その9
石群から少し離れた場所に生えた木に、馬の手綱を結わえる。
ノアがスタッフで馬を囲む大きな円を描き、獣除けの術を編む。ルツは懐からロッドを取り出すと、二羽の小鳥に支配の印を施した。一羽は馬が結ばれた木の枝に留まらせ、見張り役を。もう一羽は遺跡につれて入る。有毒ガスの感知のためだ。
その見た目から巨石遺跡と名付けられた遺跡は、コールの森がある北側とは違い、乾いた風の吹く草原にぽつんと存在していた。やや歪な直方体の石が八つ円形に並ぶ。その中心部には一際大きな石。その石が割れて地下への入り口が見つかった……と思いがちだが、割れたのは円陣を組む石のうち北の方角に置かれた石だった。
過去に中央の石が怪しいと、その下を掘った人がいたらしいのだが、何も見つからず、長い間、単に方角を示すための遺跡だと思われてきた。
発見された時は小柄な人がようやく通れるぐらいの隙間は、各ギルドの協力によって大きく広げられている。
この遺跡に潜るのはこれで三度目だ。一度目に潜った時は、選んだ道がすぐに行き止まりになり、二度目の時は、途中で大穴が空いており先に進めなくなった。
三度目の今回は前回潜ったバアルが見つけた枝分かれした道の一方の探索だ。
鞄の中から水の入った革袋と保存食をラグナルに渡す。万一中で離れ離れになってしまった時の為、各自用意している。
小鳥を肩に止めたキーランを先頭に、ルツ、ノア、ラグナル、私の順。殿を務めるのはいつもウォーレスだ。
カラッとした風が吹く草原から一転、地下に足を踏み入れると、途端に湿気の多い空気に変わる。
入ってすぐは、地の底にたどり着くのではないかと思えるような、下へ下へと続く階段の一本道。これは多くの遺跡に共通した造りだった。
階段を下り切ると、小さな広場があり、道が三つに分かれる。
この道がさらにそれぞれ細分化するのだ。一番右手の調査が終わり、今は中央の道を調べていた。
右手は平坦な道が多かったが、中央は、進んでしばらくすると、さらに下層に階段が現れる。
「さて、ここから先は、まだ足を踏み入れていない場所だ。気を引き締めていくぞ」
バアルが記した地図を手に、キーランが皆に声をかける。
道幅は広く、キーランの隣にルツが並ぶ。ルツは印術師であり、戦闘力はノアのほうが上だが、何といっても術の感知能力に長けている。
「前にみたいに罠ばーっかりあって、行き止まり。にならなきゃいいけどねー」
「まだ罠解除と地図作成しかしてないからなぁ。近場にいい遺跡が見つかったと思ったが外れかね」
ノアのぼやきに最後尾のウォーレスが同調する。
たしかに、このまま何も発見できなければ骨折り損もいいところだ。
「まだ分からんだろう。気をぬくな」
罠、といってもこれまであたったものが、解除が容易なものばかりだったからだろうか、皆の気持ちは緩み始めていた。
ノアが大きく口を開けてあくびをする。その前を歩いていたルツがピタリと足を止めた。
「キーラン」
そう彼女が声をかける前にキーランも進むのをやめる。
「いくつかの石に印術が施されています。おそらく踏み抜いたり、手をついたりすると発動するタイプのものかと」
言われて意識を集中してみれば、うっすらと印の気配を感じる。三つ、いや、壁のものを含めると四つだ。
印をしかけた物を媒介に、他者に印術を刻む。これも失われて久しい技術だった。
もっとも、ここにあるのは劣化がひどく、発動するのかも怪しい。
「帰りのこともあるし、解呪しようか?」
これだけ崩れていたら解呪は問題ない。
「いや、やめておこう」
キーランは首を横に振る。
「ルツ、印術のかかった石はどれかわかるな?」
ルツが頷く。
「ノア、顔料で印をつけておいてくれ」
「はいはい」
ノアは懐から顔料を取り出すと、ルツの指示に従って、色を風で飛ばし、印をつけていく。
ルツが小さくため息をついて呟く。
「周囲の石を動かして、印を見られれば……」
印はそうとは分からぬように石の側面や裏側に刻まれているものだ。印を写せれば失われた技術の研究ができる。
どうも好奇心が旺盛なのはルツもノアと変わらないらしい。モーシェがなぜ、印の大家になったのか分かる気がする。
「気持ちはわかるけど、絶対にやめてよね。崩れたらどうすんのさ」
「その通りだが、ノアに言われたくはねえよな」
ノアがルツに釘をさす。いつもと逆の光景にウォーレスが笑い声をあげた。
遺跡探索とはいえ、劣化した罠があるだけで、獣も魔獣も出ない。のんびりとしたものだった。
ルツが感知能力で探しあて、ノアが印をつける。そうやって、いくつかの罠をやり過ごしころ、階段の終わりが見えた。
「水音がする」
とラグナルが言い出したのは、最後の階段に足をつけたときだった。




