1話 最強への第一歩
「出て行け。吟遊詩人【ルエル・フリティラリア】。お前みたいな怠け者はこのギルドには不要だ。」
「え〜そんな、俺結構役に立ってたと思うんですけど?」
「どこがだ。吟遊詩人など歌うだけの職業ではないか。そんなお荷物を持っている義理などない。」
とっとと出て行かんか!とギルドから放り出されたルエルは街をぶらぶら歩いて、好物のモモジャムパイを買う。
「モモジャムパイを1つくれるかい?」
「モモジャムパイだね、ちょっとお待ち。」
店員がオーブンから焼きたてのパイを取り出す。
「あんた運がいいよ。今出来上がったところさ。」
モモの香りを感じながらルエルは先程のことを考える。
「(んーまぁ確かに俺みたいな吟遊詩人は邪魔かなぁ。俺の歌で喜んでくれるメンバーもいたんだけど。)」
「はいよ。」
「ああ、ありがとう。」
店員から包まれたパイを受け取り、代わりにお金を渡す。
パイを食べながら再び考える。
「(これからどうしようか。吟遊詩人と言って入れてくれるギルドなんてあまりないし。)」
そうである。吟遊詩人など歌うだけの職業であるとは周知の事実であり、先程のギルマスはある意味異例だったのだ。
「(俺が加入した時はまだ弱小だったから、ギルマスもいいひとだったんだっけ。ギルドが大きくなってから性格ひん曲がったよねー。)」
何となく森への入口まで来てふと思う。
「(いや、そこまでギルトにこだわる必要は無い。あくまで俺は吟遊詩人。戦闘には向いていないから…)」
戦闘から離れればいいのではないか。
「そうだよ!1人でのんびり暮らそうじゃないか!!」
「あんたうるさいよ!」
「ごめんなさい!!」
◆ ◆ ◆
やると決めたら即実行。
ルエルは森の中に家ひとつ建てられそうな場所を見つけた。
「(近くには川もあって小さいけど花畑もある。こんな場所があるなんて!)」
日当たりもいい感じ。
森の中だから暑すぎずちょうどいい。
「(ここにしよう。…まずは、食料調達のため近くの村に行ってみるとするか。)」
未知の場所に好奇心をくすぐられ、探検という名の村探しが始まった。
「(ここにベリーの木があって、ここにはシェリーフィッシュの住処があるのか。あ、モモジャムの原料であるピーチの木もあるじゃないか!)」
森の中を見ていたら、あっという間に村に着いてしまった。
しかし、
「(おかしいな…人が全くいない。)」
村の広場に行ってみてもそれは変わらず。
「(何かあったのかな…ん?)」
グアアアア
「(何かが来る…)」
すると、南の方角から赤い大きなドラゴンが飛んできた。
ドラゴンはその大きな羽をうねるように動かしながら吠えた。
「ガアアアアアア」
しかし、ルエルも元はギルドに所属していたのである。
ドラゴンなんて怖くはない!
