存在する。

 豊かになったこの国を目指してくる者は多く、それもまた技術の発展と人口の増加に拍車をかけた。もちろん、禁を破ったことが表沙汰になれば罰せられるので、一応は秘密裡である。そういった違反者や、犯罪者を取り締まる、所謂治安警察の機能を、軍が担っていた。


 最早あってないような鎖国制度を正式に廃し、諸外国と正式に国交を交わすべきとの声も多く、その改革の先鋒者はガディウム・シスである。とはいえ、裏では活発だったとはいえ国は外国と交流がなくとも国は十分に豊かだった。規模としてはまだまだ小さな国であったが、国民の生産率も所得率も高い、とても豊かな国に育っていたのだ。


 ところが、建国から五年目が近づくにつれて、雲行きが怪しくなる。

 天候の不順が続き、農業、林業、酪農業などが打撃を受ける。山火事が発生し、広大な土地を焦がした。湧き出る水の水量が目に見えて減ってゆく。干ばつ、地揺れが頻発。かと思えば激しい雨が何日もやまず、作物の根を腐らせ、川を氾濫させた。

 少しずつ、民の生活は荒れ、犯罪が多発し始めた。また、この機とばかりに他国からの侵攻がたびたび起こり、外敵及び国内での犯罪に対する軍隊の動きは、各都市とも慌ただしい。国の政府、中央は常に緊張状態にある。

 そして、十八代目の王が即位直後、若くして急逝、後を追うように王妃も死亡するという不吉な出来事がおこり、国内の動揺は、更に広がった。

 順調に発展の道を歩んでいた国が転んだ。転んでできた傷は拡大を続けている。それは他人事と、のんびりと構えていた者も、無視できないほどの殺伐とした空気を感じていた。


 そこで、にわかにひとつの歴史書に注目が集まる。それは王城の書庫の隅でひっそりと眠っていた、青史だった。始まりの王と五人の兄弟により建国の成り立ちが綴られた、学校の授業で教えられるような平凡な内容が綴られた、古い古い歴史書だ。

 なにもなければ、頁をめくり直ぐに書架に戻されるような歴史書に、不思議な一編が記されていた。


一. 国のいのちは五百年

一. いのちは禊で蘇る

一. 贄で禊は為終える

一. 贄断書

    壱 五百年目に満十七歳になる男児であること

    二 両瞳を琥珀を持つ者であること

    三 頭髪が銀鼠であること

    四 生まれ日は新月であること

一. 贄は王の席に座る

一. 王が動くまで国は臥せ


 青史の作者は不明、書体や紙の保存状態からみて、建国時、国が樹立した頃には既に人の手に取られていたであろう年代ものの書物ではある。真偽の程は、全く定かではない。


 だが、今の混乱が渦巻くタイミングで、この青史が現われたのは何故か。今まで誰にも発見されることのなかった歴史書が、一体何故、どこから、そして誰が持ち出したのだ?

 不可解な事ばかりであるが、このひょっこりと現われた青史に綴られた条件に、合致する男児がいるのなら「いのち」「禊」「贄」などのうさんくさい言葉が、真実味を帯びる。

 はたして、その男児を探し出さなければ、青史の予言通り、国は五百年で消滅してしまうのだろうか?

 急逝した八代目の王は、王家の血筋だった。幼い頃から虚弱で、妻を娶ってはいたが、子をなすことなく死んでいった。本来であれば、王の血筋に近しい跡継ぎの王を据えるべきなのだが、王の席は空席のままだった。政治的発言権のない王の席が空いたままでも、全く影響なく国は動くのだ。故に、後釜の王を据えるのは、後手後手に回されている状況だった。

 しかし、当時の中央は焦っていた。なんでもよいから、混乱を落ち着ける打開策が欲しかった。中東は半信半疑ながら、贄に該当する男児を捜索した。程なく条件に合致する男児が発見される。


