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三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
三流調剤師と反抗期
34/122

その4

 そう思ってげっそりしたが、ふとそんな心配など無用になるだろうと気づいた。

 金平石は荷物に詰めた。帰ってくる頃にはラグナルはまた変わっているはずだ。


「帰ってからのことはともかく、宿の部屋は同じほうが嬉しいんだけど、どうかな?」


 でないとラグナルが寝たあとに解呪ができない。


「お、俺は、寝る場所さえ別なら、元々違う部屋にしたいだなんて思ってなかったし……」


 指でシーツをいじりながら、どんどん出来る皺に視線を落としていたラグナルが、さっと顔をあげる。


「いくら臨時収入があったからって無駄遣いはよくないからな! 仕方ないから一緒の部屋でいい」


 尊大な態度で節約を説く、新月の貴公子(笑)

 美形揃いのダークエルフ。ラグナルも例に漏れず、とても綺麗な顔立ちをしている。森で会った頃の彼は天使と言って差し支えなかった。今のラグナルは天使の面影を残しつつ、どこか危うい小悪魔めいた魅力を備えていた。この先どれ程の美貌を持つ青年に成長するのか、末恐ろしいものがある。

 ――なのに、金欠だったんだよね。

 もちろん美貌と経済力が比例するわけではないが、それにしてもそぐわないと言うか。夢がないと言うか。

 この数日間で、遥かに力の及ばない存在に対して抱く、ある種の憧れのようなものが、気泡が弾けるようにぷちぷちと潰れていく音を幾度も聞いた。

 私には森の中の遺留物が、闇夜に舞う月の精(笑)のものであると悟ってから、ずっと目を背けていた確信がある。

 ラグナルを見つけた時は白いシャツを着ていたけれど、賭けてもいい、漆黒に煌めく月光(笑)はシャツの上に黒い上着を着ていたはずだ。

 ご丁寧に刀身の色まで揃えた、全身黒づくめ。ノアが見れば「うわー。痛すぎ」と笑うだろう服の下に、一転して色とりどりの動物が大行進している下着を身につけていたのだと思うと……

 ダークエルフにとても残念な一面があるのは間違いない。


「おい、言いたいことがあるなら、言えよ」


 つい生暖かい眼差しになってしまっていたのだろう。

 ラグナルが顔を赤く染めて怒った。


 すっかり朝から機嫌を損ねてしまったラグナルを宥めすかし、支度を急ぐ。道中の開いている店で適当に食料を調達し、待ち合わせ場所である西の門に到着すると、そこにはすでにキーラン達が揃っていた。


「すみません、遅くなりました」


 足取りの重いラグナルを半ば引っ張るようにして、彼らの元へ向かう。


「おはよう」

「よお、イーリスさん、ラグナル」

「またデカくなってんねー」


 上から順に、キーラン、ウォーレス、ノアの台詞だ。

 成長したラグナルに初めて会ったルツは、目を丸くして言葉を失っていた。


「おはようございます」


 そしてこれがゼイヴィア。

 今回はキーランのチームにゼイヴィアを加えた五名が同行者となる。

 城代に謁見して、ラグナルを保護した旨を報告し処遇を相談するだけにしては、大袈裟な気がする。ラグナルの件に合わせて、先の狒々神討伐についての交渉などもあるのかもしれない。

 ロフォカレが用意してくれた足は、御者付きの馬車が一台に馬が三頭。

 ゼイヴィアとルツとラグナルと私は馬車に。キーラン、ウォーレス、ノアは馬での移動となった。

 馬車に乗り込むなり、ゼイヴィアは鞄から書類を取り出し、完全に事務仕事モードだ。

 ラグナルは外に目をやり誰とも目を合わせようとしない。

 ルツは物凄くもの言いたげに、私とラグナルを見ていた。ラグナルの腰辺りに頻繁に視線が落とされるところからして、印の揺らぎからその存在を再確認して、話をしたいのだろうと察しがついた。しかし、この場でルツがそれについて言及しないのは、偏にラグナルの態度のせいだろう。

