王城にて
馬車の窓からの景色を眺めながら、あの執務室の大窓から、名残り惜しく見た花華の街並みを思い出す。
カダルフィユが生まれ育った花華は、決して風光明媚な土地ではなかった。しかし彼は、製鉄所が建ち並ぶ光景を美しいと思い、こよなく愛していた。特に夜になると、製鉄所の至るところから吹き零れる橙色の炎が美しく瞬き、まるで手に届く星がそこにあるようで、時間を忘れて眺めていられる光景だった。 そして、武器の製造場。特に刀鍛冶の作業を見るのは楽しく、帯刀する刀のメンテナンス時は、必ず自ら鍛冶場に足を運び、メンテナンスが終わるのを待つ傍ら、赤い鉄が美しい銀の刀に徐々に化身していく様を飽きることなく観察した。
外の世界がこんなにも荒れていく間も、花華は都市としての機能を失わなかった。製鉄と水による、恵まれた生活と生産を行っていのだと、改めて幸せだった環境を思う。
不意にあのいやらしい爺使者の事も思い出して、不快感が蘇った。なにが王のお種だ。馬鹿馬鹿しい。
「ははは、まだ怒っていなさる」
ガイコがまたのんびりと笑った。このガイコはいつも穏やかで、凪いだ湖面のような平常心を保っている。すぐにカリカリクヨクヨする性格のカダルフィユとは、正反対の男だった。
「まだ、怒り足りないくらいだ」
「まあまあ、そろそろ王都が近づいてきましたよ」
「お前は呑気だな」
「呑気で悪いことはありますまい」
「うるさい、馬鹿」
完全な八つ当たりである。
「正体不明で訳のわからん王様に使えるのだ。しかも来年には退位する、謎ばかりの少年王に」
「しいっ。聞こえますよ」
ガイコは唇に人差し指を当てながら、御者台の方に視線を走らせた。車の外の御者台には御者と、迎えの従者がいる。
「ふん、聞こえても構わんわ」
組んだ脚を組み替えるついでに、わざと車内の壁を蹴り飛ばした。ここでいくら文句を言ったとて、従者も御者にもどうすることもできないのは百も承知だ。
いい大人がこのような駄々を晒すのは情けないのも分かっている。まるで餓鬼の振る舞いだ。この派手な白い軍服、磨きあげられ傷一つないブーツが、これからの自分行く末をつまびらかに示しているようで、カダルフィユはそれから目をそらし、横に置いた自身の刀の柄をそっと撫でた。
王都外壁が彼方に姿を現してから、実際正門を通り抜けるまで、さほどの時間はかからなかった。
王都、といってもかなり規模は小さい。花華のほうがよほど巨大な外壁に囲まれた大都市だ。ただし、王都の外壁は二重に張り巡らされている。どのような嵐や地鳴りが来ても、どれ程凶暴な賊が来ても、王都を完璧に防護する強大な砦だった。これからカダルフィユが仕える、国で一番尊い王は、その堅牢な繭の中で守られていた。
王都外壁の大門で入都するための検閲を済ませ、無事に王都の中に入ると、とたんに辺りの風景は一変した。
花華を出てから初めて人に出会った。いや、人の姿どころか、溢れる程の群衆は城壁内を行き交い、大通り沿いに並ぶ市や屋台に群がっていた。人々は小綺麗な服を纏い、なにやら楽しそうに闊歩している。物売りの威勢の良い声が聞こえ、車内にも活気ある空気を伝えてきた。馬
車が進む道は石畳で舗装されたものとなり、馬車は心地の良い穏やかなゆらぎを伝えてくる。 街路樹の緑が日差しに照り映え、石畳の通りの道端の花壇では色鮮やかな花を咲かせていた。心なしか、空気までもほのかに甘く、温かい。
分っていた事ではある。が、先程までの何も無くなってしまった荒れ野から、まるで魔法をかけられたように変化した風景に、カダルフィユは言葉もなかった。
ちらりとガイコを伺うと、彼も腕を組んでなんとも言い難い表情をしており、思うところはカダルフィユと同じようであった。王都内部は、荒廃とはまだ無縁であるということだ。水の貯えも潤沢にあるようだ。半日運ばれてきた、あの乾いた道程が嘘のようだ。
にぎやかな王都の大通りを抜け、馬車はいよいよ王城に近づいていった。