「それが現王、ヒュリ・ユヒ様だ。発見された当時は七歳におなりだった」

 あっさりと発見された、贄の条件に合致する男児、ヒュリ・ユヒ。

 彼は有無をいう間もなく、王城に連行された。そしてそのまま、空位であった、新王の座に無理矢理、即位させられた。

「私も、新王即位時は、よく覚えています。即位式も何もなく、いきなり、謎めいた少年王が即位したもので、先王の息子なのか、でも御子の話など聞いた事はないしで、学校でも皆その話題で持ちきりでした」

「政治不介入であっても、いつまでも王の席が空いたままというのも、民の不興を煽るかもしれなかったからな」

ガウディウムは僅かに声をひそめる。

「王はただの国の装飾であるから、誰が即位したとしても実務には困ることはなかったというのが実情だ。誰がなっても一緒なのであれば、いっそのこと駒に使おう、ということだ」


 ガウディウムも前王即位時はまだまだ、若い政治家だった。そんな正体不明の、突拍子もない一編を、さも大事に扱う老人達が、滑稽でならなかった。

 だが、ヒュリ王即位の結果がどうであれ、その一編が真実であると民に知らしめ、信じさせれば、国の混乱も少しは緩和する可能性はある。まずは、民を静めるほうが先決だ。

 終わりの見えた厄災なら、耐えて受け入れられるであろう。

 ヒュリ王の件は、絵空事以外の何物でもないが、それでもメリットは大きい、とガウディウムは判断した。

 彼は王の即位後、間髪をいれず、国民に向けて密かに噂を流布した。

 新王ヒュリはこの厄災を祓う、不思議な力をもっている事、王がその身を犠牲にして、厄災はいつかは必ず終わる事・・・それらを上手に、じんわりと国民の心に浸透させる作戦だった。

 まことしやかな口伝えが、国民の子供の果てにまで広がった頃を見計らい、国民に向けて正式に、そして大々的に宣布をした。


 建国五百年に「国祥の儀」を執り行う。

 それは新王ヒュリがその御力と身を持って厄災を祓う儀式である。慶事をもたらした後、ヒュリ王は退位される。

 当初、いきなり登場した少年王に戸惑い、不信感を抱いていた国民は、噂は真実であったかと打って変わって即位を喜び、停滞していた不穏な空気は一時、明るいものになった。これは全てガウディウム・シスの手腕による。

 宣布以降、ヒュリ王は殆ど神のように崇め奉られる存在となったのだった。


「来年、十年目を迎えようとしている。五百年目、ヒュリ王が十七歳、青史に書かれている通りのものが出揃う」

「その、ヒュリ王は・・・本当に本物の王、なのでしょうか?」

ガウディウムは、「王は本物か」という問いには答えず、

「ヒュリ王は王位につかれて暫く後、国祥の儀を執り行うと、つまり『禊』を行うとご自分から宣言されたのだ」

「その、『禊』というものの内容とはどのようなものなのですか?」

「何者かにヒュリ様が喰われると」

「喰われる?」

カダルフィユと、それまで黙って話を聞いていたガイコも揃って声を上げる。

「『贄』だからな、ヒュリ様は」

「その話は、王はご納得されているのですか?」


 王城に引っ張られた時から、いや、王城の者に発見された時からヒュリ・ユヒは冷静だった。たった十歳の子どもと思えない程冷静で、驚くほどに落ち着いていた。親と隔離され不安と悲しみと恐怖の中に放り出されたはずなのに、そのような素振りは一切見せず、いっそ不気味な程落ちつで、大人達の指示に素直に従ったのだった。全く、自分の運命を既に承知している者の態度だった。そして、そんなヒュリの様子は、あの胡散臭い一編が、もしかしたら真実であるかもしれない、と思わせた。