 今日のラグナルは、俺に話しかけるなオーラ全開だった。

 起き抜けに発した、人間嫌いを匂わせる一言から嫌な予感はしていたが、ノア以外にもこうまで忌避感を曝け出すとは。

 おかげで馬車の中の空気は最悪だ。

 ルツとは既に天気の話も、趣味の話も、昨日の夕食の話もしてしまった。慎重に話題を選んで話を振り合うという、妙な緊張感が漂う馬車の中、ふと朝食がまだだったことを思い出す。


「ごめん、ラグナル。さっき買ったパン渡すの忘れてた」


 硬く焼きしめたパンをスライスしたものに、チーズの塊を一欠片。味気ないが、時間が時間だけに、これを売っている店しか開いてなかったのだ。


「朝食まだだったんですね。よかったら、これもどうぞ」


 そう言ってルツは布に包んだ瓶を取り出した。蓋をあけると、甘い香りが漂う。

 隣でラグナルがぴくりと反応を示す。


「リンゴンの砂糖煮です。道中でつまもうと思って持ってきたんですよ」

「うわあ、いい香り。ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて……。これにのっけてもらえますか」


 パンを差し出すとルツはその上にリンゴンを一切れ取り出して置いた。

 とろりとした蜜がパンを濡らす。早く食べてしまわないとベトベトになってしまう。

 リンゴンが落ちないようにパンを折りたたんで挟むと、噛り付いた。

 素朴な小麦の味と甘い蜜、少し残ったリンゴンのシャキシャキ感がたまらない。


「美味しい」

「良かった。……ラグナルもどうですか?」


 身を乗り出してリンゴンの詰まった瓶を見つめるラグナルに、ルツが戸惑いがちに声をかける。


「俺は、別に」

「……っ、貰っときなよ。すごく美味しいよ」


 危ない。子供が遠慮なんて、と言いそうになった。


「たくさんありますから、是非どうぞ」

「……じゃあ」


 本当は食べたくて仕方ないくせに、素直に感情には出せない。この辺りは昨日から引きずっている行動パターンだ。慣れてしまえば、微笑ましい。問題は今朝になって現れた、人間を厭う感情だ。

 解呪が終わらないうちに、その感情が膨らんだら、彼はどうするのだろう?

 ラグナルを誰かに押し付けてしまえたら、そう思っていたはずなのに。いつの間にか別れの時が来る前に、何とか印を解いてしまいたいと思い始めていた。

 それも元解呪師として、中途半端な状態で投げ出すのが嫌だという気持ちから、ラグナルを自由にしたいという思いに、理由が変わりつつある。早い話が、情が移ったのだ。憧れが弾けて消えてぽっかりと空いたその空間に、親しみが取って代わった。ほんの数日一緒に過ごしただけなのに我ながらチョロいもんだ。

 ラグナルはものの数口でパンを食べ終わった。ちゃんと噛んでいるのだろうか?

 慌てて食べたせいか口元に蜜が付いている。


「口の横、付いてるよ」


 私は布を取り出し汚れを拭った。子供扱いだと怒るかと思ったが、ラグナルは大人しくされるがままになっていた。

 くすり、と前方から笑い声が聞こえる。

 見れば、ルツが口元に手をやりくすくすと笑っている。


「すみません。ノアが小さなころを思い出してしまって。お二人はそうしていると本当の姉弟みたいですね」


 その言葉に胸中に複雑な感情が湧いた。

 確かにラグナルは可愛いが、こんなに綺麗な顔の実弟がいたらそれはそれで嫌だ。優秀な兄が一人いるだけでもうんざりだというのに。


「違う」


 硬質な声がして振り返ると、ラグナルが外方を向くところだった。


「俺は弟なんかじゃない」


 リンゴンのおかげでせっかく温まりつつあった空気が、一気に戻ってしまった……

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