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三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
三流調剤師と一期一会
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その11

 まかされてしまった。けど……

 ――どうしろと!?

 さっきまではあえて他人事のように聞き流すのに徹していたけど、決断を振られてしまった以上そうもいかない。

 ゼイヴィアとルツにウォーレス、それから椅子に座ったラグナルの視線を受けて、私はおずおずと口を開いた。

 下心を持って、同室を希望していると思われても困るし、嫌がっていると思われても困る。


「私はさっきも言った通り、別に同じ部屋で大丈夫です。ラグナルが良ければだけど」


 ノアに散々煽られたラグナルがどんな反応を示すのか怖くて、彼の方を向けない。なにせ、不潔とまで言われたのだ。


「俺もイーリスがいいなら、今まで通りでいい」


 聞こえてきた声は思ったより落ち着いていた。


「じゃあ。決まりだな。二人が良いって言ってんだから」


 ウォーレスが確認をとるようにゼイヴィアを見た。


「では、今まで通り。手綱を握る者が近くにいるに越したことはないでしょうし」


 ラグナルの行動はしっかりゼイヴィアに報告されているらしい。

 私はゼイヴィアに神妙に頷いて見せた。手綱を握れる気は全くしないけれど……


 この日の風呂はルツも一緒だった。

 けれど、疲れているのか入浴中もぼうっと虚空を眺めて、心ここにあらずといった様子だ。

「先にあがりますね」と声をかけても返事がない。


「ルツ、大丈夫ですか?」


 少し声を大きくして、やっとルツは気づいた。

 はっと目を瞬かせ辺りを見回し、目が合うと恥ずかしげに微笑む。


「すみません。考え事を……」

「随分お疲れみたいですね」


 ルツが忙しそうにしだしたのは、キーランがホルトンから帰ってからだ。ロフォカレに何かあったのだろうか?


「いえ、もう私の役割は済みましたのでそれほどは。そういえば、夕食時にはまたノアがご迷惑をおかけしてしまって。申し訳ありません」

「あー、いえ。ノアの言うことも一理あるというか、むしろ正論ではありますし」


 夕食時のことや、部屋に戻ってからのことを思うと、歯切れが悪くなってしまう。

 ゼイヴィアの申し出を断ってみたものの、部屋に引き上げてからのラグナルはどうにもぎこちなかった。

 ソファに座るでもベッドでくつろぐでもなく、ずっと窓際に立っているのだ。しかも私が動くたびに体を強張らせるものだから、不用意な行動が出来ず肩が凝った。

 しかし、今思えば、ルツがノアの暴走を止めに入らなかったのも珍しい。

 ルツは頰に手を当てると、ほうとため息をついた。


「姉としては応援してやりたいのですが、どう考えても勝ち目がないですから。何よりあの子が自覚して、もっと大人にならなくては」


 魔術師のノアと、黒魔法の使えないダークエルフのラグナル。ただし剣の腕はキーランの折り紙つき。

 二人の勝負を想像してみるが、どうにもイメージしづらい。


「勝ち目、ないですかね?」


 印が解けて黒魔法が使えるようになれば、無理だろうが、今のラグナルなら分からないのではないだろうか。

 疑問を口にすると、ルツは目を見開いた。


「あるんですか!?」

「え……いや、私に聞かれても。キーランかゼイヴィアにでも聞いてください」


 というかルツさん、勝算があれば実力行使も厭わないとは意外と喧嘩っ早い。


「キーラン?」


 ルツは怪訝そうに眉を寄せると、「ああ」と気の抜けた声をあげた。


「そ、うですね。そうします」


 そう言って微笑むルツの奇妙な態度に首を傾げながら、私は今度こそ「お先に失礼しますね」と言い置いて風呂からあがった。


 服を着込むと、私は大きく深呼吸してから、廊下に続く扉を開けた。

 昨日もラグナルは先に入浴を終えて待っていたから、きっと今日もいるだろう。そう予想した通り、風呂場からやや離れた場所の壁に背を預けて立っていた。

 私の姿を捉えると、声をかけることなく歩き出す。ただ、その後ろをついて歩くだけなのに、まるで戦場に赴くかのような緊張感を覚える。

 ――私より大きくなっても、ラグナルはまだ少年! 何より人間嫌いのダークエルフ!

