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第三試合 サンボVSボクシング 2

 威武鋤は一瞬、フェメニコの肩を奥へ押した。

 サンビストならば必ず引き込んで来るだろうと踏んでいたフェメニコは重心を後ろへ傾けていたため、そこを更に押し込まれ、大きくたたらを踏みかけて、危うく踏ん張った。

 踏ん張るということは、後退しないよう、前向きの力(・・・・・)で耐えるということである。

 その前向きの力を逃さず、威武鋤は今度は逆に、フェメニコの肩を手前に引いた。

 一気に、フェメニコの体が前方に(かし)いだ。

 さすがにここでフェメニコが体を鋭くよじり、掴まれていた左肩を威武鋤の手から外す。

 しかしその時には、既に威武鋤は、フェメニコの左腕を抱え込んでいた。地面を蹴ってフェメニコの方へ己の下半身を振り上げ、フェメニコに体重をかけながら、右足を思い切り上げ、ボクサーの頭をまたぐ。

 そのまま右足の膝裏をフェメニコの顎に当てた威武鋤が、空中で地面と水平になった体を、ねじった。同時に、掴んでいるフェメニコの左腕を、己の背を反らして無理矢理伸ばす。

 大の男に左腕に飛びつかれた形になったフェメニコは、威武鋤の全体重を受け、耐え切れずに前に崩れ落ちた。その(たい)に絡めた足で、威武鋤が体勢をコントロールし、二人の体は丸まりながら地面に半回転して転がった。

 二人が十字に重なりながら仰向けになった時、威武鋤の両手はフェメニコの左手首を掴み、両足がボクサーの上体を抑えつけていた。


『これはっ……首刈十字固めです! 飛びついてからの腕十字! ガチガチの組技がボクサーに炸裂! 完全に寝てしまったフェメニコ、逆転できるのか、ここから!? おおっと、威武鋤が体を反らしたァ! 折るのか、ボクサーの腕を!』


 フェメニコは、激しく下半身を跳ねさせ、ねじった。反動で上体が、なんとか、数十センチだけ起き上がる。

 もちろん、それで脱出できるような固められ方はしていない。

 しかし、腕を伸びきらされる瞬間に、のけぞったままごく低くしゃがみ込んだような不自然な体勢ではあったが、フェメニコの両足の裏がかろうじて地面を噛んだ。

 ボクシングは、打つ力と同じくらいに引く力を鍛える。

 全身全霊を込めて、全体重をかけた、超低空バックステップで、フェメニコは力任せに威武鋤の手から己の左腕を引き抜いた。

 威武鋤は胸中で歯噛みした。油断があった、としか言えない。相手がボクサーだからと、無意識に、サンビストを相手にする時よりも抑え方もグリップも甘かったのだ。

 フェメニコが立ち上がる。威武鋤も後を追った。

 それをカウンターで迎え撃つようにして始まった、ボクサーの拳の弾幕が、威武鋤には見えなかった。ただ本能的に、またも左肘で顎をかばったのが幸いだった。そうでなければ、この一瞬で終わっていたかもしれない。

 時間にすれば三秒ほどの刹那に、威武鋤は顔面だけでおよそ五発、胴体には十発近い痛撃を感じた。それも、眉間、こめかみ、頬、レバー、みぞおち、と全てが急所に、全てが違う種類のパンチだった。貫く、叩く、ねじる、内側に切る、(えぐ)る。

 腕二本では到底防御しきれない。この距離では完全に圧倒される。

 威武鋤が後ろへ引いた。

 フェメニコが決めに来る。ただし、威武鋤の両腕には警戒していた。また手繰られるか、あるいはタックルに来られたら、その時自分の優位は消え去ることが分かっていた。

 フェメニコの踏み込みを見て、威武鋤も再び前進する――しかし、ひどく、(のろ)く。


 フェメニコは、組技系格闘家の知性を感じ取っていた。こいつは何かを狙っている。

 威武鋤は両腕で顔面のガードを固めていた。

 それが僅かでも緩み、攻撃の動作に変わったら、その瞬間に必倒の連撃を叩き込んでやる。掴む暇など与えない。フェメニコの神経が集中された。


 そして、それこそが威武鋤の狙いだった。フェメニコの注意は、完全に威武鍬の上半身に向いている。

 威武鋤が右の後ろ足で体を前に送り出し、左足を鎌のように繰り出して――上半身とは別の生き物のように俊敏に――フェメニコの足を絡めた。

 威武鋤が、左足首で、フェメニコの左足首をグリップする。足首で足首を捕まえたのである。

 フェメニコのバックステップをそれで封じながら、威武鋤はフェメニコの右横にかがみ込んだ。そして体を低空で半回転させ、空中に浮いた状態で、フェミニコの腿のあたりを、前後から両足で挟む。


