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三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
三流調剤師と反抗期
39/122

その9

 我に返ってしまうと、気まずさに負けてノアの顔が直視できない。

 プライドが高そうなノアにしてみれば、本当に言いたくなかったことだろう。でも、こっちだって別に聞きたかなかったからね……。

 ちらりと静かになったルツの様子を窺うと、唖然としてノアを凝視していた。知らなかった、というよりはカミングアウトしたことに驚いているようだ。


「何? まだ足りない?」

「へ? いやいやいや」


 私はノアに向き直り、掲げたままだった両手を振った。足りる足りないの問題じゃない。ノアなりの誠意を見せてくれたことは分かるが、だからと言って応えられるわけではない。


「僕さ、ずっと気になってたことがあるんだよねえ」


 ノアはじっと私を見据えた。徐々に冷静さを取り戻しつつあるように見える。しかし、恥ずかしい過去を暴露したことを後悔する素振りはない。


「ムーダーラ、ラトム、ケーラ、ゼラン、ロサラム」


 次々に挙げられる聞き覚えのある街の名に首を傾げた。それが、何か?


「覚えてる? ラグナルが辿った街の名だ」


 ゆっくりと確認するようにノアは言う。

 そう言えば、ロフォカレで初めて顔を合わせた時にそんな話をした。でも分からない。なぜ今それを蒸し返すのか。


「なんで東から西に移動してるって、すぐに分かったの?」

「なんでって……」


 一年前に通った街だったから。


 ――ああ。


 ああ、そうか。

 力が抜けるのが分かった。体がふらついて背を壁に打ち付ける。

 どうして気づかなかったのか。ラグナルが辿った道は、私が辿った道だ。


「ゼランやロサラムを知ってるのは分かるよ。でもラトムとかケーラとか、地方の街の名前と位置がすぐに分かるなんて、よほど地理に詳しいか、行ったことがあるかだ」


 ノアはそんな私を見ながら、確信を深めるように話し続ける。


「ラグナルが探してたのって、イーリスなんじゃないの?」


 多分、そう。

 いや、きっとそうだ。

 漆黒に煌めく月光(笑)は黒魔法を使わなかった。正確には思うように使えなかった。背中の印によってそのほとんどを封じられていたから。

 黒魔法狂なダークエルフにとっては死活問題だったはず。死に物狂いで解呪する方法を探しただろう。

 そして彼は東の果てにあるイーの里にたどり着いた。

 でも……兄の提示する金額を払えなかった。ダークエルフである彼に、兄はとんでもない額をふっかけたに違いないから。

 ――あの、守銭奴め。

 扇の陰でほくそ笑む兄の姿が目に浮かぶ。

 解呪代を払えなかった闇夜に舞う月の精(笑)が、里を出た私の存在を何かの拍子に――例えば、兄に仄めかされたりして、知ったのだとしたら……。一縷の望みをかけて探そうとするのではないだろうか?

 貴公子が金欠だった理由がうっすら分かってきた。こんな理由なら分かりたくなかったけど!


「心当たり、あるみたいだね。ラグナルの背中の印は初めから、ああだったわけじゃないんでしょ。イーリスが」

「ノア!」


 ルツがノアの名を呼んだ。その顔色は心なしか青ざめている。


「貴方が思っている通りかもしれないし、違うかもしれない。どちらにせよ、興味本位で暴いていいことではありません。もうやめなさい」


 ルツは大人で思っていたよりずっと善良だ。その優しさがありがたくもあり、申し訳なくもある。さっき風呂場で、口から出任せで煙に巻いたばかりだし。

 ノアは不満気に唇を引き結んだ。それから徐に天井を見上げると、ゆっくりと大きく息を吐く。

 次に私を見た時、彼はすっかり冷静に……と思いきや、逆だった。ものすごく怒っていた。


「別に興味本位だけだったわけじゃない。僕の想像通りだったとしても、誰にも言わない。それぐらいの分別はある。脅して、ルツに付けられた印をどうこうしてもらおうとも思ってない」


 この怒り方には覚えがある。狒々神から彼だけ逃がそうとした時と同じだ。


「見くびらないでって言ったよね?」


 この短期間に、一見ちゃらんぽらんなノアを、二度も心底怒らせるなんて、実はすごいことなんじゃないだろうか?


「部屋までおくる」


 返す言葉もなく、黙り込む私を最後に一睨みし、ノアはそう言った。



「イーリス、遅い……」


 ラグナルと私に割り当てられた、東の端の部屋では、なぜか腕相撲大会が繰り広げられていた。

 椅子に座り、肘まで服を捲ったラグナルとウォーレスが向かい合って手を握り、その横ではキーランが勝負の行方を眺めている。こちらも袖を捲り準備万端だ。もうすでに一戦を終えているのかもしれない。


「何かあったのか?」


 ラグナルはルツとノアに伴われて部屋に入ってきた私の顔を見るなり、立ち上がった。ウォーレスの手を振り払い近づいてくる。


「イーリス?」


 名を呼ばれ、私は首を横に振る。


「何もないよ」


 そう言って微笑むと、ラグナルは明らかにむっとした。


「それが何もない顔かよ。またこいつが何かしたのか?」


 手を引いてノアから遠ざけると、ラグナルは私の前に立った。

 これは、もしかして庇われてる!?

 私の後ろに隠れていたラグナルのこの成長っぷり。つむじを見下ろしながら、思わず感慨に浸りそうになる。


「すげえ、番犬みたい。イーリス、ちゃんと躾けといてよね」


 いつもの調子のように聞こえて、少々刺々しいのはまだ怒りが抜けきっていないからだろう。


「誰が番犬だ!」

「ラグナル以外に他に誰がいるってのさ」


 顔を合わせて、すぐこれだ。

 今のラグナルを抱えて運べるだろうか? と考えていると、ノアの首に太い腕が巻きついた。


「はいはい。イーリスさんも帰ってきたことだし、今日はお開きな」

「ちょっ、ウォーレス苦しい! 首、絞まってるから」

「お子様はさっさと休もうなー。じゃあな、イーリスさん、ラグナル。お休み」


 後ろ手にひらひらと手を振ると、ウォーレスはノアを引きずって行ってしまう。

 ルツは軽く頭を下げるとそんな二人を追いかけた。

 最後に残ったキーランは、袖を下ろしながらのんびりとした様子で部屋を出る。


「イーリス。ノアは軽率でお調子者なところがあるが、悪い奴ではない。そこは分かってやってくれ」


 思い出したように振り返ってそう言うと、キーランは二つ隣の自分の部屋に入っていった。

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