第一試合 フルコンタクト空手VS相撲 1
第一試合。
A榮倉雅心。フルコンタクト空手。二十二歳。身長百八十センチ、体重八十キロ。道着に、オープンフィンガーグローブ。
B緋威紫電。相撲。二十四歳。身長百八十五センチ、体重百七十三キロ。まわしに、素手。
『さあ始まりました! 榮倉雅心は優勝候補の筆頭! しかし体重差は歴然の二人! 果たして!?』
榮倉は、開始の合図を聞いてすぐにバックステップした。
異種格闘技における、相撲からの攻め手というのが未知だったというのもある。しかし最大の理由は、ある程度離れてから機を見て飛び込めば、自分の打撃ならばどんなに重い相手でもノックアウトできる自信があったからだ。
左手を軽く前に出し、重心を下げる。
空手の大会では、数え切れないほど優勝してきた。自分の世代のエースが、他ならぬ自分であるという自負もある。負けるわけにはいかない。
対する緋威は榮倉よりも更に体勢が低く、いわゆる相撲の立ち合いの構えだった。
榮倉から、のこのこと近づく気にはなれない。
『我終院さん、静かな立ち上がりですねえ!』
『そうだな。てっきり、いきなり相撲の方から突っ込んでくるもんだと思ったがな。空手の打撃を警戒したか』
『あれだけ大きくても、やはり空手相手は慎重になるのでしょうか!』
解説席が話している間にも、選手二人はじりじりと円を描いて動いている。
『体重が三十キロ違うと、打撃というのは無効になると言われてるからな。あいつらの体重差は更に大きい。だが木石じゃねえんだ、重いからって目も鼻もある生身の人間よ。急所打たれりゃ壊れもする。緋威が警戒するのも当然だろうよ』
『め、目突き等は禁止ですが!』
『冗談だよジョーダン。お?』
榮倉は、仕掛けられずにいた。
体を低くした力士というのは、あまりにも、正面から撃ち抜ける場所が少ないせいだ。顔面は下を向き、分厚い肩がこちらを向いている。
ローで狙いたい足は、懐の更に奥で届く気がしない。もし体を起こせても、あの肉に覆われた胴体を叩いて意味があるのか――……
結局、顔面狙い以外に選択肢がない。
(ちっ、顔面をアッパーで起こす!)
決意した榮倉が踏み込む。その後の上段蹴りまでを狙っていた。
その瞬間だった。
潜水艦のように沈められていた緋威の体が、一気に踏み出してきた。カウンター気味に合わせられた榮倉にはかわしようがない。
やむなく左の正拳を撃つ。だが、手打ちの軽い拳は、岩のような肩に当たって宙を泳いだ。
緋威の両腕が素早く回され、榮倉の腰の後ろの帯を掴んだ。二つの肉体ががっちりと密着する。
「ちいっ!」
舌打ちしながら、榮倉は緋威の側頭部に肘を入れる。だが完全に緋威の頭が榮倉の胸に付けられており、どうにも打ち抜きようがない。
『あ~あ、榮倉の野郎困ってやがる。本当なら、密着してくれる相手なんざ空手のいい餌食なんだがなあ』
『えっ? あの状態から、空手に出せる技なんてあるんですか?』
我終院が汚く笑う。
『さアね』
榮倉は困惑していた。
今のところ、密着状態では有効打を出せないでいるのは事実だ。
しかし、緋威の方も榮倉を鯖折りに捉えただけで、それ以上の技に移行しようとしない。
(そうだ。相撲には、相手を倒す技がない。押し出すか転がすかだけだ。手詰まりなのは、こいつも同じ――)
ギュキイッ!
「ぐうぶッ!?」
緋威の両腕が絞められた。榮倉の肺の中の空気が絞り出される。
(こ、こいつ!? 次の技に行かないんじゃない、まさかこのまま……)
緋威は、両腕の前腕を榮倉の肋骨の後ろ側に当てている。そのまま内側に絞れば、骨で骨を締め上げることになる。
メギュウッ!
「かはあっ!」
榮倉の背筋に、冷たいものが走った。空手では感じたことのない脅威だ。このまま続けられたら――
(肋骨を折られる? まさか!)
空手でも骨折したことはあるが、これとはわけが違う。背後から絞め上げられて粉々になった自分の骨を想像して、ぞっとする。
「や、野郎!」
榮倉はオープンフィンガーグローブから出ている親指の腹を、拳を握った人差し指の第二関節に横から当てて、親指の第一関節を鋭角に立てた。
その第一関節を、思い切り、すぐ眼下にある緋威のこめかみに叩き込む。
ごづっ!
「ぬうっ!」
緋威がうめき、初めて拘束が緩んだ。榮倉は更に二発、三発と打ち込んで、辛くも脱出した。
そして、一メートルにも満たない僅かな空間が両者の間に生まれた。
それは、空手の制空圏である。
「らああッ!」
榮倉の正拳が連打される。緋威の胸に、五発、六発。
しかし――
『馬鹿が。相手のイチバン固えところに打ち込んでどうすんだ』
我終院が嘆息した。