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三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
三流調剤師と一期一会
58/122

その9

 会話は途切れ、私は吸い寄せられるように歓声がした方に視線を向けた。

 そこは一昨日、キーランやラグナル、ウォーレスが剣を合わせた広場だった。

 ランサムに仕える騎士や兵士らしき男性や、侍女や下働きの女性が、何かを囲むように並んで立っている。

 かなりの距離があるのに、時折、わっと上がる声が風に乗って聞こえてくる。


「キーランとラグナルか。随分盛り上がってんな」


 あんなに観客がいるなら俺も参加しとくんだった。とウォーレスは冗談めかして言う。

 立ち並ぶ見物人の隙間から、キーランとラグナルが剣を交えているのが見え、私たちの足は自然とそちらに向いた。

 到着する前に終わってしまったらしい。一際大きな歓声が聞こえたと思ったら、騎士や兵士がその場を離れだした。

 女性もそのほとんどが仕事を思い出したらしく、足早に去っていく。しかし幾人かが残った。

 そのうちの一人が、キーランと話をしているラグナルに近づいた。手には白い布。ラグナルに一言、二言声をかけると、女性は手にした布で彼の額を拭った。

 ここまではなんてことはない光景だった。なにせラグナルのあの美貌である。モテないはずがない。

 問題は直後にとったラグナルの行動だ。

 女性が額に触れるや否や、彼はそれを振り払ったのだ。

 おそらくその力には容赦がなかったのだろう。女性はバランスを崩し、尻もちをついた。


「下賎な人間が。俺に触るな!」


 そう吐き捨てるように告げたラグナルの声は、私たちにもはっきり届いた。


「……うわぁ」

「……おいおい」


 思わず漏れた声に、ウォーレスのそれが重なる。

 私は足を止めて、ウォーレスと顔を見合わせた。


「人間は下賎だそうで……」

「イーリスさんが脂ぎったエロ親父に自分を例えた意味が、分かったような気がするよ」


 ダークエルフは、エルフに輪をかけて人間が嫌いだ。分かっていた。分かっていたけど、こうやって目の当たりすると……ドン引きである。

 急に手を伸ばした彼女に落ち度がなかったとは言えない。知らない相手にいきなり汗を拭われたら、私だって拒否する。

 しかし思い切り振り払ったうえ、尻餅をついて彼を見上げる女性を冷たい眼差しで見下ろし、さらに今の一言だ。


「ダークエルフってのは、本来ああいうものなのかね」


 ウォーレスはしみじみとそう呟いた。

 キーランが女性を助け起こすと、彼女は小さく一礼して、足早にその場を去った。

 次いでキーランはラグナルに向き直り、何かを語りかける。今の行為について説教をしているのだろう。

 それが気に入らないのか、ラグナルの視線はわかり易く逸れ……私とぶつかった。


「イーリス」


 声は届かなかったが、彼の唇は確かに私の名を呼んだ。

 途端に、ぐりんと音がしそうな勢いでラグナルの首が反対側に回される。


「イーリスさんに見られたら、まずいことをしたって自覚はあるらしいな」

「見られなかったらいいってのも、どうかと」


 そんな会話をしていると、こちらに気づいたキーランがちょいちょいと手招きする。


「我らがリーダーに呼ばれちまったな。行くか……」


 ウォーレスの声はあきらかに気乗りしないようだった。

 近づいてもラグナルはそっぽを向いたままだ。


「俺が話をするより、イーリスが傍にいるほうが効果的らしい」


 キーランはそう言うとウォーレスを伴い去ってしまう。

 ――どうしろと。

 ラグナルは依然として、こちらを見ようともしない。

 かける言葉も見つからず、私たちは二人でぽつんと佇んでいた。


「イーリスが……」


 ややしてラグナルは、顔を背けたままぽつぽつと小さな声で話し始めた。


「人間に乱暴な態度をとらないように約束しろって言うなら、する」


 不承不承というか、苦いものを飲み込むような、そんな言い方だ。


「約束はもう増やさないって言ったでしょ」


 人間という立場に立って言えば、人間に優しいダークエルフがいればいいなと思う。けど私はラグナルに対して責任は負えないし、負うつもりもない。なによりイービル山脈に帰ってしまえば、人間はいない。

 隣に立つラグナルを見上げると、いつの間にか彼は私を睨むように見下ろしていた。


「俺は増えても構わないと言っている」

「私は増やす気はないって言ってるの」

「どうしてだよ」

「どうしてって……」


 私は言葉に困って視線を泳がせた。

 金平石は残り、三つ。

 別れの時は近づいている。

 なのに今更、約束など増やせない。そもそもダークエルフの習性を知っていたら一つも交わさなかった。


「イービル山脈とやらには帰らないぞ」


 うっと変な呻き声が漏れた。私が約束を増やしたくないわけを彼は薄々感じているのかもしれない。


「そんな場所、知らないって言っただろ」

「それは、今は記憶がないからで……。記憶が戻れば……」

「俺は、本当は記憶なんて戻らなくていいと思ってる。たとえ過去を思い出しても、帰ったりしないからな」


 しどろもどろに言い募る私の言葉を遮るように、ラグナルは強い口調でそう言った。

 おかしい。

 キーランはラグナルに反省を促すために二人きりにしたはずなのに、なぜこんな痴話喧嘩みたいな会話を繰り広げるはめになってしまったのか。


「記憶とかイービル山脈の話はいったん置いとこう。約束はしないけど、私の意見としては、止めて欲しい時は、まず言葉で伝えるべきだと思う」


 私は強引に会話の転換を試みた。

 それがまずかったらしい。ラグナルの手が二の腕を掴んだと思ったら、強引に正面を向かされていた。

 恐る恐る視線を上げると、陽の光の下でも真っ黒な瞳が射抜く。


「はぐらかすなよ。イーリスは俺に帰って欲しい? 俺のことが……嫌いなのか?」

「嫌い……じゃない」


 森の中で出会ってから、いろんなラグナルを見てきた。

 可愛いラグナルも泣き虫なラグナルもやんちゃなラグナルも。

 気分は姉や親戚のおばちゃんだったのだ。ちょっと前までは。

 険しかったラグナルの表情が緩む。

 しかし彼は再度、表情を引き締めると、口を開いた。


「俺は、イーリスが……」


 ちょっと待って! その先は聞きたくない。私はとっさに彼の口を防ごうと手を伸ばす。


「あのー、下働きの娘が、お客様に失礼を働いてしまったって泣きながら報告にきたんですが……」


 しかし、その手がラグナルに触れる寸前、横から声がかかった。


「申し訳ありません。まだ城にあがったばかりの娘で。あんまりラグナルさんが格好良くて、舞い上がっちゃったらしくて」


 伸ばしかけた手をそのままに隣を見ると、トリスタンが眉を下げて立っていた。

 二人分の視線を受け、彼はたじろいだ様子で視線を下げた。そして、私の腕を掴むラグナルの手を見て、困ったように頬をかいた。


「もしかして僕、お邪魔でしたか?」

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