『蟹挟み! 蟹挟みです! サンボならではの足関節! 柔道ですら禁止されている、サンボ必殺の技術ゥーッ!!』


 立ち技系格闘家に、蟹挟みによる転倒を耐える技はない。

 今度寝かせれば、もう脱出させない。

 威武鋤の決意は、勝利に向けた詰め筋を閃かせた。これがサンビストの知性である。


 しかし、この瞬間ではまだ、寝技には入っていなかった。ボクサーはまだ、立っているのである。そして一瞬前に左足首を絡め取られた時、フェメニコの覚悟も決まっていた。

 これはもう組み付かれる。が、倒す――と。


『おいサンボ! まだボクシングは寝てねえぞ!』

 我終院の咆哮は、試合場には響かない。


(たとえどんな技で来られようと、たとえ足を折られようと、今度は立っているうちに――立ちながら、打つ!)

 フェメニコがそう決意して重心をかけた右足は、軟弱ではなかった。ほんの一秒、フェメニコの下半身は威武鋤の放ったテコの力学に耐え、踏み込みを成立させた。

 打ち下ろしの右――チョッピングライト――が、稲妻のように降る。威武鋤の右腕は床につき、左腕はバランスを取るために空中にあった。その顎を守るものは何もない。


 ごぎんっ――


 鈍い音が響き、威武鋤の四角い顎が打ち抜かれ、頭がマットに跳ねた。蟹挟みが緩む。いや、威武鋤は意識が半分飛んでいる。

 それでもサンビストの体は起き上がろうと、上体を立てた。あまりにも不用意に。

 フェメニコの左が、鋭く威武鋤の右前頬を突いた。距離を測って、次の瞬間、今度は真正面からの右ストレートが威武鋤の顔面を撃つ。

 更に左フックに右耳を打ち抜かれると、威武鋤の意識は完全に飛んだ。

 フェメニコのボディアッパーが突き刺さり、威武鋤の体が前に折れ、無防備な顔面に、再度右ストレートが発射されるのと、審判が叫んだのは、同時だった。

 しかし制止の声は、フェメニコの最速の拳に追いつけなかった。


 ガキュンッ!


 会心の強打は、あまりにも深々と威武鋤の顔面を貫き、その巨体を試合場の床に転がせた。


『い――一閃です! 打ち下ろした右から、容赦ないラッシュで勝負あり! 勝敗が、あまりにも激しく交錯した一瞬でした! 勝負あり、勝者はボクシング、フェメニコ・ディモランテエエエエ!!』

『てめえの土俵に引き込むまでは、安心しちゃならねえってことだねェ』

『確かに! 最後、転がしていれば今度こそは威武鋤の勝利が確定していた可能性は高いですね! それを許さなかったフェメニコ、見事な勝利でした!!』


 フェメニコは勝ち名乗りを上げると、リカバリーカプセルへ向かった。

 周囲からどう見えたかは分からないが、紙一重の勝利だったことは自分で分かっている。

 最後の蟹鋏みは、ボクサーであるフェメニコの足の配置と運びに威武鋤が慣れていなかったからこそ、僅かに技のかかりが甘かったのだ。

 もう一秒、フェメニコの反応と覚悟が遅れていれば、成す術もなく転がされていただろう。最悪は、折られていた。

 立ち技では寝技に勝てない。異種格闘技ファンからはよくそう言われた。

 しかし、地上最強の戦士とはプロのヘビー級ボクサーだと、フェメニコは信じて疑わない。

 その一端を証明するために、フェメニコ・ディモランテはここに来たのだ。


第三試合

E威武鋤雷太●

Fフェメニコ・ディモランテ○

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