「ドラゴンか……なるほどね。」
村に活気がないのはドラゴンのせいか。
納得したように頷いてからルエルは念のため剣を抜き、ドラゴンに向き合った。
「申し訳ないけど、俺だってドラゴンを見るのは初めてだよ。できるだけ戦いたくないねぇ。」
ゆっくりと後退しながらドラゴンの目を見る。
体と同じく真っ赤なその目は真っ直ぐにルエルを睨む。
「おっと、怖い怖い。こんなところで死ぬのはごめんだからね。逃げさせてもらうよ!」
そう言って後ろに飛んだはずだった。
はずだったのだが、
ちょうどそこの地面が雨で濡れていたようで。
ルエルは滑って、後ろ向きに倒れそうになる。
その反動で持っていた護身用の剣が手からするりと抜け……
____ソードスキル【スラッシュ】!!
「危ない。後ろに転ぶのはカッコ悪いからね。って、あれ?」
「グ、グアアアアァァァ……」
ドン、と大きな音と砂煙をあげてドラゴンが倒れる。
ちょうど心臓のあたりに斜めの切り傷があった。
「もしかしなくても、俺が倒しちゃった?」
衣服に着いた砂埃を払いながらつぶやく。
「あの…」
そこに、杖をついたおじいさんが話しかけてきた。
「なんですか?」
「これを倒したのはあなた様ですか?」
「これ…あぁ、多分そうです。」
と言っても、自覚はないのだが。
「それがどうかしましたか?」
「ありがとうございます…!」
「…………はい?」
おじいさんは勢いよく腰を折って頭を下げる。
健康なおじいさんなんだなと思いながらルエルは返す。
「…人違いじゃないですか?」
2回目だけれど本当に自覚がない。
「はい…このドラゴンは数ヶ月前から近くの山を根城にしておりまして、村の人々は怯えきってしまっていたのです。」
おじいさんはそう言ってから、もう一度「ありがとうございます。」と頭を深々と下げた。
「うーん、どういたしまし、て?」
おじいさんはこの村の村長らしく、何かお礼をと言ってくる。
何度でも言うが、倒した自覚がないので申し訳ない。
「そんな、お礼なんていらないですよ。」
「そんなことできません!なんでもお申し付けください!」
「いやいや、そんなつもり無かったんで。」
これはどうしたものかと考えると、ふと頭に浮かんだ。
「ここに学者などの頭のいい方はいますか?相談したいことがありまして。」
「学者はいませんが、分析を得意とするものならいます。」
「会わせてもらえます?」
「わかりました。」
◆ ◆ ◆
「というわけだ。今、大丈夫かのう。」
「もちろん。あのドラゴンを倒してくださり、ありがとうございます。ボクはアレス・ペタシテス。ボクに出来ることならなんでもしますよ。」
他の家より一回り大きい家に入ると、水色の髪を持った青年が何か紙に書いていた。
初めはルエルを警戒したが、青年はわけを知ると快く了承してくれた。
「俺が持つスキルを教えてほしいんです。実は、習得していないはずのソードスキルが使えて……」
先程の【スラッシュ】もそうである。
吟遊詩人は非戦闘向けの職業で、ソードスキルを覚えても使えないため意味が無いのだ。
「ふむ、それはまた珍しいスキルですね。少し待っていてもらえますか?」
アレスは部屋の奥から1冊の分厚い本を取り出した。
迷いなくペラペラとめくっていき、あるページでそれを止める。
「ルエルさん、【スラッシュ】を使っているところを見たことはありますか?またはスラッシュの習得方を読んだことは?」
記憶を辿るまでもなく前ギルメンがよく使っていた。
つい昨日も見た。
「読んだことはないけど、見たことならあります。」
「なら間違いなく、そのスキルは【習得眼】でしょう。ほら、ここですよ。」
アレスの差し出した本を見てみると、確かに【習得眼】の説明は今の状況と一致していた。
しかし、
「"はるか昔に途絶えたスキルである"って書いてありますけど?」
「そのはずなんですが…話を聞く限りこれ以外にはありません。ルエルさんのスキルは【習得眼】で間違いないと思います。」
「……ありがとうございます。」
「もうよろしいのですか?」
「うん、知ることが出来て良かったよ。俺はそろそろ帰ります。」
「ならば村長として、門まで送ります。」
村長の案内で村の門まで行く。
「立派な村ですね。」
「これでも伝統ある村なんですよ。」
「それではこれで。」
「本当にこの度はありがとうございました。」
最後まで頭を下げる村長をなだめ、ルエルは思う。
「(このまま過ごすのもいいけど、こんなスキルがあるなら最強になってからのんびり暮らすのもいいかもしれないな。)」
最強になれば誰も喧嘩を売ってこないだろう。
つまり、戦闘から離れて平和に暮らせる。
そうと決まれば早速だ。
この村にはしばらく来ないかもしれない。
最強を名乗るにはどんな強者も片手で倒せるようにならなければ。
そうしてルエルの最強を目指す旅が始まった。
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朱秋るい