その12
水音や床の傾斜や隙間に注意しながら私たちは進んだ。
粗方攻略済みであるとの話通り、罠はすべて解除されており、地図も正確。おかげで、慎重に歩を進めても、さほど時間を食わずに済んだ。
人が二人、手を広げたほどの広さの通路を歩いていると、曲がり角の向こうから人の声が聞こえる。
「ベレトか?」
キーランが最後尾のレオに声をかける。
「は、はい! 先に出た2チームの皆です。間違いありません」
角を曲がると広間に出た。視界を遮るほど大きな柱が等間隔に並んで立っている。
その柱の一本の前で、ホルトンで見かけたことのある冒険者たちがたむろしていた。剣士が九人、魔導師が一人。剣士が多いとは聞いていたけど流石に偏りすぎだ。
「キーラン? 本当にロフォカレがきたのか……」
そう呟くのは、一番年嵩の男。肩にはルツが飛ばした鳥がとまっている。
キーランは手を上げて挨拶をすると、年嵩の男に話しかけた。
「キーランだ。状況は?」
「ベレトのギルドマスター、コリーだ」
ベレトはギルマス自ら救助に出向いていたらしい。
「助力感謝する。見ての通りだ」
コリーは柱の奥を指し示した。コリーの指の先を見て、息が詰まる。床に真っ黒な大穴が口を開けていた。
「魔力光を入れてみたが底が見えん」
どれほど深い穴なのか……。「大丈夫」と思い込もうとしても背筋が寒くなる。私は震えそうになる足を叱咤し踏ん張った。
「ねー、絡繰兵は?」
ノアが辺りを見回しながら言う。
――そういえば。
剣士ばかりのベレトは絡繰兵に手を焼いてラグナルに助力を頼んだのだ。
「おそらく、一緒に穴の中だろう……」
ノアに倣い辺りを見回して私は首を傾げた。
「どうした、イーリス」
キーランはその様子を見ていたらしい。
「戦闘のあとがないと思って……」
大穴は広間の中央より奥にある。
一斉に穴の中に落ちたのだとしても、こうも周りが無傷なのはおかしかった。
ましてやベレトは以前にもここを訪れているのだ。
「……何か、隠してませんか?」
私はコリーを見た。それからその周りにいるベレトの人間一人一人に視線を移す。ゆっくりと圧をかけるように。最後に振り返ってレオを見ると、彼はびくりと肩を震わせた。
「か、絡繰兵は……」
「おい!」
恐る恐るといった様子で口を開いたレオをベレトの剣士の一人が遮る。
「よせ。かまわん、俺から話す」
それを制したのはコリーだった。
「しかし!」
「黙れと言っている」
なおも食い下がる剣士に厳しい言葉を投げると、コリーは私たちを見て頭を下げた。
「私の管理不行き届きだ」
「どういうことですか!?」
私は思わずコリーに詰め寄った。ノアと括り付けたままのロープがピンと張る。
「イーリスー。苦しいんだけど」
ノアが苦情の声をあげる。
「……ごめん」
大声をあげても意味がないのは分かっている。それでも問い詰めずにはいられなかった。
「話の続きを……」
努めて声を抑えてそう言うと、コリーが訥々と話し出す。
「ここはベレトで初めての単独での遺跡攻略だった……。攻略しはじめた当初は高揚感に任せて、勢いで乗り切っていたんだが……。経験が足りなかったのだ。恐怖に囚われる者が出て、遺跡に潜るのにシャンガを使ったと聞いた」
「シャンガだと?」
そう問うキーランの声は、かつて聞いたことがないほど低い。
シャンガ、それは麻薬の一種だ。過去には奴隷に金の契約印を刻むためシャンガが用いられたこともあったという。奴隷商はシャンガで人々を心神喪失状態に追い込み、印を刻んだのだ。
「ベレトは麻薬の使用を許したのか!?」
それは初めて聞く怒声だった。キーランの怒りに呼応するように、びりびりと空気が震える。
――キーランが怒ってる……
驚いたのは私だけではなかった。ルツとノアは目を丸くしてキーランを見ている。ウォーレスだけは眉根を寄せコリーに冷たい眼差しを向けていた。
「も、もちろん。許したわけではない。あとから聞かされ、それで、シャンガのせいだと、思い込んだのだ」
「何を?」
「ここの絡繰兵は……おそらく幻覚を見せる」
日常ってなんだっけ……




