その12
「やっぱり、俺……」
そう言って言葉を区切ったラグナルは、私の反応を伺うようにじっと見据えて、遠慮がちに、だがはっきりと言った。
「上のほうがいいんだけど」
本当に、何、言ってんの、この子――――――――!!!!
その目に、確かな欲望がけぶって見え、私は思わず身を引いた。
「ご、ごめん。イーリスが嫌なら、このままでも」
素早く身を反転させたラグナルが腕を掴む。
いや、マジで何言ってんの。
夜更けにベッドの上でダークエルフの少年を組み敷き、灯りはベッドサイドのランタン一つ。
解呪を終えたばかりで、腕の力はそろそろ限界だ。
この状況でラグナルを傷つけずに、誤解を解く。そんな魔法の言葉を探してみるものの、あるわけもない。
――ど、どうしよう。
ラグナルは私の腕を掴んだまま、好きにしてくれとでも言うように、じっとベッドに身を横たえている。
「あ、の、……」
傷つけないのが無理なら、出来るだけ婉曲に説明しよう。私は冷や汗をかきながら、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「そういうわけじゃなくて……」
「本当に?」
不安げに見上げていたラグナルがぽっと頰を赤らめる。
私の言葉を、彼がどう勘違いしたのか手に取るように分かった。
「そういうわけでもなくて!」
違うから! 上とか下とかの話じゃないから!!
傷つけないのも無理。婉曲も無理。となるとあとはもう一刻も早くこの時間を終わらせるしかない。
私は息を吸うと一気にまくし立てた。
「ごめん。ラグナルの服が捲れてたから戻そうとしただけで、お、襲おうとか、そういう意図があったわけじゃないの!」
ラグナルの顔がみるみる強張っていく。
「服を戻そうとした……だけ?」
呆然と呟かれた言葉に、私は必死で首を縦に振った。
「そ、そう。そうしたら、ちょっと目眩がして、ラグナルの上に倒れ込んじゃって。本当にごめん!」
だから、手を離してくれないかな。そう期待を込めて、掴まれた腕を見る。
しかしラグナルは私の視線の動きに気づくことなく、腕を掴んだまま、反対の手で顔を覆った。
「くそっ」
指の隙間から、ぎゅっと寄せられた眉が見える。
これ以上なんと言って謝ればいいかわからない。
勘違いさせてごめん? 恥ずかしいことを言わせてごめん? ……ダメだ。どっちも喧嘩を売っているようにしか聞こえない。
「えーと、起こして、ごめんね」
悩んだ挙句、私は本題からずらして謝罪することにした。
ふっと腕を握っていた指から力が抜ける。
私が身体を離すと、ラグナルは跳ねるように身を起こした。
ベッドから出て、冷たい床の上に裸足で立ったかと思うと、そのまま、振り返ることなく、靴も履かずに扉に向かって走り出す。
「ええ!? ちょっと、ラグナル! どこに行くの!?」
「ノアのところ」
ノブに手をかけたラグナルから、意外な答えが返ってきた。
ノア? キーランとかゼイヴィアじゃなくて?
「イーリスは、この部屋から動くな!」
ご丁寧にこんなときまで私の心配をしてから、ラグナルは部屋を飛び出していった。
――追いかけたら、まずいよね……。
私はのろのろとラグナルのベッドから出ると、自分のベッドに腰掛けた。
「やっちゃった」
はぁとため息をつき、両手の掌に顔を埋める。
ラグナルが起きた瞬間に、間髪いれず、ちゃんと説明すればよかった。いや、そもそももっと慎重に解呪を進めていれば……後悔は後から後から湧いてくる。
それにしても、まさか、まさか、ああくるとは。
見上げる黒い瞳と、腕を掴む指の熱。名を呼ぶ掠れた声。
「うわあああああああ」
考えるまでもない。思い出したらダメなやつだ。なのに、忘れようとすればするほど鮮明に脳裏に浮かんで、耐えきれずに、ベッドに突っ伏した。
そのまま、どれほどの時間もがいていただろう。
「あのー、イーリス? お邪魔してます。一応、ノックはしたのですが。返事がなかったものですから、入ってきてしまいました」
背後からかけられた声はルツのものだった。
ラグナルがノアを選択した理由が分かった。私が一人にならないように考えたのだ。けどその配慮はいらなかったよ……
③でした