「納得もなにも、ヒュリ様がご自分で宣言されたのだ。『禊』とはヒュリ様が神の贄に、その名のとおり、生きた餌として喰われることだ、と」

「その神とは?そしてヒュリ様には一体どのような御力があるのでしょうか。喰われるとは、何かの比喩ではなく?」

「その神が何者かも、ヒュリ様の御力についても、まだ言えないと。表向き、我々はまだ知ることはできない」


 なんということだ。

 あまりに荒唐無稽な話に、現実主義のカダルフィユは大分混乱してしまった。蓋を開けてみればこんなにあやふやで不確かな話を、王は国を救うと民は信じ、希望を一心にヒュリ王に被せているのだ。このストーリーが、誰かが仕組んだ壮大な嘘である、と種あかしをされたとて、それも納得せざるを得ないような、おぼろげな状態だ。

 この国は、なんと薄氷の上に立っているのだろうか。張られた薄氷は力のバランスが崩れると、一瞬にして、壊れてしてしまう。

「その、実は全て王の虚言という事は、ないのでしょうか・・・」

先程のガウディウムと同様、カダルフィユも声を潜めて尋ねた。

「その可能性を大いに疑って、何度も調査をしたのだよ。だがいくら調べてもヒュリ王の背後に何者かの後ろ盾も見えてこない。たとえ王自身が一芝居を打っているとしても、別に利得がない。この十年の間になにかが動く気配もない。だから我々は、伝承に記されている五百年目、ヒュリ様が十七歳を迎えるまで、待つことにしたのだ」


 カダルフィユの横で、ガイコがフーっと細く息を吐いた。ガイコの溜息は、テーブルの上に上品に設置されたナフキンを、微かに揺らした。

 ガイコを横目で見ると、彼も同じく横目で視線を合せてくる。お互いに無言だったが、何を考えているかは手に取るように分かった。ガイコは深刻そうな、それでいて吹き出しそうな、困ったような、なんともいえない表情をしていて、それはきっと、カダルフィユも同じ顔をしているのだろうと思う。


「それは例えば、国祥の儀を執り行った後も、何も起きなかった場合はどうなるのでしょう?」

 仮に、ヒュリ王がとんでもない大詐欺師で、出鱈目の青史を書庫に紛れ込ませ、そして十年間の王城での贅沢を目的に芝居をしていたとしたら、五百年及び自分の十七歳の誕生日前に、逃亡を図ったとて不思議ではない。それはそれで、齢十歳から大詐欺を働いていたのか、という問題はあるが。

「どうにかしていただくんだよ」

がぶりと高級な茶を飲み干して、ガウディウムは珍しく、やけくそのように言った。

「絶対にヒュリ様には希望の象徴として、何等かのアクションを起こしてもらわねばならない。逃亡はは許されない。事と次第によっては、民衆の目の前でヒュリ様を、熊の檻にでも放り投げねばな」

 叔父上は物騒な台詞を吐いた。


「民とて、なにもかもを信じている訳ではあるまいよ」

「というと?」

「心の拠り所をヒュリ王にして、苦難から目を逸らしているだけだ。もうすぐ安寧の世に王がしてくれるはず、だから自分達はそれを待つのみでいい、という責任回避、逃避に王を使っているだけだ。まあ、それにより民が鎮まってくれている事は、私達の目的通りだから、今はそれで良い」

「それは、わかりますが・・・」

「だが恐ろしいのは、その期待が外れた時だ。先程お前も言ったが、国祥の儀を終えて、なにも状況が変わらなかった場合、民は一気に王と国に責任をなすりつけて、責めたてるだろう。きっと王が厄災そのものである、という掌を返したような声もあがるだろう。民衆の不満や怒りがどのような形で噴出するか、暴動や動乱の想定はしているが、必ずしもそのとおりであるとは限らない。そうなる前に、なんらかの落としどころを用意して、民を鎮められるように、準備をしておかなければならんのだがな」


 いよいよ、建国五百年を次年に迎え、国祥の儀が行われる。

 王が今まで王城の奥深くにお籠りあそばしていたのは、厄災を祓う為の御力を強大にし、蓄積していらした為。粛々と国祥の儀の準備は進行している。民の前に王がお姿を現し、厄災を祓われるのはもうじきに。民を苦しめる厄災は、もうすぐに終わるのだ。

