盤外戦 2
我終院が殴りかかってきた。
マイクは、上半身のガードを固めて防ぐ。
万全の突きに、グローブをはめた手打ちのパンチでは、相打ちにもならないからだ。ひとまず致命的な被弾を避けなくてはならない。
しかし両腕でのガードというのは、お互いにグローブがあってこその防御である。素手の拳を前腕で受け止めるなどというのは、賢明ではなかった。
左右の腕に一撃ずつ中断突きを受け、それだけでマイクの両腕は機能不全を起こしかけた。痛い。いや、痛いどころではない。
これでは、すぐに折られてしまう。ガードを固めれば固めるだけ、正拳の破壊力をまともに受け止めてしまうことになる。
(弾きだ。グラブでのパリイングしかない)
マイクは、グローブで、我終院の正拳突きの撃墜を狙った。
だが我終院の方も、基本稽古のように体を決めて綺麗に打ち込んで来るわけではない。さながら、マシンガンの乱射である。
それを弾こうとすれば、ボクサーのスピードといえど完璧にはいかない。ただでさえ、素手の打撃を受けて痺れた両腕なのだ。
ガチンッ。
マイクの瞼に星が舞った。
パリイングを狙って両腕のガードを緩めたせいで、おろそかになった顔面に突きが入ったのだ。
頬の骨が砕けた、と思った。本当に砕けたかは分からないが、恐ろしい激痛である。
(そうだ、これはフルコンタクトの顔面なしルールではない。顔も狙って来るのだ。ガードを固めなくては)
マイクは再びガードスタイルを取り、体を前にかがめた。これで我終院からの打撃面は少なくなるはずだ。
「膝でもいいんだがな。蹴りはなしって言っちまったからな」
幻聴かもしれない。そんな我終院の言葉が、マイクには聞こえた気がした。
そして我終院の打ち上げた右拳が、ボディアッパーの要領で、ガードの上からマイクに打ち込まれた。
前にかがんだのは失策だったと、マイクは悟った。上半身の全体重がかかった状態では、我終院が打ち上げた突きの威力を、あますところなく全て受け止めることになる。
そうして、マイクの右腕が折れた。
激痛に、ボクサーの体が跳ね起きる。その顔面に――……
……我終院の右の突きが、直撃する三センチ手前で止まっていた。
「終わりでいいよな。伝統派みてえには上手く止めらんねえがな」
「何のつもりですか……打ち込めばよろしい」
「空手家の素手で人の顔が打てるかよ」
我終院が残心を解き、クルリと背を向ける。
「早く治療してくるんだな。ああそうそう、言っとくがなあマイク。さっきの試合終わりにもテコンドーに似たようなこと言ったがな。今の結果だけを見て、空手がボクシングより上だなんて言うつもりはねえぞ。いや、俺がお前よりつええなんてことも、ちょいと憚られるな」
「……え?」
「俺がお前さんを圧倒できたのはな。以前、お前よりも速く、上手いボクサーとやったことがあるからだ。まあ難儀したぜそん時は。だから、予習してたようなもんなんだよ。それに対してお前さんは、空手は知らん技ばっかりだろうが。少なくとも明日またやったとして、もう同じ手は食らってくれめえ」
我終院は背中を向けたまま、なおも続けた。
「やっぱり素手ってのは、殺伐としていけねえや。今度はグローブつけてやるか」
「我終院館長。僕は……」
「ま、二回目があったらよ、この大会にも出てくれ」
そして我終院は、どかりとアナウンス席に腰を下ろした。
「……館長。失礼して、リカバリーカプセルを使わせていただきます。それでは、これで。数々の無礼、お許しください」
足を引きずるマイクに、周囲の人間が手を貸した。
実況する出番のなかったジョニイが、半ば呆けながら呟いた。
「ははあ……我終院館長というのは、意外な一面がおありなんですねえ……」
そこへ榮倉が水を差す。
「そんなわけがないだろう」
「え? というと?」
「あまり身も蓋もない負かし方をすると、どんな恨みを買うか分からないだろう。思わぬ報復を、館長以外の人間が受けるかも知れん。更に館長は、いきさつはどうあれボクシングとパンチだけの勝負をして勝ったっていう看板を手に入れたんだ。この噂は一人歩きするぞ」
「な……なるほど」
「昔からそうなんだよ、あの人は」
我終院は人から見えないよう、くにゃりと笑った。
第四試合
G迅一葉○
Hキム・イルファン●




