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三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
三流調剤師と一期一会
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その15

 昔――といっても数日前だけど――のことを思い出し、少し和んだものの、気まずさがどこかにいったわけではない。

 半歩前を歩くラグナルは「どこら辺を歩くんだ?」と聞いてきたきり無言だし。かくいう私も「城壁沿いにぐるっと一周」と答えたきり、口を開いていない。

 気まずいけれど、それでもラグナルと一緒に暖かな陽光を浴びながら散歩をするのは嫌な気分ではなかった。

 後ろからこっそり彼の横顔を眺めて、大人の顔つきになってきたなーと思ったり、目つきが鋭くなりすぎて、このままだとちょっぴり悪人顔になりそうだと心配してみたり。他にも先日買ったズボンが早くも寸足らずなことに気付いて驚いたり、ぴちぴちヘソ出しルックも案外似合うんじゃないかと夢想してみたりと、会話はなくとも退屈はしない。

 幾人かの人とすれ違ったけど、昨日のことが皆の耳に入ったのか、今日はラグナルに話しかけようとする女性(猛者)は現れなかった。すれ違い様にちらりと見る。または遠巻きに眺める程度だ。

 今のラグナルはどこから見ても立派なダークエルフである。それも昨日の少年然とした可愛らしさは影を潜め、体つきが逞しくなったせいかどこか威圧感がある。

 森の中で出会ったのが幼気な子供のラグナルではなく、今のラグナルなら、私だって声もかけず回れ右をしていただろう。

 居住棟を離れ、兵舎の側を通った時には、昨日の対キーラン戦を観戦していたらしい兵士が声をかけてくることもあった。しかし、ラグナルが綺麗に無視するものだから、小心者な私はぺこぺこと頭を下げなければならなかった。

 目的である城壁を乗り越えるのに最適な木を見つけられないまま、一周を終えようとする寸前、ふいにラグナルが立ち止まる。


「領主が帰ってきて話がついたら、ホルトンに戻るんだろう?」

「……急にどうしたの?」


 いきなり投げかけられた私的に際どい質問にうまく対応できず、質問で返してしまう。しかしラグナルは気にした風もなく、私を見下ろして話を続ける。


「俺はホルトンに戻ったら討伐系のギルドに入ろうと思ってる。金が貯まったら、もう少し大きな家を借りるか、買うかしないか?」


 私たちって新婚か何かでしたっけ? と確認したくなるような提案だった。


「いや、本当に急にどうしたの?」


 呆気にとられてそう呟くと、ラグナルはむっとしたように眉を寄せる。


「急じゃ無い。ずっと考えてた。どうやったら金を稼げるかって」


 それはもしや、例の約束のせいだろうか。まさか住居のことまで考えているなんて。私は頭を抱えたくなった。そもそも、あんな寝落ちの一方的な宣言を約束したと言い張られるのは甚だ遺憾だ。


「昨日キーランと手合わせしたときに言われた。俺ならたとえこのまま黒魔法が使えなくても、どこの討伐ギルドでも所属できると」


 キーランめ。どうして余計なことばかり言うんだ。

 返事をしない私を見てどう捉えたのか、ラグナルは躊躇いがちに口を開く。


「それとも、ホルトンには戻らないのか?」


 大げさでなく肩が跳ねた。

 やっぱり、私が逃げようとしていることに気づいてる? なんとなく私がしようとしていることを察している気配はあった。でも確信を持っているようではなかったし、踏み込んでくることもなかった。

 私はじっとラグナルの黒い瞳を覗き込む。


「どうしてそう思うの?」


 尋ねる声は震えてはいなかっただろうか。


「俺には人間の考えることは良くわからない」


 そう前置きしてラグナルは私を見据える。


「イーリスはマーレイのような奴に目をつけられる存在なんだろう? そしてそれを煩わしく思っている」


 私は肯定も否定もしなかった。ただ少し口の端を上げて笑って見せて、話の続きを促す。


「領主がマーレイと同じ考えをもたないとは限らない。……言いたくはないけど、他の人間も」


 他の人間。つまりキーランたちロフォカレの面々のことだろう。口元を歪めて苦しげに吐き出すラグナルに私は二重の意味で驚いた。彼がロフォカレのみなに対して警戒心を抱いていることと、それを言いたくないと感じていること。相反する気持ちが彼の中にあると知って複雑な気分になる。


「俺にとってはイーリスがどこの誰でも関係ない。ホルトンに戻らないのなら、一緒にほかの土地に行こう。イーリスが気に入る場所を探してもいいし、ずっと旅をして暮らしても構わない」


 ラグナルは一度も目を逸らさず、真剣そのものの顔つきで言い募る。

 気持ちは嬉しい。故郷の柵から抜け出せたと思っていたら、囚われたままだったと気付かされたあとだ。どこの誰でも関係ないと断言されて、心が揺れないわけがない。しかし困惑がそれを上回った。

 ――森で彼を拾っただけの人間にそこまで気持ちを向けてくれなくていいのに。


「イーリス……そんな顔をするなよ。俺はもう子供じゃない」


 ラグナルがそっと私の頰に手を伸ばす。


「イーリスは俺を見つけて助けてくれた。今度は俺にイーリスを守らせてほしい」


 指先が頰に触れるか否かというところで、ラグナルは目元を和らげた。鋭い眼差しが柔らかく甘く変わる。


「好きなんだ」

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