――尚もそのように、民の心に刷り込み、信じ込ませる。中央は、ある種の洗脳にも近い事を、この十年あまり施してきたのだ。

 国祥の儀は必ず執り行う。象徴たるヒュリ王には、それに見合う成果を上げていただかなくてはならぬ。それは必ず、お命を懸けても。


 叔父が淹れた茶は、大分温くなっていた。茶の色は風雅で鮮やかな緑色だ。

 ガウディウムの話が一旦終了し、カダルフィユは眼の前の茶のカップを凝視しながら、しばしもの思いにふけった。

 これまで、御簾越しにしか拝見したことがない、ヒュリ王の姿を思い出してみる。小さなシルエットだった、という印象しか浮かんでこない。

 ヒュリ王はこれまで、どのような式典や行事であろうと、その姿を衆目に晒したことがなかった。いつも御簾の向こうに鎮座しており、カダルフィユ程度の役職の者では、その姿を直接拝見するなど、許されるものではなかったのだ。

 近衛隊となったからには、王に直接お目にかかる機会は、幾度もあるだろう。その時、自分はどんな顔をしてしまうだろう。尊敬だろうか。猜疑だろうか。それとも、憐れを込めた表情になってしまうだろうか。


「ここまで、よいかね?次に今回の異動の件なのだが」

沈黙を破り、ガウディウムが話を再開した。が、すぐに言葉を切って、しばし何かを考えるように、顎を撫でさすった。カダルフィユ達は大人しく次の言葉を待つ。

「これから話すことは、特に内密に」

 ガウディウムはテーブル越しに顔を寄せて、声を潜めた。内密、というフレーズに俄かに緊張感が走る。カダルフィユとガイコは自然と背筋を伸ばした。


「前近衛隊隊長はヴェルタ・イリスという男だった。彼は宙紫の出身で、宙紫(そらし)の士官学校を卒業後、王都の近衛隊に入隊した」

 ヴェルタ・イリスは宙紫の大華族の子で、士官学校から王随軍近衛隊配属というエリートコースに相応しい血筋と能力と、外見を備えていた。ヴェルタはとんとん拍子に昇格し、過去最年少で近衛隊隊長となった。

「ヴェルタは美しい男だったよ。なんというか、妖艶、傾城というか、一見女性のようで、最初はダブルかと思った程だ。同じ麗人でも、お前とは全く違うタイプだったな」

 ガウディウムがちらりと視線を寄越すので、別に俺は麗人じゃないです、と心の中で反論した。

 最年少での就任ながら、ヴェルタは近衛隊をよくまとめていた。ヴェルタは王の護衛はもちろん、雑多な任務をしっかりとこなし、上からも部下からの信頼も厚かった。

「ヴェルタが隊長に就任して三年程経った時、事件がおきた。彼は事もあろうに、ヒュリ王の暗殺を図った。これが、つい先日、起こった事件だ」

「なんと」

「この事は、公にしていない。極秘にしている。ヴェルタは王のご就寝中を狙って襲撃したが、王の寵姫に撃退された」

「寵姫?」

「マライカ・キキ。この後すぐに、お前達も顔を合わせるだろう。まあ寵姫という名の、王の直近の侍従にして護衛だ。そのマライカ様に深手を負わされたヴェルタは、城内を逃亡し、追い詰められ最終的には、物見の塔から身を投げた」

思わず息を飲んだ。先程、入城する前にぼうっと眺めた白い塔。近衛の前隊長はあそこから、身を投げたのだ。


「ヴェルタは死亡。遺書などはなく、王の暗殺を謀った理由は今のところ不明のまま。そして、ここでもうひとつ問題が起きた」

ガウディウムは顔をしかめ、また顎を撫でた。

「第三元首、エリオン・マ・サマが行方不明となった」

 ヴェルタの襲撃、その死亡と時を同じく、第三元首エリオン・マ・サマが突然姿をくらませた。エリオンの管理下は宙紫、ヴェルタの出自は宙紫の貴族だ。これらは偶然の一致であろうか?ヒュリ王暗殺未遂の背後に、急に行方不明になったエリオンの存在があったのでは、と中央は疑い、直ちに宙紫に斥候を放った。が、未だにエリオンの行方は判明していない。


