その8
ふーん、へー、そっかー
顔がにやついてしまう。
「なんですか、イーリス」
ジト目のルツの顔は心なしかさっきまでより赤い。
「べつにー」
普段はしっかりものの姉タイプなルツが可愛くて、私はにやけるのを止められなかった。
そんなときだ。見慣れない男たちが酒場に入ってきたのは。
バンっと大きな音を立てて乱暴に開かれた扉。皆の視線が一斉に出入り口に注がれる。
それはルツと私も例外ではなかった。
男たちは三人。
いずれも使い込まれた皮鎧に腰には大ぶりの剣。見るからに冒険者な出で立ちだった。
「見かけない顔ですね」
駆け出しを除けば、ホルトンの冒険者の顔はだいたい見知っている。
彼らは駆け出しではない。
「他からホルトンに流れてきたのかな」
よそから流れてくる冒険者には大きく二つのタイプに分けられる。その街の有力ギルドに取り入って手取り早く仕事にありつこうとするタイプと、派手に暴れて顔を売り仕事にありつこうとするタイプだ。
前者は社交的だが後者は威圧的。男たちはどう見ても後者だった。
男たちは酒場の中をぐるりと見まわす。
あ、と思ったときには目が合った。にやりと下卑た笑いを浮かべる男。
――よりによってキーランたちがいないときに……
「ルツごめん、やっちゃったかも」
「だいじょーぶです。わたしにまかせてくださーい」
ルツは短杖を取り出し、構える。逆さに。
任せられなかった。
こうなれば私が相手になるしかない。習いたての魔法を頭の中で反芻する。手を出してきたら即反撃だ。
「よお、姉ちゃんたち。女二人で飲んでちゃつまんねえだろ」
言いながら男は勝手に椅子に座る。
「おい、何してる。早く酒を持ってこい。気の利かねえ店だな」
そして手を上げて酒を催促する。
「ホルトンは勢いのある街だって聞いてたがたいしたことねえなあ。酒も男も女も……おっとあんたたちは別だぜ」
にやっと笑ってウィンクする姿に誰かが重なった。
「せっかくの出会いだ。俺がおごるぜ」
……あれえ、魔法いらない?
「あんた、悪いことは言わねえから止めときな」
出鼻を挫かれてどうしたものかと困っていると、隣の席のおじさんが声をかけてきた。たしか、防具ギルドの人である。
「あ? なんだよ。文句あんのか?」
男はむきむきの上腕二頭筋を見せつけながら、おじさんを睨みつけて凄む。
おじさんはため息をついた。
「あんたたち、ホルトンに来たばかりだろう……。あんたたちのために忠告してやってるんだよ」
私が相手になるしかないだなんてカッコをつけてみたが、実のところ、おじさんの言う通りだ。ここはロフォカレの隣の酒場。いきつけである。今はロフォカレのメンバーは私たち以外誰もいないけれど、常連はみんな顔見知りだったりする。
酒場にいる者は皆、今か今かとゴングが鳴るのを待ち構えていた。
そんな雰囲気にようやく気づいたらしい。
「て、てめえらやる気か? いいじゃねえか相手になってやるぜ」
男は一瞬ひるんだものの、すぐに気を取り直して威勢よく声をあげた。
しかしホルトンの人々も負けてはいない。手に手に皿や瓶を持ちはじめる。
一触即発である。
そんな酒場の空気を洗い流すように、風が吹いた。
扉が開けられたのだ。
「なんだ。喧嘩か?」
明るい声はウォーレスのもの。隣にはキーラン。後ろにラグナルとノアの姿も見える。
騒動の発端にすぐに気づいたらしい、私たちの席に座る男たちに目を止める。
酒場の人々は、出番はなくなったとばかりに、手にした食器をテーブルの上に戻し酒を飲み始めた。
キーランを先頭に近づく一行。もとの光景に戻った酒場の中で、彼らだけが異様な空気を放っていた。
「うちのギルドのものに何か?」
そう問う声はいつもの静かな調子だ。
ウォーレスは笑顔だがルツが前後不覚なのを見て一瞬視線が険しくなった。ルツがこうなったわけに彼らは関係ないのだが。
ノアは呆れ顔で、ラグナルは……見なかったことにしていいかな。とりあえずその剣にかけた手を離そうか。
「お、おい、あいつの耳……」
男たちの一人がリーダー格に耳打ちする。その声は若干震えていた。その気持ちはわかる。まさかこんなところにダークエルフがいるとは思うまい。
「は? なんだ。まさか、ダークエルフ? なんでダークエルフがいるんだよ」
男は何度も目を瞬かせる。
ラグナルがすぅと目を細めた。
「さっさと出て行け。それとも死にたいか」
「ラグナル、待って!」
私は立ち上がると彼の前に立ちふさがる。いきなり死の宣告はない。今のところ奢ってくれようとしただけだからね。態度は最悪だったけど。
「使用を許可するから、穏便に眠らせる黒魔法でお願い」
前に近所の人に使ったやつを頼む。
あとで聞いた話によると朝までぐっすり眠れて翌日は気分爽快だったらしい。
「わかった」
ラグナルの足元から影が伸びる。それに気づく間も無く男たちがばたばたと気を失う。床に倒れ伏した男たちの顔は苦悶に満ちており、とても朝までぐっすり気分爽快になるようには見えなかった……
後日、その光景を目撃していた薬剤師仲間から、今後イーリスに声をかける男は現れないね、としみじみと言われた。
いいこと……なのだろうか。




