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三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
第二部 三流調剤師と大罪
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その7

 昨日も思ったがいったいいつから待っているのだろう。

 急いで着替えを済ませて顔を洗うと、扉を開ける。

 私が起きた気配に気づいていたのか、ラグナルは特に驚いた素振りもなかった。


「おはよう」


 思ったより、普通に挨拶ができた。


「ああ、今日は早いな」


 そっちこそ。


「もっとゆっくりで大丈夫だよ。もしくはギルドで待ち合わせるとか」


 あそこなら、万が一にも入れちがうこともないし、何より人目につかない。


「ギルドまで距離があるだろう。人通りが少ない場所も」


 過保護か!

 ラグナルの返答に少しばかり呆れた。

 もちろんホルトンに犯罪がないわけじゃないが、街兵もいるし、罪を犯したものは、それが卑劣なものであるほど住民たちから厳しい制裁を受ける。雑多な街だからこそ、それなりに自浄作用が機能しているのだ。


「もう二年もここで暮らしてるんだから、ちゃんと心得てるよ」


 「まだ二年だ」と不服そうなラグナルに、「荷物の確認をしてくるからもう少し待っていて」と言い置いて、室内に戻る。

 薬剤、包帯、金平石、干した果物と焼き締めたパン、革袋に水を入れて、懐剣は懐に。膝丈のローブを羽織り準備完了だ。

 外に出て鍵を閉める。

 差し出される大きな手。固辞しても無駄なことはもうわかっている。

 しかし手を重ねるのに、妙に緊張する。

 おずおずと手を繋ぐと、ラグナルに伴われて歩き出した。

 ちらりと横顔を窺う。ラグナルはいつも通りだ。

 自分だけが意識しているようでなんだか悔しい。

 いつもの飯屋で朝食を食べ、ギルドへ向かう。

 両開きの扉を開けると、二階に続く階段の前でキーランとリュンヌが立ち話をしていた。

 ――中に入りたくない。


「二人とも早いな」


 思わず立ち止まるも、キーランに手をあげて挨拶されては無視できるわけもない。


「キーラン」


 立ち話相手の正体は知っているのだろうか?

 リュンヌを気にしながら名を呼べば、キーランは分かっているというように首肯した。


「魔女にお勧めの朝食を尋ねられてな。俺はピーレンの肉詰めとサラ米を推したのだが、二人の意見はどうだ?」


 コールの森で狒々神に対峙したときからずっと、キーランの肝の据わり具合には驚かされっぱなしだ。

 付き合いの長いウォーレスも、彼が慌てふためくところを見たことがないという。


「知らん。ホルトンに長くいるわけじゃない」


 ラグナルが知っている朝食といえば、今朝も食べたくず肉と野菜を挟んだパンだけだ。

 安くて早くて美味い。三拍子揃っているものの、魔女に勧めるには気が引ける。

 私は無難にキーランに賛同することにした。


「キーランのお勧めに同意です。ピーレンは今が旬で肉厚で歯ごたえが堪らないですし、行儀が悪いですが、サラ米と混ぜて食べると肉汁が染みて美味しいかと」


 説明するうちにリュンヌが目に見えて上機嫌になる。


「美味しそう! それにするわ!」


 両手を胸の前で握りしめて期待に目を輝かせるリュンヌ。

 ――本当に、普通の少女にしか見えない。

 出会ったのがコールの森でさえなければ、声を掛けることもなく、道ですれ違う程度で済んだのかも。


「今日は遺跡に潜るのですってね。遺跡は印術がいっぱいでしょう? 昔は今とは比べものにならないぐらい盛んだったし。でもイーリスがいれば安心ね」


 そうでもない。

 キーランは理想的なリーダーだ。決して無理をしない。たとえ目の前に宝があろうとも危険を感じたら引き返す、そんな判断ができる人だ。

 それでも、予期せぬ罠にかかってしまうことも、あるにはあるが。

 今のところ役に立つより、足を引っ張っている感が強い。

 遺跡の探索は嫌いではないが、何もできない自分が歯がゆくて、落ち込むことも多かった。


「だと良いんですが」


 曖昧な返事にリュンヌは気づかない。

 それよりもピーレンの肉詰めとサラ米の朝食が気になって仕方ないらしい。「じゃあ、がんばってね」と言うと扉に向かう。

 ――いつまでホルトンにいるのかな。

 早く諦めて旅に戻って欲しい。

 けど、ラグナルの印を解呪する機会は今しかないだろうとも思う。

 リュンヌはラグナルを指して墓荒らしのダークエルフと言った。

 遺跡探索もある意味墓荒らしに他ならないのだが、彼女が機嫌を損ねた様子は全くない。

 ラグナルが荒らしたという墓は、魔女・・にとって思い入れのある人物の墓なのではないだろうか。そうだとしたら魔女・・が悲しみ怒るのもわかる。

 ――だとしてもラグナルが子供時分の話だし。

 もう充分罰は受けたはずだ。

 弾むような足取りで、リュンヌは扉を開いて外へ出る。

 キィと蝶番が軋む音。

 ――もし……もしも、ラートーンの支配が解けたら、ラグナルの印を解呪できるだろうか?

 ふと湧いた考えにゾッとする。

 私は服の上から臍を押さえつけた。

 これの解呪を望むだなんて以ての外だ。

 まだ揺れが収まらぬうちに、外側から扉が開く。ルツとノアが強張った顔で入ってきた。

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