表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
三流調剤師と漆黒に煌めく月光(笑)
67/122

その2

 再び深く頭を下げたランサムのやや薄くなった頭頂部を見つめながら、私は戸惑いを隠せずにいた。

 部屋に通されて、ゼイヴィアから領主ランサムを紹介されたとき、彼らの目的はマーレイと同じなのだと思った。私を捕らえ力を利用する気なのだと。

 ――でも、なんだか違う?

 そう思うと肩から自然と力が抜けていく。

 一つ深呼吸をして、私は改めて部屋の中の面々を見回す。

 ゼイヴィアは私と目が合うと眼鏡を押し上げた。

 キーランは無言で頷く。

 ウォーレスは器用に片目を瞑って見せる。

 ルツは優しく微笑む。

 ノアはふんっと鼻を鳴らす。

 変わらない彼らの様子に、いよいよ自分の勘違いだったのだという思いが強くなる。


「お嬢さんの一族が有する力は魅力的だ」


 私が落ち着いたのを見てとったのか、ランサムは指を組んで話し始める。


「だが、稀有な力は争いの種となるだろう。私はそれを望んでいない。故にイーリス嬢を掌中に納めるような真似をするつもりはない。と言うのは半分建前だ」


 ……建前なのか。

 茶目っ気たっぷりに言われても困る。


「半分どころではないのではありませんか?」


 冷たい声音でゼイヴィアが突っ込むと、ランサムは苦笑する。


「そう言うな。実際、悪用する気はないがね。切り札として手元に置いておければと考えてしまうのも仕方あるまい」


 イーの一族が故国を追われ、この大陸に渡ったとき、今のランサムと同じようなことを言うものは大勢いたらしい。しかし、当初はそのつもりでも、置いておくだけでは惜しくなるもののようで……。結果としてイーはルンカーリに大金を支払いながら、土地を借り、自治の権利を得て、村を築くことになったのだと兄だったか叔父だったかに聞かされた覚えがある。

 再び警戒心がじわりと滲み出す。

 人の心はうつろうもの。

 一年後、五年後、十年後にはどう心変わりしているかわからない。


「だがそれを良しとしないものがいてなあ」


 ランサムはわざとらしく溜息を吐き、ロフォカレの面々を見やった。


「モーシェの娘に手を出したことを不問にする代わりに、金の契約を結ぶように迫られたよ。イーリス嬢、貴女の自由を保障し、存在を隠匿する契約をね」

「金の……」


 思わず声が溢れた。

 金の契約印。

 それは時代と共に消えつつある印の一つだ。

 銀の契約印よりも高度な技術と力が求められるため、使える術者が少ないのも理由の一つだが、最たる訳はその強制力の強さと不平等さにある。

 強制力は銀の契約印のそれとは段違い。例えば銀の契約印は今回のマーレイのように抜け道を探し、実行に移すことができる。しかし金は契約に抵触すると知りつつ行動を起こした時点でその身に罰が下る。

 また、銀の契約印は、血の近さといった特例を除けば、両者の同意が必要だ。お互いに対する敬意と信頼が不可欠であるのに対し、金の契約印にも同意が要るものの、銀のそれとはかなりニュアンスが違う。

 あらゆる暴力で抵抗する気力を失せさせる。あるいは人質をとって脅す。薬などで心神喪失状態に追い込む等、心をへし折ることで結べてしまう。

 王が臣下に金の契約を求める国もあったというが、それらの国々はことごとく衰退していった。さもありなん。だれが相手を尊重しない契約を求める主に誠心誠意仕えようと思うだろう。

 使える術者が少ない。使う機会が限られる。そんな金の契約印だが、数十年前まではある理由で頻繁に使われていた。奴隷契約だ。

 一方的に結べる、強制力の強い契約。従順な奴隷を生み出すには使い勝手が良かったのだろう。

 だが、あまりに非人道的な契約に心を痛めたとある国の王が、自国でこれを禁止したのを切っ掛けに、まず奴隷商が蔑まれ、次に金の契約印を施行する術者が疎まれ、最後は奴隷制そのものが非難の的になった。おかげで今ではこの大陸の全ての国で奴隷制が禁じられている。


「我々貴族は一枚岩ではなくてね。印術に長けたモーシェと、解呪の力を持つイーの娘に手を出したとなれば、私がいくら否定しても疑惑の目を向ける者もいるだろう。最悪こうだ」


 ランサムは自分の首に指先をあて、滑らせる。この国の反逆罪の刑はギロチンだ。


「だから私は彼らの話に応じることにした。あとはイーリス嬢次第だ」


 そう言ってランサムは私を見据えた。先ほどまでの、こちらの反応を面白がるような雰囲気はもうその目にはなかった。慎重に私の出方を窺う油断ならない領主の目だ。

 一気に高まる緊張に、唾を嚥下する。


「イーリス」


 ランサムと半ば睨み合う形になった私に、静かな声がかけられた。ゼイヴィアだ。


「貴女と金の契約を結びたいと願っているのはランサム様だけではありません」


 ――は?

 私は呆然としてゼイヴィアに視線を向けた。


「キーラン、ウォーレス、ルツ、ノア、私、そしてオーガスタス。貴女がイーであると知る皆、貴女が望むなら、金の契約を刻みましょう」


 ラグナルの黒剣に隠されていた兄の手紙を思い出す。


『追伸、金は裏切らない』


 あれはかねじゃなくてきんと読むべきだったのだ。つまり兄が裏切らないと伝えたかったのは、解呪料ではなく……

 ――これのことか! 相変わらず分かりにくい!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