王が住まう王城は、王都の中央の小高い丘の上にある。城は都市を囲む外壁と同じ高さで囲われ、都市の外壁にも増して強固な石で組まれており、王に害なす者の侵入を拒んでいた。
王城の正門で二度目の検閲を済ませ、城内のうっそうとした森を抜ける。続いて深く掘られた空堀、そして跳ね橋を渡ると、王の居城の敷地内となる。
馬車が停車したのは城の前に広がる、広大な庭園だった。
漸く目的の場所に到着した。狭い馬車から解放され、地上に降り立った二人は、揃って深呼吸をした。肺一杯に吸い込んだ空気は澄明で、空気を吸うだけで身体を清浄にしてくれるように感じられる。
従者が城内に、カダルフィユ達の到着を知らせるのをしばし待つ。
深緑の森に囲まれたこの城。広大な庭園と美しく手入れされた庭樹、輝く真っ白な敷石で埋められた広場、そして涼やかな音を奏でながら吹上げ、また水面に落ちる噴水など、それらどれもが先程通ってきた赤い荒野が幻だったように思わせる。先程通ってきた街並みをそうだが、この王城の緑を維持できる程に王都は水を蓄えている。なんとも平和な事だ。
水音以外の音がせず、ひっそりと静まりかえる広場から、カダルフィユは王の壮麗な居城を見上げた。
王は過去に何回か訪れたことがある。建国の式典などの公的な業務に出席しただけで、その時は特に楽しかった訳ではないが、それでも滅多に入場できない場所なだけに物珍しく、また城内至る所の凝った装飾、絢爛豪華なホールや輝く宝石で彩られた調度品や家具などに、目を奪われたものだった。
王の居城は純白の壮麗な建物だ。入城するには、手の込んだ透かし彫りが施された、白い大理石のアーチをくぐり、同じく繊細な彫刻と煌めく水晶が埋め込まれた大階段を上る。その大階段は城の正面入り口まで続いている。
正面の入り口を中央にして、館の壁面には数えきれない数の窓が、整然と並んでいた。そのどれもが美しい飾り窓で、まるで絵画の額縁が並んでいるかのようだ。クリームのように間を埋める漆喰の壁が、目に眩しいほどの白さだ。
城の上部に張り出した屋根の軒先にも、おそらく彫刻の装飾と水晶が施されているはずだが、遥か下からはそこまで確認することはできない。館の中央にそびえる円柱の高い塔が、美しさだけでない威圧を見るものに与え、それに寄り添うように、物見の塔が建っている。
大階段の先のファサードは、柱頭飾りが美しい柱が整然と建ち並ぶ。その奥に、城の正面入り口が鎮座している。普段は白木の巨大な扉でぴったりと閉じられているのだが、本日は新しい住人を迎え入れるかのように、開放されていた。
大階段の下から見上げると、玄関ホールの天井に描かれた天井画が少し覗けた。ドーム状の天井に描かれた画は青空と陽と、勇ましい龍が見事に描かれたものだ。
「やあ、お前達、よくきたな」
太く通る男の声が、城の前に立ち尽くしていた二人を迎えた。
「カダルフィユ、ガイコ」
輝く大階段の上に壮年の男が姿を現した。
「お久しぶりでございます、ガウディウム様」
カダルフィユとガイコは、踵を合わせ、最敬礼をとった。
「そんなに畏まらずとも」
にこやかに笑いながら階段を下りてきたこの人物こそが、カダルフィユの望まぬ人事異動を決めた人物、ガウディウム・シスだった。
ガウディウムが同じ地面に下りてくるまで、カダルフィユ達は最敬礼のポーズを崩さなかった。
「元気だったか、二人とも。おやガイコ、またお前、背が伸びたのではないか?」
同じ目の高さに来た叔父は、近くで見ても驚くほど、変わりがなかった。最後に顔を合わせたのは何時の時だっただろう。一年以上は経過しているだろうが、相変わらず、恰幅がよく押し出しの強い、活力に溢れた紳士だった。
とはいえ、少しばかり記憶よりも、頭と口髭に白いものが増えたような気もするが、ガウディウムが放射する威勢あるオーラは、以前よりも尚一層迫力を増しており、ひっそりとしていた空気を一変させるつむじ風だった。若い二人はその勢いに圧倒されてしまう。
「御自ら、お出迎えいただき恐縮です」
