第四試合 フルコンタクト空手VSテコンドー 1
第四試合。
G迅一葉。神滅館、フルコンタクト空手。二十歳。身長一七六センチ、体重七十二キロ。空手衣。バンテージ。
Hキム・イルファン。テコンドー。二十五歳。身長一八〇センチ、体重七十三キロ。テコンドー道着。オープンフィンガーグローブ。
『第四試合は、打撃系VS打撃系! 手技・足技なんでもありの空手と、足技の雄テコンドー! 源流と支流、正面から激突します!』
『足技の雄ったってな、テコンドーにも手技は山ほどあるぜ』
『誤解を招く申し上げ方をしました! そうです、テコンドーにも手技があります! 体格ではやや劣る迅、技術とスピードでそれを補えるのか!? 五体なんでもありならどちらが強い! さあ、試合開始ィィ!!』
迅とキムは両者とも、両腕をやや高め――アップライト――に構えて、小さく体を揺らしていた。
だが、お互いに慎重な性格ではない。
先にキムが仕掛けた。
小さいステップインから、右足で小さく前蹴りを刻む。
『キムが蹴り始めました! 当たるか当たらないかの距離! スピーディで隙がない、迅は飛び込めません!』
『うめえなあ。蹴りでジャブが出せる格闘技ってェのはそうねえぜ』
『俊敏さを身上とする迅が、まだ打ち込めない!』
『前蹴りってのはな、捕まりやすいんだ、あれで意外とな。普段はテコンドー同士で戦ってんだろうに、今は同じノリで漫然と蹴ってるわけじゃねえぜ。やるな』
迅は、テコンドーの対策も積んだ上でここにいる。しかし、
(速い)
胸中で驚いていた。短く空気を弾くような蹴りは、キックボクシングとも、当然空手とも違うスピードと体の使い方だった。
まさに蹴りでのジャブ。だが、ジャブだということは、
(いずれストレートが来る。それを捕まえる)
テコンドーの機動性は知っている。しかし、自分がクイックネスで後れを取るつもりはない。必ずカウンターを取る、そうでなくても必ず隙は突ける。
迅がガードのために上げていた左腕を僅かに下げた。わざと打ち込ませようとしたのだ。
その瞬間、キムの右足が跳ね上げられた。それを誘った迅の読みよりも早く。
「うおッ」
かろうじて、迅はキムの前蹴りの発射点と着地点――着地点は恐らくは迅の顎先と見て――を結ぶ最短経路に、残しておいた右腕を差し入れる。
しかしその右腕には、何の衝撃も走らなかった。不気味な違和感を瞬時に嗅ぎ取り、咄嗟に左腕を上げる。その左腕が、したたかに叩かれた。
迅は慌てて後ずさった。放たれた時は確かに前蹴りだったのだが、側頭部を真横から蹴られたのだ。
(ストレートじゃなくて、フックかよ! それも空中で軌道を変えた!)
体制を立て直す迅だったが――
「何ッ!?」
『あああっキムが止まらないィィ! 前に、横に、蹴る蹴る蹴る! 迅はどんどん引いていく! しかしキムの蹴りの間合いからは逃げられない! キム、まるで舞うような動きです! 止まらない、休まない!』
『空手の蹴りは、腿の初動を見ればまあ読める。だが、テコンドーは膝から先で当てる場所が変わる。それはいくら膝を見ても間に合わねえ。見えた、と思った時には喰らってらあ。迅にすりゃ、当てが外れたろうな。蹴りには絶対に隙があって、てめえならそこに付け込めると思ってたろうよ』
キムは、冷静に迅を値踏みしていた。
(空手にしては速い。だが、封じ込められる。このまま行けば、だが)
キムは右の回し蹴りで上段を狙う気配を出し、いや、実際に蹴り出してから、中段に変化させる。
それが空を切ると、その右足をそのまま前蹴りに変化させた。右足を戻してすぐに左足で小さな回し蹴りを出す。これも空振りした。だが、隙は作らない。
迅がひときわ大きく後ろへ引いた。蹴りながらではさすがに追い切れず、キムの連打が止まった。
押されっぱなしだったためだろう、迅が僅かに前に出て、負けん気を示した。
二人の間合いはまだ遠い。迅にすれば、踏み出したのは威嚇程度のつもりだったろう。しかしそこは、キムの射程距離だった。
「イィエッ!」
気合を吐くと、キムの体が横に回転し、左足での中段回し蹴りが放たれた。爪先が迅の腕のガードをかすめる。
(そら見ろ、やはりまだ遠いだろ。届かねえよ!)と迅は思ったが、キムはその気になればこの蹴りを当てることができた。空振りではなく、足をすり抜けさせたと言った方が正しい。
何のためか。その答は、キムが竜巻のようにもう一回転して打ち出された、右の踵による、飛び後ろ回し蹴りだった。
「ぐあっ!」
寸分たがわずこめかみを狙ったキムの蹴りを、迅は何とか右腕を上げて防ぐ。
全体重を乗せて跳ねたキムが、床に倒れ込んだ。テコンドーでは、大掛かりな飛び回し蹴りを放った後によく見られる光景である。
『あらら。やっちまったなあ、キム』
『えっ? 仕切り直しにはなりましたが、今攻めているのは、キムの方では?』
『仕切り直しィ?』
我終院は椅子に反り返った。
『お上品だねえ。「待て」はねえんだぜ、ここでは。一手で盤面はヒックリ返らあ』
キムはすぐさま立ち上がろうとした。迅には背中を向けている。その背中に、激しい衝撃が走った。
「グエッ!?」
「うらああッ!」
迅の踵が、体重を乗せてキムの背骨に叩きつけられていた。更に、二撃、三撃。
横に蹴り飛ばすのではなく、上から下に踏みつける、空手の踵下段蹴りだった。
重心を上から押し潰され、キムは立ち上がることができない。
『空手の技の中でもな、地面にいる相手に踵での下段蹴りは強烈だぜエ。自分からコロコロ寝てくれるなんざ、空手家にとっちゃカモネギよ』
『き、キム、立ち上がることができません! 後ろから背中を踏み潰されているのですから当然です! 後頭部だけは守りながら、まだ、まだ立てない! おおっとここで、キムが立ち上がれないまま迅に向き直りました! 背中を向けていては埒が明かないということか!』
『むう。悪手に悪手を重ねるねェ』
迅のローキックが、キムの右腕のガードの上から叩きつけられた。
空手の、バットすらへし折るローというのは、ただ横薙ぎに蹴るのではない。上から下へ蹴り下ろすことによって力を集中させ、威力を倍加させる。
迅の蹴り足に、キムの腕の骨が折れた感触が伝わった。金が苦悶の声を上げる。テコンドーにも手技はあると知っていたが、これで封じた。
だが、ここで手を緩めはしない。追い打ちのように踵蹴りを連打する。キムが、急所の多い体の前面を向けてくれたのが、むしろ有難かった。
『た、立てないキム! まさかこのまま決まってしまうのか!? 十秒前まで、だれが想像したでしょう! 華麗な蹴り技で迅を圧倒していたテコンドーの達人が今、地べたにあり、立つこともできない――あっといや、立った、立ちました! キム、力任せに立ち上がった! 体格の有利を生かしました!』
『キムがもう後五キロ軽かったら、決まってたな』
『しかし左腕はだらりと下げ、これはどうやら折れているか!? キム、一転して大きく不利になりましたァ!』