「それはヴェルタ・イリスとマ・サマが繋がっていたということなのでしょうか」

うーん、とガウディウムは唸りながら顎をゴリゴリとさすり、ほんの少し躊躇する様子を見せた。

「これはなんというか、噂の域なのだが」

「はい」

「実は、マ・サマとヴェルタが恋愛関係であったという話もあるのだ」

「はい…ええ?男同士で?」

ちょうど茶を飲みかけていたガイコが、ブフッ、とむせた様な奇妙な音をたてた。

「二人の関係には根強い噂があってな。ヴェルタが死んで、マ・サマが姿を眩ませた今は、確かめるすべもない。ただ、ヴェルタが近衛隊隊長になった折には、マ・サマの強力な後押しがあった。同じ宙紫の出身者で、それに前王の妃はマ・サマの従妹君だったから、猶のことヴェルタを、直近の近衛隊に据えたかっただけかもしれない」

「はあ…」

「マ・サマは引き続き捜索中である。現在、宙紫は私の管理下においたが、諸々の政務は都長のマサチカ・セトが変わらずに遂行しているので、今のところ特に混乱はない」

「宙紫の都長は、マ・サマ元首の行方を御存じないのですか?」

「もちろん、そこは疑っている。セトだけでなく、宙紫の政務長に軍務長他の役職者には、現在四六時中、斥候が張り付いて監視をしているよ。まだ誰も尾っぽを出さんがね」

ということで、王の暗殺未遂の理由、首謀者などは未だ解明に至っていないのだった。

「この事を知っているのは、王と寵姫以下元首と各都長、そして近衛隊だけ。箝口令を敷いているが、いつどこで漏れるか、わからん状況ではあるな」


 まさか王都でそのような事件が巻き起こっていたとは、カダルフィユもガイコも全く知るよしもなかった。

「中央でそのような事が起きているとは、全く存じ上げませんでした」

「これは本当に直近の話だからな。お前達に辞令を出したのは暗殺事件直後だ。王の警護のため、ヴェルタの後任が早急に必要だった」

「残された近衛隊の中からの昇進というのは、やはり不安ということですね」

「そのとおり」

部下からの信頼も厚かったというヴェルタ・イリス。残された隊員の中に、彼の信奉者がどれだけいるだろう?ヴェルタの意思を継ぎたいという者も、存在しているかもしれない。

「本来なら、そんな不始末があれば隊員全員、総入れ替えだ。だが、まだ王を狙った理由と黒幕が不明の内は、他の隊員を泳がせて情報を得たい」

「わかりました。納得いたしました」

やっと、叔父がいきなり自分達を呼び寄せた理由が分かった。


「つまり、私達の任務の中には、近衛隊員の中から王暗殺未遂についての情報を引き出すよう、探りを入れるという事も含まれているのですね」

「察しがよくて、助かるよ」

ガウディウムはにやりと笑った。

「だが、それだけではない。お前は、現王退位後はどうなるのか、と聞いたな」

「はい」

「ヒュリ王退位後、私は無駄な王制を廃し、元首を代表とした、簡潔な国制にしたいと考えている」

 それはいずれ、遠くない未来にそうなるであろうとカダルフィは思い描いていた。だが、いざそれをはっきりした宣言で耳にすると、いやおうなしに血が沸くような気持になる。

 叔父はそれこそ口に出してはいないが「元首が国を治める」つまりは筆頭であるガウディウム・シスが国の代表となる、という事を言外に表わしたのだ。

「その際は、是非ともお前達に傍にいて欲しい。その意味も含めて今回、お前達にこちらに来てもらったのだ」


                  To be continued・・・→


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