「なあに、カダルフィユの拗ねている顔を早く確認したかったのだよ。お前が機嫌を損ねてぷりぷりしているらしいと聞いて、慌てて駆けつけてきた次第だ」
そんな風に明るく言われてしまうと、こちらも毒気を抜かれて、苦笑してしまうしかない。ガウディウムはそのように、陽気な空気と巧みな弁説で人を煙に巻くのが得意だった。
「改めましてカダルフィユ・レイカース、参上いたしました」
「同じく、ガイコ・フート、参上いたしました」
よし、よし、とガウディウムは満足そうに頷いた。
「言いたいことは山程あろうが、ここでお前の文句を聞くのはまずいからな。先ずは中に入ろうか」
カダルフィユ達は最敬礼を解き、ガウディウムに促されて漸く、入城したのだった。
城内は静かだった。
ガウディウムの後に続きながら、訝しい気持ちになる。以前訪れた時もこのようなものであったろうか。 広い廊下に、カツカツと靴音が響くのみ、さざめく人々の話し声も聞こえてこない。
ガウディウムの執務室にたどり着き、カダルフィユが真っ先に訪ねたのはその事だった。
「警備の者が見当たらないようですが?」
「お前は、茶の支度をするのも待ってくれんのか」
ガウディウムは呆れたようにぼやいた。
「私がご用意します」
ガイコが手伝おうとするのを制し、ガウディウムは自らで茶の準備を始めた。
「ガイコは座っていなさい。その白い軍服に茶の染みをつくりかねん」
「はっ、申し訳ありません」
ガイコは頭をかいて大人しく引き下がる。
この国の人間は茶が好きだ。茶は人々の生活と共にあるものだった。会議や仕事、仲間との会合やや食事の時など、必ず茶を飲みながら、というのが常だ。茶葉は国の特産物だ。
ガウディウムが茶葉に湯を注ぐと、馥郁とした香りが立ち上った。碧玉露か、珠緑茶か、とにかく香りだけで高級な茶葉と分かる。
ガウディウムが淹れた茶を囲み、カダルフィユとガイコ、共にテーブルを囲むと、途端に懐かしい雰囲気となる。
ガウディウム・シスはカダルフィユの亡き母、エマの弟だ。
エマは、カダルフィユが幼い頃に、流行り病でこの世を去った。カダルフィユの父、ジートゥ・レイカースとガウディウムは非常に仲が良く、エマの死後も本当の兄弟のような交流を続けていた。
ガウディウムは政治家、ジートゥは軍人、文官と武官として、国家の職務で繋がっていた部分があった事も大きい。
カダルフィユの父、ジートゥ・レイカースは 花華の貴族の大家出身で、高位軍人だった。しかし、ジートゥは、十五年程前の任務中に負傷し床についたまま、帰らぬ人となった。
その後カダルフィユが若くしてレイカースの家督を継ぐ事になり、ガウディウムはその後見人と成った。家督を継いだといっても、カダルフィユはほんの十歳になるかならずかの年齢だった。資産や領地、使用人の管理など出来ようもなく、それらの全ては、ガウディウムが代理で引き受けた。
赤ん坊の頃からガウディウムに可愛がられていたカダルフィユにとって、彼は父同様の存在だった。いや、子供から大人への成長の課程、自意識が揺れ動き、煙のように霧散する時期に、多大な影響を与えたのはガウディウムなので、ある意味、父以上の存在なのかもしれない。
ガウディウムの比護を受けながらカダルフィユは育ち、いつしか家を継ぐと同じく、父と同じ軍人を目指すようになった。その頃既に国の政治家として地位を築いていたガウディウムに恩返しを、父と同じ軍人となって、いつかガウディウムと同じ目線で、国や政治について語り合いたいと思ったのも一因だった。
ガイコ・フートはカダルフィユの乳母、ウヅキの息子だった。
カダルフィユよりひとつ歳上で、共にウヅキに育てられた二人は乳兄弟であり、ガイコはカダルフィユの世話係という役割があった。そしてまた、ガイコもガウディウムにひとかたならぬ世話になっている。
身分的にはレイカース家の使用人であったが、日々の生活は勿論、勉学に至るまでガイコ、ウヅキ親子が不自由なく暮らせたのは、ガウディウムが細部渡り気を配り、采配したお陰である。そして、ガイコがカダルフィユより一足先に士官学校に入学する際は、やはりガウディウムが後見人となった。
