その3
「よくよく考えてみれば、黒剣や服の持ち主が狒々神を追ったダークエルフとは限らないとは思いませんか?」
「それは、そうかもしれませんが、だとしたらダークエルフはどこに行ったのでしょうか?」
私の疑問にルツが歩きながら答える。
ラグナルが寝落ちしてすぐに、一行は帰路についていた。
私たちが話をしている間に、ゼイヴィアが率いてきたロフォカレやアガレスのメンバーが魔獣二体の素材を剥いでくれていた。何と言っても二角の灰熊獣に狒々神である。貴重で高価な素材が手に入ったようだ。領主から狒々神討伐の依頼が来ていたら、首一つで充分な報酬をもらえるはずなのだが、その辺りはどうなることやら……
川で水浴びを終えたキーランには、取り敢えず目立つ場所にある傷にだけ治療を施した。といってもモッキの葉しかないので、全身がうっすら緑色になったうえに、ドリアードの臭いも完全にとれず……。聞こえない彼に何度も詫びを入れたが、耳が治ったら手土産を持って謝罪に訪れる所存である。
ラグナルは気絶させられた彼を運んでくれた、あの大柄の冒険者――アガレスのカーソンに再びお世話になっている。なんでもラグナルぐらいの息子がいるらしく、抱いて運ぶのも手慣れた様子だ。
「それは……森の中で迷ってるとか」
「森で迷子になる貴公子かあ。ラグナルが寝てて良かったねえ」
ヘイト稼ぐのうますぎでしょ。とルツの前を歩くノアが笑う。
ノアが変に言い換えなければ、ましだと思うんだけど。
「違う、と私も思いたいところなのですが、ラグナルに会ったときから違和感があって……」
「違和感?」
そういえばルツはラグナルをじっと見つめていた。てっきり印に気づいたとばかり思っていたのだが。
「少し幼すぎるというか。見た目と中身が釣り合っていないんです。ラグナルは七歳ぐらいに見えるでしょう? ノアが七歳のころはもっとこう……」
ルツは遠い目をして、嘆息する。何をやったか知らないが、ルツの苦労が偲ばれる。
「そもそもさあ、よく考えてみてよ。二つ名が、漆黒に煌めく月光、闇夜に舞う月の精、輝ける黒き星、宵闇の冴えた月、新月の貴公子だよ? 共通してるのなーんだ」
「黒っぽいのと月とか星? あー……」
ラグナルの容姿を思い出して、気の抜けた声が出た。
「目と髪の色か」
「やっぱり、そこからですよね」
次々と見付かる、ラグナル=宵闇の冴えた月を裏付けるものの数々にため息を吐けば、ルツのそれと重なった。
「それにしても、なんで子供になったんだろうねえ。魔力を使いすぎると体が縮んで思考も幼児化するとか?」
そんなふざけた体質のダークエルフは嫌だ。
ノアの中では二人が同一人物だというのはもう決定事項らしい。せめてラグナルに記憶があれば、と思ってから首を傾げた。
「ん? ちょっと待って。そもそも新月の貴公子さんは黒魔法を使わないって話でしたよね?」
「そういやそうだっけ」
ノア情報なんだけど、大丈夫だろうか。
「それなんですが。実は違和感がもう一つあって」
ルツがおずおずと口を開く。
「確証も何もない、印術師としての勘のようなもので、言い出すのもどうかと思っていたのですが」
ーーこれは、やっぱり気付いてるのか。
「何さ。もったいぶってないでさっさと言いなよ。ルツはなんでも慎重すぎじゃない?」
ルツが慎重な性格になったのは間違いなくノアのせいだと思う。
「ラグナルから印術の気配を感じるのです。商人や貴族なら契約印があってもおかしくないのですが、ダークエルフのラグナルに印術の痕跡を感じるのは不自然なのではと思いまして。もしかして黒魔法を封じられているのではないかと……。イーリス、彼の体に印はありませんでしたか?」
私は少し迷って知らないふりをすることにした。
気付いてたなら、なぜ黙っていたと疑いを持たれては困る。昨晩の解呪の痕跡にも、ルツなら勘付いて疑問に思うかもしれない。
「昨日は食事を終えたら寝てしまったから。着替えさせた時には特にこれといって……」
あとからばれても大丈夫なように慎重に言葉を選ぶ。背中側だしこう言っておけば大丈夫だろう。バートはわからなかったわけだし。
「今晩にでもラグナルの体を調べてみてもらえませんか?」
――え。
私はルツの顔をまじまじと見つめた。
「あの、ラグナル、今夜も私が引き取らないといけないんでしょうか」
「将来有望なパトロンなんだから、面倒みてやったらー」
完全に他人事なノアが軽い調子で言う。
「本来なら領主に預かっていただくべきなのでしょうが……」
言葉を切って、ルツは顔を曇らせた。
続く言葉はなんとなく分かる。
狒々神がコールの森方面に向かったことを知らせなかった城代に、彼を託すことに不安を感じているのだろう。
「たとえ領主様がいても引き取ってもらうのは無理だと思うけどねえ。だってラグナル、イーリスにべったりじゃん」
「それもそうですね」
ノアにルツが同意して頷いた。
それは、私もちょっと危惧していた。あの時、頼みの綱のお菓子も無理だったのだから。
「どーしても嫌だってんなら、駄目元でオーガスタスに相談してみたらあ? 邪険にしちゃって、恨まれても知らないけどねえ」
縁起でもないノアの言葉に、私はもう沈黙するしかなかった……




