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三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
三流調剤師と反抗期
37/122

その7

 街にある公衆浴場は薪を燃やしてお湯を供給していたが、ここでは魔術によって温められるらしい。他にも日常の様々な用途に魔術が用いられているとか。なんとも贅沢な魔術師の使い方だ。

 里では男女ともに入浴時は裸になったが、この国では違う。風呂用の薄い服を着て、入浴するのだ。男性は腰から下を隠すだけだが、女性は上半身も覆う。

 私はルツに背を向けて着替えると、浴室内に足を踏み入れた。

 風呂は客人用のものらしく、広くはないが豪奢な造りだった。たっぷりの湯で満ちた浴槽は肌触りの良い白い石で出来ており、この国には珍しい蒸気浴用の部屋まであった。旅の途中で立ち寄ったラトムの公衆浴場は、床下に熱気を送り込み部屋全体を暖めることが出来るかわりに、床は熱くてサンダルが必須だったが、ここはどういう魔術が使われているのか、適温を保っている。この城に仕える魔術師の、風呂にかける並々ならぬ情熱を感じる。


 ――ラグナルの背中の印はバレただろうな

 花の香りのする石鹸を泡だてながら、ぼんやりと思う。

 ルツにはすでに勘付かれているのだから、隠す気もないが、今頃あちらでは騒ぎになっているだろうか。

 体を洗い終わり、湯船に浸かると、後から入って来たルツが隣に来た。


「イーリス、ラグナルの体に印はありましたか?」


 私は頷いた。


「背中の腰のあたりにそれらしい模様が。ただ、もう私に裸を見られるのが嫌なようで確認したのは一昨日の夜の一回きりですが」

「使われている文字は、現在この大陸で使われているものでしょうか?」


 私は少し驚いてルツを見た。この大陸の人々が使う言葉や文字は共通している。通常、印術に使われる文字は、もちろんその共通語だ。ただ、より強力なものには、古語や印術が盛んな他の大陸の文字が使われることもある。


「それが、私の知らない文字でした」


 ルツは、やはりという顔をした。


「どうして、この大陸の文字ではないと?」


 そう問うと、ルツは首を横に振った。


「いえ、この大陸のものには違いないのですが、かつて使われていた古語の一種で刻まれているのではないかと……。印を見てみないことには分からないのですが、彼に印を刻んだのは魔女か魔人ではないかと思うんです」

「……魔人」


 私は呆然としてそう呟くと、腹を押さえた。痛みを覚えた気がしたのだ。


「彼らの存在は御伽話のように扱われていますが、違います。彼らは確かに存在するのです」


 魔女、魔人。一つの大陸に一人、もしくは二人しか同時に存在しないと言われている。人に擬態し人として暮らし、歴史の表舞台に現れることは滅多にない。彼らが何を思い、何を成そうとしているのか、何一つ解明されていない。ある書物には全ての生物を見張る監視者であると記され、ある学者は地に繋ぎとめられた哀れな虜囚であると主張した。

 つまるところ、時々歴史に名前が出てくるから、いるような気がするけど、何をしてるかさっぱり分からない、超レアな種族なのである。


「まあ、いるのは信じてます」


 イーの一族とは切ってもきれぬ存在なので。

 しかしラグナルのあの印が魔人のものだとは信じられない。魔人の印術はイーの一族が百年以上かけても、到底解けない、解く糸口も掴ませない、人知の及ばぬものであるはずだ。込められた魔力はごくわずか、おまけに印もシンプル極まりないものなのに解けないのだ。

 ラグナルの背にある印は、これでもかと力が込められた複雑怪奇なものだった。よく言えば術者にはそれだけの力を込められる魔力があり、悪く言えば洗練されていない。

 今ひとつ納得できないでいると、それを察したのかルツは身を乗り出して話し出す。


「スラーの城に、過去に魔女に印術をかけられた者が運び込まれて来たことがあるのです」

「はい?」


 スラー? 思わず身を引くと、その分距離を詰められる。


「土の施療院から人を呼び寄せ、緩和に努めましたが、その人は目を離した隙に、影も形もなく消えてしまいました。後に残されたのは身につけていた服だけ」


 熱っぽく語るルツを両手で制して話を遮る。


「ちょっと待って、スラーの城って。つかぬ事をお伺いしますが、ルツさんフルネームは、ルツ・ウーイル・モーシェだったりします?」

「あら、よくご存知ですね。ただモーシェは家を継いだものだけが引き継ぐ名ですので、私の名はルツ・ウーイルですよ。今は兄がモーシェです」


 この国の印術の大家の家系じゃないか……。王族が契約などを結ぶ際に、術を行使する一族で、確か爵位もあったはず。この国に根を下ろそうと決めた時に調べた。間違っても関わらないようにしようと。無駄だったみたいだけど。


「お兄さんがモーシェ」


 ノアが後継ということは、その兄に子供はまだいないのだろう。


「ん? それじゃあ、ノアも印術を?」

「いえ、あの子は誰よりも適性がありながら、印術師なんて地味な仕事は嫌だと家を飛び出して、魔術師の冒険者に弟子入りしてしまいまして」


 ちっとも暗い類の理由じゃなかった。


「話は戻るのですが、私、やっと分かったんです。あの時なぜ一瞬で姿が消えてしまったのか」

 

 ルツはぐいぐいと身を寄せて、話し続ける。


「印の色は赤でした。支配していたのは時だったんですよ! あの人は時間を逆行し消えてしまったんです」


 ――ああ、なるほど。

 ラグナルに刻まれている印術も、逆行だというわけか。ラグナルの背中にあるのは複合型の紫紺の印。つまり……


「時の支配と、力と記憶の封印」

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