要するに、カダルフィユとガイコは国の有力者であるガウディウムの厚い比護の翼に守られて育ち、学び、彼等にとってガウディウムは頭の上がらない大恩人であった。また、ガウディウムが国家の筆頭元首となった現在は、遥かに高位にあたる、二人の上司でもあった。
だからこの顔合わせでテーブルを囲むという事は、懐かしい団欒を思い出させる。食事をしながら、茶を飲みながら、まだ少年だったカダルフィユとガイコが、国の政治や軍部の話を教えて貰ったり、逆にガウディウムが学業や学校の話を聞きたがったり、それはお互い離れて暮らすこととなった日まで、頻繁にあった団欒の光景だった。
ガウディウムは貴族階級のカダルフィユと一般庶民であるガイコを分け隔てなく、平等に扱った。そのことは、彼等の性格の美点を上手に伸ばした。
カダルフィユ・レイカースは、繊細で神経質な子どもだった。だが、自身が貴族であるという選民意識に囚われぬ、幅広く柔軟な物の考え方ができる人間に育ち、誰とでも対等な目線と考えを持って話せることができた。
小さな物事にも真摯に対応する生真面目さがあるが、困難にぶちあたると必要以上に悩みぬく性格でもある。おもしろい冗談など言えないタイプだが、温厚で誠実な人物なので、敵はつくらないタイプでもあった。
そして、物事を柔軟に捉えられる目線は、自身の「ダブル」という特性にあまり縛られずに生きることに役立った。
ガイコ・フートは陽気で自由な本質ながら、控えめで思慮深い部分が磨かれた。本来ならただの使用人の子に過ぎないガイコにとっては、恵まれ過ぎた待遇で成長した。その為に増長してもおかしくない生活環境だったのだが、本人の持つ良い性質もあり、常にガウディウムとカダルフィユを主とし、感謝と心配りを欠かさない青年に育った。
仮に、ガイコが身に余る環境を当然のものとして享受し、立場を取り違えた態度をとるような質の良くない者であれば、ガウディウムは即刻切り捨てたであろう。ガウディウム・シスはそういう、政治家らしいバランス感覚と冷徹さを持った人物であるのを、二人はよく知っていた。
繊細で生真面目だが温厚なカダルフィユと、明朗快活で陽気な、しかし道理をわきまえてているガイコという、幼い頃から共に成長してきた二人の性格は、全く違うものだった。しかし違うからこそウマも合うのか、たとえ大喧嘩をしたとしてもすぐに仲間直りができる、大事な親友であり、兄弟だった。
そんなガイコが今回の異動に一緒に付いてきてくれた事が、カダルフィユの心の拠り所だった。
花華軍陸護部隊隊長から、王都随軍近衛隊隊長への異動。
随「軍」といっても、実態はない。その中身は、少人数で編成された王直属の親衛隊、それが近衛隊だ。カダルフィユとガイコが所属していた花華の軍隊とは、規模も任務内容も違う。
軍隊はその名の通り一軍を率いて国の為に戦い、民を守る為に働くもの、近衛隊は王の、王のみの為に剣を振るうもの。
それは、本来なら喜ぶべき昇進であった。役職でいえば、王直下の近衛隊隊長は元首と同じ位にあたるからだ。一都市の軍隊の一個隊長から比べれば、とんでもない大出世である。
この人事を快く思わない者が多数存在するであろう事は、予想がついている。いきなりの出世について、それを操っているのは間違いなくガウディウム・シスであり、はたから見れば縁故故の抜擢だ。それに対する風当たりは、きっと花華にいた頃よりもより強くなるだろうと覚悟はしている。
カダルフィユは、幼い頃より自分に対する嫉妬の類には、慣れっこだった。恵まれた出自、優れた容姿と体躯は、周囲の者達の羨望を集める一方、妬み、嫉みの格好の的となった。
男の嫉妬は時として、女よりも苛烈なものとなる。だが、どんなに「七光り」と陰口をたたかれようが、自分の地位に見合う実力を持っていれば、いずれと周囲は黙るものだ。「白獅子」という通り名は好きではないが、そう呼ばれても恥ずかしくない実力と成果を発揮して、カダルフィユは周囲の雑音をねじ伏せてきたのだ。