 今朝と同じように心の中で繰り返し、部屋に着くとベッドに座った。

 ぎゅっと濡れた髪を絞りながら、ちらりと隣のベッドのラグナルに視線を向ける。

 ベッドの端に浅く腰をかけていたラグナルは視線を感じたのか、私を見た。


「イーリスは本当に俺と同じ部屋で良かったのか? さっきも言った通り、俺はイーリスが嫌がることはしない。その、お、俺からは身体的な接触はしないと約束してもいい」

「ラグナル……」


 何かにつけて約束を増やそうとするのはやめてくれないかな。


「大丈夫だよ。今までだって同じ部屋だったんだし」


 なんだったらホルトンにいた頃は同じ部屋どころか、同じベッドだった。ラグナルはまだ子供だったけど。


「別に何も気にすることなんてないしね」


 私はラグナルに、と言うより自分自身に言い聞かせた。気にする必要なんてない。ラグナルとこうやって過ごすのは実質あと二日。あっという間に終わる。

 そう考えてみても……一度意識してしまったのをなかったことにするのは難しいもので、私はラグナルに背を向けると、すっぽりと布団をかぶった。そのまま寝返りも打たず、彼が眠るのを待つ。

 さすがに今日は、寝付くのに時間がかかるかもしれない。そう思ったのに――


「もう寝てる」


 ラグナルが眠りに落ちるのはあっという間だった。

 静かに寝息を立てるラグナルの寝顔を、恨めしい気持ちで眺めてから、解呪の用意に取り掛かる。

 金平石と懐剣。こっそり城の医術師から分けてもらった傷薬。

 どうやらうつ伏せで寝る癖があるらしいラグナルの服をめくる。

 紫紺の印の、端の端。ずっと力を注ぎ続けてきた文字は大分薄くなった。それでもあと三回で消えるのか不安になるほどには、まだ色が残っている。

 旅嚢に入っていた金平石は10包。足りるはずだとは思うが、気にかかるのは黒魔法を使ったせいで魔力が足りず逆行したことだ。

 ――ごちゃごちゃ考えてても仕方ないか。

 結果が分かるのは明々後日の朝だ。

 そう気持ちを切り替えて、刃を指先に滑らせた。


 今日の解呪は自分でも驚くほどスムーズだった。

 限界まで力を使って印に介入したおかげで、少しばかりこの印と向き合うコツを掴めたのかもしれない。

 私は上機嫌で後始末を進めにかかった。

 懐剣をしまい、薬包紙を捨てる。それから解呪の出来を確かめながらラグナルの体についた金平石と血を布で拭う。

 きっと気持ちよく解呪が進んだせいで、浮かれていたのだ。だから力を使いすぎたことに気付けなかった。

 まずいと思った時には、ふっと力が抜け、布を握りしめたままラグナルの体の上に倒れ込んでいた。


「いったぁ」


 ラグナルの背中に、強かに顔面を打ち付けてしまったおかげで痛む鼻を押さえながらなんとか体を起こす。

 ――と、うつ伏せのまま上体をそらしてこちらを振り返ったラグナルと目が合った。


「ラ、ラララララグナル!?」


 印の影響でラグナルは夜に目覚めることはないものだと思い込んでいた。流石に私がぶつかった衝撃で目が覚めたらしい。


「イーリス? ……え?」


 寝ぼけ眼で私を見上げていたラグナルは、自分の服がめくり上がっているのに気づいて、目を丸くした。


「え? どうして、服が」


 ――詰んだ。

『下賎な人間が。俺に触れるな!』

 昼間聞いた、身も凍るような冷たい罵声が耳に蘇る。

 完全に詰んだ。気のないフリをしながら寝込みを襲う変態だと思われた。別れの時までは姉と弟のように、穏やかに過ごせればいいなと思っていたけれど、それももう無理だ。

 彼の人間嫌いを、これ以上ないほど加速させてしまったに違いない。


「あの、信じてもらえないと思うけど、これには訳があって……」


 それでも往生際悪く私は言い訳を口にしていた。

 姉と弟は無理でも、知人ぐらいの関係になれたらいいなと思って。いや、そんな贅沢は言うまい。もう罪人と看守でいい。こうなったら金平石を最後まで使い切らせてくれたらなんだっていい。

 私はやけっぱちな気分で沙汰を待った。

 ラグナルは捲られた服と、彼に覆い被さるようにベッドに手をつく私をせわしなく交互に見たあと、唇を戦慄かせて「イーリス」と掠れた声で私の名を呼ぶ。

 それから、目を伏せると、震える声で言った。


「イーリスなら、俺……いい」



 は?



「驚いたし、恥ずかしいけど、俺、イーリスだったら……」



 は?



 は?



 何、言ってんの、この子――――――――!!!!

 くさってもダークエルフだろう! 寝込みを襲われてるとしか思えないこの状況で、なんで頰を染めてんの!? 

 今まで生きてきてこれほど衝撃をうけたことはなかった。

 驚きと動揺のあまり、動けない私を不審に思ったのか、ラグナルが伏せていた視線を上げる。

 そして、艶やかに潤む黒い瞳を、真っ直ぐに私のそれと重ねると、口を開いた。


「イーリス……」

深夜のテンションにまかせて書きました。


ここで、次話冒頭のラグナルの台詞クイズ。

①「優しくして……」

②「明かり、消して……」

③「やっぱり、俺……」

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