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三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
三流調剤師と小さなエルフ
7/122

その7

 持っていた干し柿は子供に全てあげた。

 おかげで今朝から何も食べていなかったのに……

 私は仕方なくサオ茸を一本取り出し、串に刺して炙って食べることにした。

 そのサオ茸さえ、横でじっと見つめる子供の視線に耐えきれず、食料は折半と言った手前もあり、割いてやった。

 それにしても、いくら空腹だったとは言えよく食べる。

 魔力だけじゃなく食欲も底なしなのかもしれないと思うとぞっとする。

 食事が終わると、湧いた湯と水を混ぜて盥に貼り、布を浸して、子供の顔と手足を清めてやる。

 本当は盥につっこんで丸洗いしてしまいたいが、傷に染みるだろうという気遣い半分、痛みにキレて黒魔法を発動されたら困るという気持ちが半分で諦めた。

 新しい服を着せて、ベッドに転がし、私が身を清め終わるころには、子供はすっかり寝息を立てていた。

 私は簡素なベッドの端に腰掛け、子供を見下ろした。

 寝ている顔は、一層あどけない。

 子供を探している仲間がいるなら早く見つけてほしいと切実に思う。この子のためにも、私のためにも。できれば穏便に。


「君はどうして一人で森にいたのかなぁ?」


 せめてもう少し意思の疎通ができればいいのに……

 呟きながら子供の頬を指先でつつく。

 思った通り柔らかくすべらかな頬の感触に、思わず二度三度とつついていると、子供は眉を顰めて私の手を払い、ごろんと寝返りをうってしまった。

 はずみで服の裾がめくれ、紫紺の文様が露わになる。

 医術師であるバートには、見せても仕方がないとあえて言わなかったけど、一応確認してもらうべきだっただろうか。そんなことを考えながら、私はそっと印を撫でた。


――何度見てもすごく複雑。


 指先が触れた箇所がぼんやりと光を放つ。

 見たこともない文字が絡まるように円形に並んでいる。文様の複雑さもさることながら込められた魔力も、これまで見たどんな印より強い。

 まるで人間がつけたのではないような……


「……っ」


 背筋に寒気が走り、咄嗟に指先を離す。

 ――そうなのかもしれない。

 この子はダークエルフだ。だとしたら、この印を刻んだ術者もまたエルフなのではないだろうか。


「いや、無理があるな……」

 

 私は握りしめていた手を開いて、再び印に指先を滑らせた。

 エルフの使う白魔法や、ダークエルフの使う黒魔法は、彼らの身のうちに宿る膨大な魔力を元に行使される。彼らは人と違って、道具も、複雑な術を編む必要も、呪文の詠唱も必要としない。

 己の力を信じ誇りとするエルフが印の研究などするだろうか?

 そもそも、この印はなんのためのものだろう。

 兄に教えられた知識を引っ張り出してみるが、紫紺の印に思い当たるものがない。

 護りの印は白く、呪いは黒、支配は赤、契約印は金や銀、封印は青い文様として構成される。他にもしょうもないものだと、心の動きを導く桃色や、気力を奪う灰色の印など様々な色があるが紫紺など聞いたことがなかった。

 ――せめて何の印かわかれば……


「もう一度やってみるか」


 私は立ち上がり、箪笥の引き出しを開けた。衣類の下に手を差し入れ、目的のものを探る。カサと音がして手応えがあった。それをそっと引き抜く。手のひらに乗るほどの小さく折りたたまれた薬包紙。もう私には必要ないものだったのに、国を出る朝、兄に渡された旅嚢の中に、十包ほど紛れ込んでいた。

 もう要らないのにと思いつつ、なんとなく捨てられずにいたものだ。包みを手に、次は外套の内側に仕込んである懐剣を取り出し、子供の元へ戻った。

 子供の頭の上に包みを置いて慎重に開く。

 仄暗いランタンの灯りに照らされて、金色の粉が鈍く光を放った。

 金平石を砕いた粉は力の通りを良くする。

 兄が使うことは滅多になかったけれど、私には欠かせないものだった。もっとも高価なこれを使ったところで私の力は、兄の足元にも及ばなかったけれど。

 久しぶりに目にする金色の粉に目を眇めてから、私は懐剣を鞘から抜いて、左手の親指の先に刃を当て滑らせた。じわりと血が滲み赤い玉ができる。血の雫を粉に垂らし、軽く練り混ぜると、子供の背に親指を当て、私は目を閉じた。

 指先に意識を集中させる。

 じわりと体の中で力が蠢く。全身をめぐる血液を通し、指先に力を集めるようにゆっくりとイメージを高めていく。

 チリチリと熱がくすぶり、触れている箇所を起点に文様が光を放ち出した。

 介入を拒み、一切の力を受け入れなかった紋が、一際眩い光を放出した。

 ――いける。

 そう思って踏み込んだ次の瞬間。

 力が逆流し体の中に入り込むような、おぞましい感触に襲われた。


「……うわっ。こわっ、なにこれ」


 無意味に手を開いては閉じ、閉じては開く。

 これまで解析に失敗した回数は数知れず。その度に、兄に嫌味ったらしく嘆息されたものだが、こんな感覚は初めてだ。

 ――でも、ちょっと分かった。

 いくつもの意味が重なり合った複合型の印だ。

 その内の一つは、封印。

 閉じ込められているものは恐らく、力と記憶。

 どうりで何があったか子供に尋ねても、何も答えられないはずだ。

 けど封印は完璧じゃなかった。だから言葉を理解できるし、黒魔法が使えるかと聞いたときに、この子は少し考えてから肯定したのだ。本来の力の、幾分の一かしか使えないから。

 封印の他に何が込められているかもわからないこの印を全て解くのは私には無理だが、封印だけなら解けるかもしれない。

 一端を掴めたことで楽しくなってくる。感じたばかりの恐怖は高揚感に取って代わった。

 再び印に指を添える。

 逆流を防ぐため、踏み込み過ぎないように、全てを視ようとしないように注意しながら、力を注ぐ。

 どうしようもない落ちこぼれだったけど、解呪が嫌いなわけではなかった。謎かけや、からくり細工を解くような感覚は癖になる。

 うきうきした気分で進めれば、印の極端を描く文字が一つ、私の力に呼応して、ぼんやりと浮かび上がる。

 消せたら成功だ。綻びができれば、解いていけるはず。

 なのだが……

 私は額に浮かんだ汗をぬぐって、ベッドに突っ伏した。


「消えない。薄くはなったけど」


 ほんの少し、色は薄くなった。それだけだ。

 どれだけ力を込めたのか。術者の執着力というか粘着質な気質を見せつけられたようで、薄ら寒い心地がする。

 時間をかければ解けるのかもしれないが、今日はこれ以上無理だ。私は子供の体を壁際に寄せると、隣に横になった。

 ダークエルフである子供の力を解き放つのに躊躇がないわけではない。けれど記憶が戻れば――

 例え、子供が人間に拐かされておまけにこんな印まで刻まれていたのだとしても。

 この子を探しにダークエルフが大挙してきたとしても。

 私は無関係な善意の者であると分かってもらえるだろう。

 とでも思わないとやってられない……

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