そんなことよりも、軍の任務から離れる事がただただ、残念だった。花華を護る為に刀の腕を鍛え、民の平和を護り、維持する。国全体が荒れている今だからこそ、軍人として腕を振るえる事が多々ある時に、王城へ召し上げられる事がただただ、嫌だった。
カダルフィユにとって近衛隊への異動は全く嬉しいものではなく、出世どころか、むしろこれからの自分の未来が閉ざされてしまったような心持になっていたのだった。
「さて、茶の準備も整った。カダルフィユの文句を聞こうか。お前のふくれっ面は久しぶだな」
「そんな、叔父上」
こうも無邪気に言われては。カダルフィユは苦笑するしかない。
「この度の、私の昇進は、誠にありがたく思います」
「うむ」
「そしてガイコも伴う事にもご許可をいただきまして、ありがとうございます」
カダルフィユと並んで腰掛けたガイコは深く礼をした。
「私まで昇進をいただきまして、恐縮です」
「なに、本来であればカダルフィユの後任としてお前が隊長になるはずだったのだから、気にするな。コレが、ガイコが一緒でないとこちらに来るのは嫌だ、と駄々をこねたからな。今回の話はガイコとっては迷惑至極な話だろう」
「そんな、とんでもございません」
ガイコが慌てた様子になる。
駄々をこねた、と揶揄されても、カダルフィユには反論のしようもない。事実だからだ。ガイコに有無を言わせることなく、強引に決めて上申したのはカダルフィユだ。
「お前にはそろそろ、ガイコ離れをして欲しいと思っていたのだが」
「申し訳ございません」
「いい年齢の男が、いつまでもガイコの後にくっついているようでは、私もいい加減心配になるぞ。そろそろ嫁を娶ることも真剣に考えて・・・」
ガウディウムの説教が始まると、益々懐かしくて温かな空気が蘇る。
そうだ、ガウディウムはガイコびいきで、また、ガイコもなんでも卒なくこなし人当たりのよい優等生だったから、幼い時分にはよく焼きもちをやいたものだった。それでまたガイコに八つ当たりしてしまうのを咎められて、説教された事が何度あったか。
今聞かされる叔父の説教は全く嫌ではなく、戻れない幼い頃の郷愁が押し寄せてきて、嬉しいようでいて、胸が詰まるよう切なさもあって、なんともいえない気持ちになる。ガイコはどうだろうか。彼は大きな体を心なしか縮めて、子どもの頃同様、神妙な顔で説教に耳を傾けている。
「・・・ということだ」
「はい、ありがとうございます、叔父上」
入城するまで憂鬱しか感じなかったものが、懐かしい身内に迎えられ、懐かしい空気の中に身を浸すと、不思議な程穏やかな気持ちになった。単純なものである。
「で、お前の言いたいことを聞こうか」
ガウディウムは久方ぶりの説教に使った喉を、茶で潤した。
「はい。この度の人事異動につきまして、いくつか、伺たく」
カダルフィユは順序良く話せるよう、自分の頭の中を整理しながら話始めた。
「一つ目は、時期についてです。現在王は十六歳であったかと。王が十七歳での国祥の儀、つまりご退位なさるまで後約一年、このタイミングでの近衛隊隊長が変わるは何故でしょう。二つ目は前任の近衛隊隊長についてです。今回の急な人事の折、前任者がどうなったのか、どこにいるのか、誰も分からないというのは、何故でしょうか。三つ目は、今後の事です。一年後、王が退位した後も私達は近衛隊として次期王につかえるのでしょうか。・・・ということなど伺いたいと思います」
カダルフィユも茶をひと口飲む。苦みと甘みのバランスが素晴らしい、奥深い味の碧玉露だった。
「まあ、お前が疑問に思うのも無理はないな。かなり強引な異動であったのは分かっているよ。説明ゼロなのだから不満に思うのも当然」
咳払いをして、ガウディウムが座りなおす。長い話をする体制に入った。
「まずは、現状について話をしよう」
To be continued・・・→