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三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
三流調剤師と初めての……
41/122

その1

 翌朝の目覚めは、扉を叩くけたたましい音とともに訪れた。

 ――朝?

 私は窓の外に目をやる。うっすらと青い光が東の空に広がり始めていた。日の出まであと少し、といった時間だ。

 隣で寝ていたルツが、目をこすりながら体を起こす。

 昨日はソファで眠るというルツを説き伏せて、同じベッドで寝ることにしたのだ。広いし、二人でも何ら問題はない。

 絶え間なく続く、扉を叩く音に、ルツの顔に緊張が走る。


「何かあったのでしょうか?」


 ルツは枕元のワンドを手にしてベッドから降りた。

 何かあったら、扉を叩いて起こそうとしないで、蹴破っているだろう。つまりこれは……

 ――寝坊した。っていうか早すぎ。

 まだ夜と朝の狭間である。


「イーリス、いるのか?」


 思った通りラグナルの声が……ん?


「ラグナル?」

「ああ」

「本当に?」


 尋ねる形になったのは、声が違ったからだ。

 私はベッドから飛び降りると、着替えの上に置いてあった懐剣を持ち、両手で握りしめた。

 ルツがワンドを掲げ、術を編み始める。


「ルツ、イーリス。とりあえず開けてくれない?」


 しかし続いて聞こえたノアの声に、術は完成することなく霧散した。


「なーんか色々変わってるけど、ラグナルだから」


 ルツが鍵を開けると、なだれ込むように飛び込んでくる銀髪の少年。


「ダークエルフだ……」


 私は懐剣を握りしめたまま呟いた。

 昨晩は確かに解呪が捗った。その成果はしっかりとラグナルの姿に現れていた。

 これまで拳一つ分しか伸びなかった背は、倍は伸びている。私の顎の下にあった頭が、目の位置まで来ていた。

 何より顕著なのは昨日まで髪に隠れていた耳が、しっかり見えていること。どこからみても立派なダークエルフだった。


「イーリス」


 ラグナルは私の姿を認めると、ほっとしたように息を吐いた。名を呼ぶ声は明らかに低くなっている。

 呆然とつっ立ったまま、ラグナルを凝視する私の前まで歩いてくると、彼は手を伸ばした。ゆっくりと頰に向かって伸びた手は、しかし触れる直前でぴたりと止まった。

 かと思うと、ラグナルは腕を下ろしながら、拳を握りしめ、顔を背ける。

 ――な、なにがしたいんだろう。

 てっきり、無断でノアと同室にしたことを責められると思っていたのに、意外というか意図の掴めない行動に首を傾げるばかりである。


「……悪い。外で待ってるから、さっさと支度しろよ」


 ラグナルは顔を背けたまま、掠れた声でそう言うと、踵を返して部屋を出て行く。その特徴的な長い耳は仄かに色づいていた。

 ――え、ええー

 廊下に消えるラグナルの後ろ姿を唖然として見送る。


「なにこの甘酸っぱい雰囲気。イライラするんだけど」


 ノアはそんな私を一瞥し、うんざりとした口調で言うと、外に出て扉を閉めた。

 残されたのは寝間着姿で武器を持つ、私とルツ。

 そのルツにまたもや「あらあら、まあまあ」と言いたげな顔で見られて、顔に熱が集まるのが分かった。

 この一連のラグナルの行動を要約すると、起きたら隣のベッドにノアがいて、驚いて私を探しに来たはいいものの、寝起き姿だったことに照れて退場していったと。そういうことだろう。

 私は自分の姿を見下ろした。別にスケスケでもセクシーでもない。丈が短めの、ゆったりとした、シャツとズボンである。腕とふくらはぎぐらいしか出ていない。どこに照れる要素があるのか全く理解できなかった。

 私ははっとして頰を手で押さえた。もしかして、また涎の跡でもついていたとか!?

 その後、大急ぎで身支度を済ませたのは言うまでもない。


 朝食まではまだたっぷりと時間があった。

 そのため、ルツの部屋で、四人揃って待つことになったのだが、空気が重い重い。

 ラグナルは窓辺に立ち外を眺めているし、ノアは肘をついてソファに腰掛けずっと顰めっ面だし。またルツと天気談義や趣味の話をするしかない。もう昨日語り尽くした感はあるけど。

 そのルツにしても、今日はすこぶる歯切れが悪かった。

 どこまで踏み込んでいいのか迷っているらしい。例えば好きな料理の話になったとする。ルツの好きな料理はスラー周辺の郷土料理で、山菜と川魚の蒸しものだった。で、イーリスはどんな料理が……と言いかけて「あっ」となるのだ。そこまで気を使ってくれなくても、クティニャ料理の一つや二つ答えられるのだが。

 ノアに出自がバレたと分かった昨晩は酷い自己嫌悪に陥った。けれど一晩寝て、私は開き直りつつあった。慌てる必要はない。どうせ長い付き合いにはならないのだから。


 すっかり朝日が昇ったころ、ゼイヴィアが朝食の準備が出来たようだと迎えにきた。てっきりこの城の使用人が来るものと思っていたものだから驚いた。

 ゼイヴィア曰く、彼は朝早くから、マーレイに呼び出されていたらしい。なんでも上流で降った雨が土砂を巻き込み、橋を押し流してしまったとかで、マーレイは領境いの街に視察に向かったんだとか。

 領境いの街となると、行って帰ってくるだけでも今晩中に戻ってこられるかあやしい。現地で橋の修理や回り道の手配などをするなら、帰りは確実に明日以降になるだろう。

 そう考えながら朝食を食べていると、案の定、もう一泊この城に滞在することになったと告げられる。

 問題があるかもしれない人物は留守にしているうえ、美味しい料理と、豪華な風呂と、ふかふかの布団に在り付けるとなると否やはない。私は二つ返事で了承した。

 目下の課題は昼食の時間まで、いかに気まずい思いをせずに過ごすかである。

 部屋に戻ればまたあの重苦しい空気が待っているかと思うと、とても室内で過ごす気にはなれない。

 さてどうしたものか。悩んでいると、キーランが手招きしてラグナルを呼んだ。


「随分と背が伸びたな。どうだ、そろそろ剣を握って勘を取り戻してみないか? 相手になるぞ」


 確かに今のラグナルならあの黒剣を持っても、引きずりはしないだろう。

 印の解呪はまだ不完全。ならば剣を使えるにこしたことはない。私は迷うラグナルの背を押すことにした。


「ロフォカレの剣士に稽古をつけてもらえるなんてきっと滅多に体験できないよ。やってみたら?」

「……イーリスはどうしてるんだ?」

「お邪魔じゃなければ、見てたいんだけど」


 黒魔法を使わず、狒々神を追い詰めた新月の貴公子(笑)の剣技には純粋に興味がある。


「お、楽しそうだな。俺も参加させてくれ」


 会話を聞きつけたウォーレスが腰に下げた剣の柄を叩きながら混じる。


「ダークエルフの剣ですか。面白そうですね。ぜひ見学させてください」


 マーレイの留守で暇になったらしいゼイヴィアが手を挙げ、魔術師姉弟もゼイヴィアに賛同し観戦組となった。

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