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三流調剤師、エルフを拾う  作者: 小声奏
三流調剤師とパトロン候補
27/122

その6

「ほら、これ着替え」


 そう言って箪笥の上に出しておいた服を差し出すラグナルは、すっかり着替えもすんでいる。

 頭のてっぺんから足の先まで眺めて、中身以外にも変わっていることに気づいた。まず頰の丸みが少しなくなった。ふんわりとして思わず突つきたくなるようなまろみが、心持ちシャープになっているのだ。それに何と言っても目つきがちがう。昨日はどこまでも無邪気に甘えるような眼差しをしていたが、今日はまるで出来の悪い姉を見るような目で私を見ている。


「顔洗ってこいよな。涎の痕ついてるぞ。イーリス姉ちゃん何歳だよ」


 そっちこそ何歳だよ……

 目覚めた瞬間にこれほど疲れを覚えたこともない。

 背中の印がどうなっているか見たかった。しかし昨日までのラグナルならなんとでも言いくるめられただろうが、今日のラグナルには下手な切り出し方はできそうにない。

 私は考えるのをやめて、促されるままに着替えに袖を通す。

 お腹が空いているのは同じだ。朝食を取りに出るのに異論はない。

 ――ロフォカレにも顔を出すように言われているし……

 ベッドの上で着替えを済ませ、靴を履こうと視線を落として目を見開いた。ラグナルがバートに借りている布靴を履いている。


「ラグナル、昨日買ってもらった靴は?」

「きつかった」

「は? きつい?」


 慌てて長靴を履き、ラグナルの隣に立つ。


「大きくなってる」


 子供の拳一つ分ぐらい背が伸びていた。


「そりゃ、そうか……」


 考えてみれば顔つきが変わったのだから、体が大きくなっていてもおかしくはない。


「さっきから何言ってんだよ?」


 ラグナルはきょとんとした顔で首をかしげる。こういう表情と仕草は変わっていない。

 彼の中でこれまでの記憶はどう処理されているのだろう?


「ねえ、ラグナルちょっと聞きたいんだけど……」

「なんだよ。歩きながらにしようぜ。もう腹へって死にそう」


 ラグナルは眉を下げた情けない顔になる。


「ああ、うん」


 食いしん坊なところも変わっていない。

 昨日と同じところを見つけると確かにラグナルなのだと思える。見た目もほとんど同じなんだけども……。なんというか、昨日との差異を見せられるたびに、ボタンを掛け違えているような、服を裏返しに着ているような、ぞわぞわとした落ち着きのない感覚に陥るのだ。

 私は顔を洗ってから、大きめの鞄を手に取った。中に小銭袋と布に巻いた龍涎石を入れる。今日こそは換金したい。まず食事、次にロフォカレに顔をだして、それからこれを買ってくれるところへ……

 ぼんやりとこれからの予定を立てながら戸口を潜る。雨はいつのまにか止んでいる。鍵を閉めて振り返ると、こちらへ向かって差し出される掌。

 ――これは


「ほら、手。つなぐんだろ?」


 そうでした。そんな約束もしてました。


「あのー、ラグナル。もう手は繋がなくてもいいんじゃないかな?」


 今日のラグナルが好奇心に任せてうろちょろするとは思えない。

 ラグナルは今朝からすでに何度かみせている「何言ってんだ、こいつ」という顔で私を見た。


「約束は約束だろ。もう忘れたのか? 仕方ねえな、イーリス姉ちゃんは」


 そう言ってラグナルは私の手を取ると、歩き出した。

 甘えん坊の弟が、しっかりものの弟にジョブチェンジした。

 いや、ジョブは変わってないか。迷子の新月の貴公子(笑)だ。


「昨日のとこでいいのか?」

「え、うん。お店の場所覚えてるんだ?」

「当たり前だろ。旨かったし」


 味を思い出しているのか、ラグナルの顔が綻ぶ。

 やっぱり出会ってからの記憶はあるらしい。


「ラグナル、どうして森にいたか……。私に会う前のこと、何か思い出した?」


 途端にラグナルの顔が曇った。

 上目遣いに睨まれる。


「またそれかよ。それ、そんなに大事?」


 大事に決まってるでしょ。

 と口に出して言えなかったのは、確かにこちらを睨みつけているラグナルの顔がどこか泣きそうに見えたからだ。


「大事っていうか。ラグナルは気にならない? ほら、ラグナルの帰りを待ってる人もいるかもしれないし」

「多分、いない……と、思う」


 ラグナルは唇を噛み締めてから絞り出すような声で言う。

 ――そうだろうか? ラグナルは忘れているだけなんじゃないのかな……

なんたって仲間意識の強いダークエルフなのだから、きっと彼を心配して帰りを待ちわびている人がいるはずだ。と思うのに、もしかしたら違うのかも。とも思った。

 彼を抱きしめたときの反応を思い出したから。

 ただ単にダークエルフが人間のように抱きしめたりしない文化な可能性もあるけれど。


「俺はイーリス姉ちゃんのとこにいたい。駄目か?」


 ラグナルは伺うように、じっと私を見つめた。

 これは、なんと答えよう。まだまだ子供のラグナルに、こんな懇願するような顔をされて駄目とは言いづらい。

しかし変に「いいよ」と答えて約束を増やされては困るのだ。

 完全に元に戻った時に、耐え難い黒歴史と捉えられたらこっちがやばい。


「私の一存ではなんとも言えないかな。とりあえず今はうちにいてもいいけど、先のことはラグナルがもう少し大きくなったら考えようか」


 考えた末に、私は答えを先延ばしにすることにした。

 納得のいく返答ではなかったのか、ラグナルが悲しそうに目を伏せる。

 何度も言うがラグナルの見た目はまだまだ子供である。どう見積もっても八歳程度である。そんな子供に酷なことは私とて言いたくないのだ。胸を締め付けられるような、寂しげな様子に、思わず口を開きかけたとき、ラグナルはハッとしたように顔を上げた。

 その目にさっきまでの悲壮感はない。なぜか強い決意を込めた瞳でしっかりと私を見据える。


「ごめん。イーリス姉ちゃん、生活大変なんだよな。大丈夫。俺、早く大きくなって、ちゃんと稼ぐから」


 そういうことを言ってるんじゃないんだ……

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