その17
……え、えええええ。約束って、それ!?
『ずっとラグナルだけだって約束する』確かにその約束のほうが記憶に新しい。けど私が想定したのは別のものだ。
「違うから! と、とりあえず落ち着こう」
ラグナルの体の下から抜け出そうともがくが、あっさり腕をとられ動きを封じられてしまう。
「あの、ラグナル? 座って話を……」
「嫌だ」
冷静に話をしようとかけた言葉に、鮸膠も無い答えが返ってくる。
「い、嫌だって言われても……」
がっちりと掴まれた腕は全く動かない。おまけに重なった体に苦しくない程度に体重をかけられては、抵抗は不可能だった。
「あ、の、皆、待ってるから。キーランもウォーレスもルツもノアも心配してっ……え?」
間近で注がれるラグナル視線が険しくなり、私は言葉に詰まった。
「ノアのところへなど行かせるものか!」
吐き出すように言うラグナル。
――もしかして、記憶が混濁してる!?
約束をした直前の会話を思い出して、血の気がひいていく。
「ち、違う、行かない」
「一年間……俺が遠ざけられていた間、あいつがずっと側にいたかと思うと、腸が煮えくり返る」
ラグナルは憎々しげにそう言ったれど、その声は怒りよりも悲しみが勝っていた。
「……ごめん」
今回のことで思い知った。姿を消した大切な相手を探す辛さを。
「ごめんね。信じられなくて……。私、自信がなかった。ずっと逃げ道ばかり探してた。勝手に消えてごめん」
ラグナルは何度も想いを伝えてくれたのに。
自分が傷つくのを恐れて私は逃げたのだ。
「でも、もう逃げないから」
「本当に?」
「本当に」
微笑んで言えば、ラグナルの顔がほんの一瞬、泣きそうに歪められる。
「イーリス……好きだ。二度と離れない」
黒い瞳が近づく。銀の髪が額に落ちた。かと思うと唇にかさついた柔らかいものが押してられる。
触れるだけの口付けは長く続かなかった。
――!?
焦れたように唇を突くものにびくりと体がこわばる。
ここで、この状況でこれ以上は無理だ。何より、皆が心配して待っている。
「っっらぐ」
名前を呼ぼうとするのは悪手だと、すぐに気付かされる。開いた隙間から口内に熱が侵入した。
――!!!???
「ちょっ……」
「……まっ」
「やっ、っ」
途切れ途切れに言葉を紡ごうとするが、そのたびにより深く、より容赦無く、責め立てられる。
酸欠なのか、それとも他のなにがしかの作用なのか、頭が真っ白になる、という経験をした。
力が全く入らなくなったころ、ようやくラグナルが顔を離す。
黒い瞳からは怒りも悲しみも消えていた。代わりに占めるのは確かな欲望の色。
「好きだ。ずっと俺だけを見ていろ」
ラグナルは、はあと荒い息を吐き出すと、また唇を押し当てる。
私の頭はとっくに思考を放棄していた――
「一応聞いておきたいんだが、合意のうえか?」
――!!!!!!??????
何度目かのパニックに襲われる。
「判断に困るんだが」
呆れたような声。
私は慌ててラグナルを押しのけ、体の下から這い出る。
「うぉ、ウォーレス、これはあの、違って、ほんとに、ちょっとした行き違いで、なんか、こうなって」
身振り手振りで誤解を解こうと……いや、言い訳をしようとすると、背後から腕が巻きついた。首に息がかかり、濡れた音がする。
「わあああぁぁぁぁぁあ!! いい加減、目を覚まして! 白狐! 傷つけないように服を引っ張って、引き離して!」
白狐はできる奴だ。
ラグナルの黒い上着に破る勢いで噛みついてひっぱり、ようやく体が離れる。
私は袋から丸薬を取り出すと、ラグナルの口の中に放り込んだ。
「魔力回復薬、飲んで! すっごい苦いからね!」
ケジケジ青虫。あれは火にかけると苦味がでる。日持ちは改良されたけれど、味は最低に改悪された薬である。
熱に浮かされるようだった瞳にやっと理性が戻る。
「正気に戻った?」
「ずっと正気だ」
いやいやいや、正気な人間が人前でいちゃつこうとするかね!?
「ノアを止めて俺が来て良かったぜ」
ウォーレスがにやにやと笑いながら言う。
穴があったら入りたいとはこのことだ。とっくに穴の中にいるけども。




